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それは、学院の晩鐘が鳴り終えた夜のことだった。


私は図書塔の裏手にある中庭へ向かっていた。風の抜ける静かな場所。

そこに彼が立っているだろうと、なぜか確信があった。


「ジル・ガーデニ」


案の定、アントニオはいた。影の中に佇み、まるで風の一部のように気配を消していた。


「――情報?」


私は問いかける。彼は、軽く頷いた。


「王子ダレンと、クリス・ビッジ。二人きりで会っている。夜、馬車で王城の南離宮へ。王子が密かに用意した私邸の一つだ。今夜が三度目になる」


「……三度目」


私は眉をひそめた。


「つまり、彼は本気で彼女に心を移している」


「恐らくは。第一王子としての分別を、チャームは簡単に吹き飛ばすらしい。しかも、婚約者ジュリエット・スティルマン嬢には気づかれていない」


「……ジュリエットは鋭い子です。気づいていないわけがない。気づいていて、まだ“動かない”のだとしたら、それは……」


「静かに観察している。あるいは、何か“仕掛け”をしているのかもしれない」


アントニオの声が低くなる。

彼は王族ではないが、王宮に近い位置で情報を操ることができる。だからこそ、この報せには重みがあった。


「チャームの効果が長く続くほど、心の深部まで侵される。王子が“本物の恋”と錯覚してしまえば……」


「――正式な婚約破棄、もあり得る」


私は息を呑んだ。

そしてその結果は、国家の均衡すらも崩しかねない。


「君はどうする?」


アントニオの問いに、私は答えを急がなかった。


「……まず、見に行きます。離宮で二人が何をしているか、確かめる。単なる逢瀬なら、まだ傷は浅い。でも、もし――もし“何か”を彼がクリスに渡していたら、それは……」


「取り返しがつかない」


「ええ」


「……同行するか?」


意外な言葉だった。


「あなたが?」


「護衛として。もし王子の側近に見つかれば、君一人では逃げ切れない。だが俺がいれば“偶然の立ち寄り”という言い訳が通る」


私はしばらく彼を見つめた。

琥珀色の瞳は揺るがず、冷静にこちらを見返してくる。


「……借りは、返します」


「それでいい」


その夜、私たちは闇の中を進んだ。

王族と平民。燕と密偵。

奇妙な二人が手を組み、

“チャーム”の核心へと、静かに迫っていった。


――その先に待つものが、破滅の兆しか、救いの光かも知らぬままに。

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