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宮廷の魔導士控え室は重厚な木の扉の奥、静寂に包まれていた。
壁一面には古代から伝わる魔法書や呪文の巻物がびっしりと並び、中央には魔法陣が床に描かれている。
魔導士エリオットは白髪混じりの長い髭を撫でながら、慎重に複雑な測定器具を操作していた。
その横には、若く緊張した表情のクリスが控えている。
「これが最後の測定となる。王子ダレンの魔力波動を再度解析し、チャームの残留魔力が完全に消滅しているかどうかを確認する」
エリオットの声は落ち着いているが、内心は緊張を隠せなかった。
クリスは小さくうなずき、手を握り締めた。
「お願いします……」
魔導士が魔法の測定器に向けて呪文を唱えると、部屋中に淡い青白い光が広がった。
魔法陣の中心で輝く結晶が波動を捉え、周囲の空気が震える。
数分間の静寂の後、エリオットは深呼吸をして記録を凝視した。
「……ふむ」
「王子ダレンの体内に残存していたチャーム魔法の痕跡は、完全に消滅している」
彼は慎重に言葉を選びながら報告した。
クリスはその言葉に、一瞬息を呑んだ。
「本当に……?」
エリオットは微笑んで答えた。
「はい。以前の測定結果と比較しても、今回の解析は確かなものだ」
「チャーム魔法は強力な精神的束縛を生み出すが、それを解除する魔法具や調整の積み重ねが功を奏した」
「王子はもはや魔法に影響されることなく、自らの意志で未来を決められる」
魔導士の言葉は重く、確かな安心感を伴っていた。
クリスは胸の奥の重みが溶けていくのを感じ、目に涙を溜めた。
「ありがとうございます……」
「長い間、不安でいっぱいだったけれど、これでやっと」
エリオットは慈愛に満ちた表情で頷いた。
「ただし、油断は禁物だ。チャーム魔法は非常に稀な力だが、魔導の世界には未知の領域が多い」
「王子の身辺には常に警戒を怠らず、再発の兆候を見逃さないようにしなければならない」
「分かりました」
クリスは力強く答えた。
「私も、できる限りのことをします」
「良い心構えだ」
エリオットはにっこり微笑み、魔法陣の灯りを落とした。
部屋の空気は柔らかくなり、二人はゆっくりと席を立った。
クリスは窓の外に目を向けた。
遥か彼方にそびえる王宮の塔が朝日に輝いている。
「王子が自分自身の意志で未来を選べる」
その希望が胸の中で静かに膨らんだ。
だが、まだ多くの試練が残されていることも知っていた。
数日後、王宮の庭園。
ダレン王子は澄んだ空気の中、深呼吸をした。
以前の自分では感じられなかった、確かな自由の感覚があった。
「自分の心で、未来を選ぶのだ」
その決意を胸に、彼は王宮の廊下へと足を進める。
クリスもまた、その姿を見守りながら、静かに祈った。
「これからは、誰にも惑わされずに」
彼らの闘いは終わりではなく、新たな始まりとなったのだった。




