20
午後の日差しがゆるやかに射し込む、ミシュリーヌ夫人の書斎。
華やかな香水の香りが漂う部屋で、ジュリエット・スティルマンは深いため息をついたまま椅子に座っていた。
彼女の目は赤く潤み、唇はかすかに震えている。
「夫人……」
扉の向こうから柔らかな声が響き、ミシュリーヌ夫人が優雅に歩み寄った。
「ジュリエット、どうしたの?顔色が優れないわね」
ジュリエットは顔を上げ、ゆっくりと話し始めた。
「実は……ダレン様から、婚約破棄を申し出られました」
その言葉は、まるで氷のように冷たく、重く彼女の胸に突き刺さった。
「突然のことで、理由も明確にされず、私は混乱しているのです」
涙がぽろりと頬を伝った。
「私たちは国の未来のために結ばれたはずなのに……なぜ、こんなことに」
ミシュリーヌ夫人は優しく微笑みながら、椅子に座るジュリエットの手を取った。
「それはお辛いことでしょう。王子の心は誰にもわからないものです。だが、彼が心から悩んでいるのなら、それを無理強いするのは逆効果かもしれません」
ジュリエットはその言葉に戸惑いながらも頷いた。
「でも、夫人……私が失えば、王子殿下はどうなるのでしょう?国の安定は?」
夫人は少し考え込むように目を閉じ、やがて静かに話し出した。
「安定とは、形だけのものではありません。真実の心が伴わなければ、いつか必ず綻びます。あなたが自分の幸せを犠牲にしてまで守るべきものなのか、改めて考えるべき時が来ているのかもしれません」
ジュリエットは夫人の言葉を胸に刻み、涙を拭いながら静かに息をついた。
「ありがとうございます、夫人。少しだけ、心が軽くなりました」
ミシュリーヌ夫人は微笑みを深めながら立ち上がった。
「いつでも相談に来なさい。私もあなたの味方よ」
廊下に出た夫人の表情は冷静でありながらも、どこか計算高いものを秘めていた。
「この事態は、私にも利用価値があるかもしれないわ」




