17
宮廷の大広間を抜けて、夕暮れの庭園に佇む王子ダレンは、深いため息を漏らした。
最近、胸の奥でざわつく感情が静まらない。
婚約者ジュリエットとの約束は重く、未来は明確に見えているはずなのに、心は見えない糸に引き寄せられているようだった。
「クリス……あの少女は、何故あんなにも俺の心を乱すのだろう」
彼は視線を庭園の遠くに向ける。
かつて彼女にかけられていたチャームの魔法が少しずつ弱まっていることに気づいていたが、その変化にクリス自身は気づいていない。
むしろ彼女は、何かが変わったことを自分でも感じながらも、その理由がわからず戸惑っているように見えた。
「自分の意思で変わろうとしているのかもしれない」
庭園の石畳を歩くクリスの姿が見えた。
彼女の目には以前ほどの不安や混乱がなく、少しだけ強さが宿っている。
ダレンの心はそれを見て揺れた。
「彼女は、知らず知らずのうちに自分を守る力を得ているのかもしれない……」
その夜、宮廷の書斎でジュリエットが静かに話しかけた。
「ダレン、あなたの心が揺れているのはわかっているわ。クリスのこと……でも、王子としての務めを忘れないで」
ダレンは静かに頷いた。
「君との約束は大切だ。だが、自分の気持ちに嘘はつけない」
彼は心の中の葛藤を押し殺しながらも、目の前の現実と向き合っていた。
翌日、ふとした機会にクリスと顔を合わせたとき、彼はその変化に改めて気づいた。
「クリス、最近どうだ?何か変わったように見える」
彼の問いにクリスは首をかしげた。
「私……よくわからないけど、なんだか前よりも心が少しだけ楽な気がします。何かが変わっている気がするのに、それが何かはまだ掴めません」
ダレンはその言葉に胸が締めつけられる思いだった。
「知らず知らずのうちに、自分で変わろうとしている君を見ていると、俺も何かを変えなければいけないと思う」
二人の間に沈黙が流れたが、その空気は以前とは違い、穏やかでありながらも新たな始まりの予感を秘めていた。
夕暮れの空が深く紅く染まりゆく中、王子の心はまだ揺れている。
しかし、その揺らぎはやがて強さへと変わっていく予兆でもあった。