19
宮廷の夜は深く静まり返っていた。
豪華なシャンデリアの光が暖かく部屋を照らす中、王子ダレンは重い足取りで書斎へと向かっていた。
心は激しく乱れていた。これまで守ってきた未来の約束が、一瞬で揺らぎ始めているのを感じていたのだ。
「俺は、本当に……このままでいいのだろうか」
心の底から湧き上がる感情は、婚約者ジュリエットへの申し訳なさと、自分の中に芽生えた――クリスへの想いの狭間で苦しめられていた。
書斎の扉を開けると、ジュリエットはすでにそこにいた。
彼女は静かにダレンを見つめ、その瞳に心配の色が浮かんでいた。
「ダレン、何かあったの?あなたの顔がいつもと違う」
王子は深く息を吸い込み、言葉を選びながら口を開いた。
「ジュリエット……話さなければならないことがある。正直に言うと、俺は君との婚約を――」
その言葉は途切れた。胸が締めつけられ、声が震えた。
彼は自分の弱さを悟られまいと必死だったが、真実を伝えなければならなかった。
「婚約を破棄したいと思っている」
部屋の空気が一瞬で凍りついた。
ジュリエットは驚きの色を隠せず、瞳を見開いた。
「どうして……?私たちは共に未来を誓ったはずよ?」
ダレンは視線を落としながら答えた。
「俺自身も混乱している。クリスのことが頭から離れない。魔法の影響かもしれないが、それ以上に俺の心が動いてしまったんだ」
ジュリエットの表情は悲しみに沈んだが、毅然とした声で言った。
「あなたは王子よ。民の期待、国の未来……私たちの結婚はそのためのもの。感情だけで簡単に決められることではないはず」
ダレンは拳を握りしめ、何度も自問した。
「それでも、俺はこのまま嘘をついて生きることはできない。君のことを傷つけるかもしれないが、真実を伝えることが礼儀だと思う」
ジュリエットは一瞬沈黙した後、ゆっくりと頷いた。
「わかったわ……あなたがそこまで悩んでいるなら、私はあなたの決断を尊重する。でも、忘れないで。私たちは国の未来を背負っていることを」
ダレンは重い責任を改めて噛みしめた。
彼の胸には愛情と義務、そして逃れられない立場が絡み合い、複雑に絡まった糸を解くような決断が迫っていた。
翌朝、ジルは密かにダレンの変化を察知していた。
「王子様が自ら婚約を破棄しようとするとは……これが彼の本心なのだろうか」
ジルは思案しながら、彼の心の支えとなるべく動き始めていた。
彼女にとっても、王子の心の迷いは大きな転機を意味していたのだ。