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夜の帳が降り始めた頃、控えめなノックの音が私の居室に響いた。
扉を開けると、そこにはイサベラ・パンジョンが立っていた。
普段は凛とした佇まいの彼女が、今は目に見えて疲れており、涙をこらえているのがわかった。
「ジルさん、少しだけ話を聞いていただけませんか?」
私は頷き、部屋に招き入れた。
「ありがとうございます。実は……スティーブが、最近私に冷たくて」
言葉が震え、彼女の声は時折詰まった。
「婚約者として、一緒にいる時間も減っているのに、何も理由を教えてくれなくて……。私、どうすればいいのか分からなくて」
彼女はソファに腰掛け、深く息をついた。
「もしかしたら、私に何か足りないのかもしれない。でも、そんな自分を責める気持ちも生まれてしまって……」
イサベラの瞳から、ぽろりと一筋の涙がこぼれた。
「スティーブはいつも優しくて頼もしかったのに、最近は影があるのです。誰か他の女性のことでも……?」
私は彼女の話をじっと聞き、やさしく答えた。
「あなたはスティーブのことをよく見ていますね。たしかに彼は揺れています。ですが、その理由は“あなたではない”と思います」
イサベラは驚いたように目を見開いた。
「それなら、何が……?」
「彼は今、心の中で誰かに惹かれているのかもしれません。本人も気づかずに。無意識のうちに、違う感情に引き寄せられている」
「そんな……まさか」
彼女は顔を覆い、嗚咽を漏らした。
「イサベラさん。あなたは愛されているし、価値のある人です。けれど、感情はいつも理屈通りに動くわけではありません。難しいけれど、逃げずに向き合うことも大切です」
彼女は涙を拭い、少しだけ微笑んだ。
「ジルさん、あなたはいつも冷静で強い。私もそうありたいです」
「あなたは十分強い。これからも一緒に頑張りましょう」
私たちは静かにその夜を過ごした。
不安の中でも、少しだけ光が見えた瞬間だった。