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学園の夕暮れはゆっくりと夜の帳に変わりつつあった。

ジルの部屋の窓からは、淡い茜色の空が見渡せる。静かな時間が流れていた。


クリス・ビッジは椅子に腰掛け、少し落ち着かない様子で手を組んだり解いたりしていた。

鈍色の髪は乱れており、彼女の表情はどこか緊張と安堵が混ざった複雑なものだった。


「ジル……」

クリスはかすれた声で呼んだ。

「今日は、話したいことがあって……」


ジルは優しい笑みを浮かべながら近づき、椅子の隣に座った。

「どうしたの?何でも話して」


クリスは小さく深呼吸をしてから、目を伏せて口を開く。

「最近、なんだか……自分の気持ちが戻ってきているみたいなんだ」


彼女の声にはまだ迷いがあった。

「チャームの魔法のせいで、ずっと誰かに操られているような気がしてた。だから、戸惑って怖かった。自分で選んだはずの感情じゃないのに、どうしたらいいかわからなかった」


ジルは頷き、静かに話した。

「チャームはそういう魔法。相手の心を無理やり動かすものだから、本当の気持ちが見えにくくなる。だから混乱するのは当然よ」


クリスはゆっくりと顔を上げ、ジルの目を見る。

「でも、最近は違うの。腕輪をつけてからかもしれないけど、誰かに“強制されている”感じが少なくなって、自分の思考が戻ってきた気がする。ジル、あなたのおかげだよ」


ジルは微笑んで手を差し出す。

「あなた自身が頑張ったの。私も少しだけ力になれたのなら嬉しいわ」


クリスはジルの手を握り返し、震える声で続けた。

「ありがとう……本当に、ありがとう」


彼女の瞳には不安と希望が入り混じっていた。

「でも、まだわからないことがあるの。好きな人のこととか、自分の感情の本当の意味が……」


ジルは少し考えてから言った。

「ゆっくりでいいのよ。感情は突然変わるものじゃない。あなたが本当の気持ちに気づくまで、焦らなくていい」


クリスは俯きながら呟いた。

「私、ずっと誰かに愛されることが怖かったんだ。自分から好かれようとするのも苦手で、どこか遠ざけてしまってた。でも、チャームのせいで無理やり近づかれて、すごく苦しかった。好きになってもらうのは嬉しいけど、自分で選んでいない気持ちが怖かった」


ジルは彼女の手を優しく包み、言葉を選んだ。

「愛されることが怖いのは、あなたが自分を大切にしている証拠よ。誰かに無理やり気持ちを操作されるのと、本当に誰かを好きになるのは違う。あなたが自分で気づくまで、私はそばにいる」


クリスは少し涙をこぼしながら、でも前を向いた。

「ありがとう、ジル。これからは自分の気持ちを信じてみる」


その言葉にジルは力強く頷き、微笑み返した。

「ええ、きっと大丈夫」


翌日、学園の庭でクリスは少しずつ自分を取り戻していた。

仲間たちと笑い合うことができ、以前よりも自信が見える。


そんな彼女を遠くから見つめる王子ダレンの目にも、少しだけ安堵が浮かんだ。

魔法に惑わされながらも、彼女が本来の自分を取り戻す姿に、何かしらの希望を感じていた。


ジルはクリスの背中を見送りながら、小さく呟いた。

「これからが、本当の始まりね」


クリスの心はまだ揺れている。

だが、魔法に操られた虚ろな日々から、自分の人生を取り戻す決意が静かに芽生え始めていた。



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