12
深い夜の帳が降りる頃、私は図書室の奥、ほとんど人が来ない一角でアントニオと顔を合わせていた。
扉の向こうからは学園長の足音が遠ざかり、やっと静けさが戻る。
「ジル、君に話したいことがある」
アントニオの声は低く、真剣そのものだった。
「チャームの魔法についてだ。普通の恋の魔法とは違う。無意識に周囲の感情を歪め、強力に人の心を惹きつける力を持っている」
私は黙って頷いた。
彼の話は、これまで聞いたどんな噂よりも具体的でリアルだった。
「昔から知られていた魔法だが、使い手が無自覚の場合、その影響はコントロールできない。まるで心の中に見えない糸を張り巡らせるように」
「チャームにかかった者は、自分の意志とは別の感情に翻弄される……」
私の言葉にアントニオは静かに頷いた。
「だがもっと厄介なのは、魔法の中心にいる者自身がその力に気づいていないことだ。自分が他人の心を操っているなんて、想像もしていない」
彼はゆっくりとした口調で続ける。
「例えば、クリス・ビッジのケースだ。彼女は貧しい家の出身だが、無自覚のまま強烈なチャームを放っている。周囲の男たちは皆、彼女に惹かれてしまっている」
私は苦い溜息をついた。
「その影響は、家族や婚約者たちの関係にも及んでいる。スティーブの婚約の揺らぎも、その一端だろう」
アントニオは目を細めた。
「だからこそ、慎重に事を進めなければならない。ミシュリーヌ夫人も事態を重く見ている。彼女は表面上は平静だが、内心は不安でいっぱいだ」
私は静かに決意を語った。
「このまま放置すれば、多くの人が傷つく。私たちは何とかして、この魔法の影響を緩和しなければならない」
アントニオは微笑み、握手を差し出した。
「共に行動しよう。ジル」
私はその手を固く握り返した。