18
夕暮れの宮廷庭園。薄紅色の光が石畳を照らし、風は穏やかに葉を揺らしていた。
王子ダレンは一人、ゆっくりと歩きながら頭の中で巡る思考と戦っていた。
「クリスが変わっている……あの少女は何かを掴み始めているのかもしれない」
彼は以前のような激しい魔法の引力は薄れたが、それでもなおクリスに向かう感情が消え去ったわけではなかった。
胸の中で複雑に絡み合う思いは、彼を深い葛藤へと誘う。
同じ頃、パンジョン伯爵家の若き当主スティーブもまた、身の回りの変化に気づいていた。
スティーブは、婚約者イサベラとの間にわずかながらも揺らぎを感じていたのだ。
イサベラの態度は最近どこかぎこちなく、かつての自信に満ちた表情が薄れていることを彼は察していた。
「彼女が何かに悩んでいるのは確かだが……自分にも原因があるのかもしれない」
スティーブはそんな疑念と不安を抱えながらも、表面にはそれを出さずに振る舞っていた。
彼にとって婚約は、家同士の約束であり、自身の将来の基盤でもある。
ミシュリーヌ夫人の部屋では、夫人自身が夫ユベールやアントニオとの社交の噂に頭を悩ませていた。
「夫が黙認しているからといって、このまま事態を放置していいのかしら」
夫人は己の立場と名誉を守るため、密かに動き始めている。
その動きの中で、彼女はジルに目をつけた。
「ジルなら、この状況を冷静に分析し、私の望む方向へ導いてくれるかもしれないわ」
ジルは、ミシュリーヌ夫人の依頼を受けて動きながら、クリスの変化にも心を砕いていた。
腕輪のことは彼女自身が深く関わっているものの、クリスには秘密にしている。
「彼女が自分の力に気づき、自分で立ち上がるのを見守るしかない」
ジルはそう自分に言い聞かせ、クリスの心に寄り添い続けていた。
そして、王子ダレンは再び庭園でクリスと出会った。
彼女の目には不安と希望が入り混じっていたが、以前よりは確かな強さが感じられた。
「クリス、変わったな。お前が自分で道を探そうとしているのを感じる」
クリスは驚きつつも、小さく頷いた。
「私もわからない。でも、何かが違う気がするの。これからどうすればいいか、自分で見つけたい」
ダレンの胸に暖かいものが流れ込み、彼は言葉を続けた。
「俺も、自分の心と向き合わなければならない。君に惹かれる気持ちを無視できない」
それぞれが抱える揺らぎと決意は、まだ交錯しながらも確かに動き始めていた。
王子、ジル、クリス、スティーブ、ミシュリーヌ――彼らの思惑が絡み合い、やがて新たな波紋を広げていく。
夕闇が深まる中、宮廷の空気は少しずつ変わり始めていた。