第六話 闇裂く閃光のもとへ - 1
『関わらないでくれ』
これ以上の表現はないというほどの、端的で、明確な拒絶――
(……うん、やっぱりルイは、そう言うと思った)
予感していた通りの言葉が、無情にも私に突きつけられた。心の奥底で覚悟はしていたから、押し寄せてくる痛みも、少しだけ和らいでいる。
私はわかっている。私なんかでは、ルイを支えることなんてできないということも、彼が心を閉ざす理由も。わかるからこそ、私はこの痛みを受け入れられる。
私には、ルイのすべてを理解することはできない。
ルイが生きてきた世界と、私が生きてきた世界は、まるで別の世界のように違うものなんだから。
――私の世界には、いつも誰かがいた。
死んでしまったあの日まで、男手一人で私とリアンのことを守り続けてくれたお父さん。
そして、どんな時でも隣にいてくれたリアン。弟として、家族として、いつも当たり前のように私の側にいた。
リアンが辛い時は、私がお姉ちゃんとして精一杯支えた。
私がどうしても辛い時は、しっかり者のリアンが、逆に私を支えてくれた。
二人で辛い時は、ひとつの痛みを分け合いながら支え合った。
そんな風にして、私たちはお父さんを失った後も、ずっと生きてきた。
それに、"みんな"もいた。同じ立場だった、かつての仲間。もしルイが"あの場所"から私たちを救ってくれなかった世界があったとしても、きっと、あの場所で出会ったみんなと一緒に支え合いながら、毎日を乗り越えているんだろうと思う。
助け出してくれた今は、ルイがいる。
珠桜さんも、律灯さんも。澄幽のみんながいる。
だから、私は。一瞬たりとも、この終末の世界でひとりぼっちだと思ったことはない。
けれど、ルイの世界は、私のそれとは違うんだと思う。
両親のことを、知らないと言っていた。
かつて澄幽には多くの人がいたけれど、ルイは年齢が離れていて、周囲と深く関わることはなかったと話していた。最近、限られた人たちと会話をするようになったらしいけれど、きっとルイは、何重にも壁を作っている。
誰も、彼の世界にはいない。誰も入れないし、入らせない。
誰もいない、ひとりぼっちの、暗い世界。
それがどんなものなのか、私にはわからない。
私なら、きっと耐えきれない。
誰もいない暗闇で、何の声も届かない世界で。
何かを訴えたくても、誰にも届かなくて。
それでも、ルイなら――もしかしたら、耐えきれるのかもしれない。ずっとそうやって、誰の手も借りずに歩いてきたのだから。
でも……
今、目の前で座り込んで、俯いて、肩を震わせている彼の姿を見るに、彼にも、これは耐えきれないんだと、痛いほどわかってしまう。その事実を突きつけられ、胸が張り裂けそうになる。
誰の手も借りずに生きることが、正しいことなんて思えない。
ひとりで耐えることが強さだなんて、そんなの間違ってる。
強がって、痛みを押し殺して、それでも誰にも頼らずにいようとするルイが――正しいなんて、思いたくない。
なのに、私は。
どれだけルイのことを想っても、彼の孤独に触れることはできない。
どんな言葉をかけたらいいのかもわからない。
ルイが生きてきた"暗い世界"に、私は一歩たりとも踏み込めない。
彼の痛みを、本当の意味でわかってあげられない。
それが悔しい。悲しい。苦しくて、たまらない。
弱い私が、何も知らないままの私が、ルイを救おうなんて思っていること自体、傲慢なのかもしれない。
彼の背負う痛みも、過去も、すべて知らないのに。
でも、それでも――
ルイが、これ以上ひとりで傷つくのは嫌だった。
もう、誰にも頼らずに壊れていく彼を、見ていたくなかった。
私はただ、ルイの隣にいたい。
何もできなくても、手を伸ばしていたい。
――それだけじゃ、ダメなのかな。
シアはふと顔を上げた。
洞窟の奥から立ち込める重い闇が、まるで息を潜めているかのように空間を包み込んでいた。天井にひっそりと張り付いたその闇は、呼吸を忘れたように静かで、空気そのものが澱んでいる。
それでも、シアの瞳はその闇に飲まれることなく、どこまでも澄んでいて、消えない光を宿していた。
迷いと躊躇い、ほんの一瞬の恐れを胸に感じながらも、シアは踏み出した。湿った石の床に足を置くたびに、わずかな音が静かな空間に響く。
その音に反応するように、ルイが微かに肩を揺らした。長い前髪の隙間から覗く、普段は鮮やかで柔らかい緑の瞳が、今は濁り、歪んでみえた。それは、強い拒絶の感情が宿っているようにシアには思えた。まるで、立ち入るなと言わんばかりに、感情の扉が固く閉ざされているのが見て取れる。
しかし、シアは止まらなかった。
ルイの目が瞬間的に強張り、思わず身を引こうとする気配が伝わってきた。その微細な動きが、シアの心に刺さる。
だが、ルイが思わず身を引こうとしたその瞬間、シアはわずかな躊躇もなく、前に出た。今、シアの手がルイに伸びていく。
「……んーっしょ!!」
シアの声が洞窟の静けさを破った。何の前触れもなく、彼女はルイの腕をがしっと掴んだ。その華奢な指が、震えながらも力強くルイを引き寄せる。全身に込めた想いが、その震えに乗って伝わってきた。
「はっ!? ちょ……シア!?」
驚愕の声を上げるルイが、まるで信じられないものを見るように目を見開く。そんなルイの反応をよそに、シアは一切躊躇わなかった。今の彼女には、『目の前にいる、大切な彼を失いたくない』というただその想いしか、頭にない。
踏みしめた足に力が宿る。足元の岩が軋む音が、暗い空間に響き渡った。シアの腕に伝わるのは、ルイの重み、そしてその抵抗。けれど、そんなことには目もくれない。
拒まれても、振り払われても、それでも彼女は必死にルイを引き上げる。
「絶対、一人になんてさせないから!!」
震えるほどの決意を宿した叫び。その反響が、耳を打ち、心を揺さぶり、ルイの奥底まで突き刺さる。
何があっても、彼女の輝きは揺るがない。
どんなに深い闇の中にいても見えるように。彼女の光は消えずに、鮮烈に煌めいている。
「一人で抱え込むなんて許さないし、どれだけ突き放されても、私はしがみつくもん!」
シアの手は離れない。ルイがどれほど抗おうとしても、彼女の指先は震えながらも強く、確かにルイを捉えていた。その手のひらに込められた力は、細くて華奢な体からは想像もできないほど強く、真剣だった。
その力強さに、ルイはほんの一瞬、動揺を覚えた。彼女の心からの想いが、痛いほど伝わってきて、胸が熱くなる。
「この世界は一人じゃ生きていけない! ルイに死んでほしくないから、私が側にいる!!」
濃密な闇を無理やりこじ開け、シアの持つ光が、冷え切った心の奥にまで差し込んでくる。
暖かい。眩しい。そして、何より――痛い。
(……違う。そんなの……)
ルイは歯を食いしばった。
シアは何も知らず、何もわかっていない。
ルイが背負っているものも、迫り来る運命も。無邪気に差し出した『側にいる』という言葉が、どれほど残酷で無力なものかも、シアにはわからない。
彼女がどれほど自分を大切に思ってくれているか、それを知っているからこそ、彼女にこんな思いをさせるわけにはいかない。
「……やめろ」
声が掠れ、ぎこちなく吐き出される。その言葉が、ルイ自身に呪いのように響く。
「俺に、関わるな。俺は、お前のこと……」
言葉が続かない。次を言うことすらできない。
苦しい。目の前の少女が眩しすぎて、触れようとするだけで胸が裂ける。"また"指先が焼けるようだった。
やめろ。お願いだから、もうやめてくれ。
心の中で叫んでも、シアの声が頭の中で反芻される。
これ以上、巻き込みたくないのに。
突き放したのに。
それなのに、彼女はなおも彼の前に立ち続けている。
(……ダメだ。その手をとっちゃ)
シアの手を引き寄せたくて、たまらない。だけど、そんなことをしたら、全てが壊れてしまう。
彼女を抱きしめたい、でもその先に待っている未来が怖くて。怖すぎて、どうしても受け入れられない。
その矛盾が胸を引き裂いていく。ルイは必死にシアの手を引き離そうとする。
震える手が自分の腕に力なく触れ、シアはもう一度叫んだ。
「ルイを守れるなら私、"犠牲"にだってなんでもなる……!」
第六話 闇裂く閃光のもとへ
1 - 2025.3.23 18:00
2 - 2025.3.25 18:00 投稿予定
3 - 2025.3.27 18:00 投稿予定
となります。次回もぜひ、よろしくお願いいたします。




