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第二十話 愛し子は招かれた―邪魔者へ告ぐ、死の宣告 - 1

「ここから出る方法を探すぞ」


 響哉の言葉に、ルイとシアは頷いた。

 部屋を見渡すと、大きな扉が一つ目に入った。窓の外は血色の空が不気味に広がるばかりで、足場となるようなものは何も見えない。この豪華な部屋は、金で装飾された、美しい檻にほかならなかった。


「まるで外界から完全に隔離されているみたいだ」


 ルイが呟く。石造りと思われる壁を手で触れてみても、継ぎ目らしきものは見つからない。まるで一枚岩をくり抜いて作られたかのような、継ぎ目のない完璧な構造。隠し扉のような仕掛けがあるかもしれないと思い、装飾の施された部分を押してみたり、絵画の裏を調べてみたりするが、何の手応えもない。


「扉は……」

「鍵がかかってて開かなかったの」


 シアが小声で答える。彼女の声には、この異様な館への不安が滲んでいた。


「壊すか」


 響哉が何の躊躇もなく提案する。その瞳には、もはや慎重さよりも実用性を重視する戦士の判断があった。長年の戦場経験が、彼に「迷うくらいなら行動せよ」という思考を植え付けている。

 嬉々として暴槌を振り上げる。段々と禍々しい雰囲気が響哉の周りに集まっていくが──


 ふとシアが考えた。


(あれ、たしか響哉さん、あの武器の代償に)


『代償として、使用者の体が内側から崩壊していく。骨が砕け、内臓が破裂し、血管が破綻する。普通なら一撃で死ぬような代償だ』


「だめーっ!! 響哉さん、ストップー!!」


 シアが慌てて両手を広げ、響哉の前に立ちはだかった。その仕草は可愛らしいが、必死さが滲んでいる。


「おいおいシアちゃん、それはちと甘すぎるんじゃないのかい」


 響哉が苦笑いを浮かべる。暴槌から放たれていた禍々しい気配が、シアの制止と共に霧散していく。だが、その目は「愉快」と言わんばかりにキラキラと輝いていた。


(あ、面白がってる)

「だめです!! まだ方法があるかもしれないから! それに……」


 シアの声が裏返った。彼女は本能的に理解していた。この場所で騒ぎを起こすことの危険性を。この館には、得体の知れない何かが潜んでいる。

 だが、そっとルイはシアの肩に手を置いて、首を横に振った。


「シア、騙されちゃだめだ。響哉、また面白がってるだけ」

「ええっ!?」

「あ、バレた? ルイ君するど~い」


 響哉はケラケラと笑いながら暴槌を完全に空間から消した。当然、体に深刻なダメージが入る武器を、まだ戦いの全容がわからない状態で使うほど、響哉は考えなしではない。

 だが、その動作には「いつでも戦闘に移れる」という緊張感が漂っている。


「扉の鍵ってどこにあるんだ……?」

「ま、普通に考えたらファロンが持ってるか、それに関係するヤツが持ってるだろう。敵が持ってるってことだ」

「ううっ……それじゃあ出られないよ……」


 シアの肩が落ちる。希望的観測が砕かれた失望と、現実的な絶望感が表情を曇らせていた。


「だから壊すのが手っ取り早――」

「響哉さん!!!!」


 シアの声が響哉の提案を遮る。その時――



 コン、コン、コン――



 部屋の扉を叩く音が響いた。三回。


 規則正しく、丁寧な音律。強さや余韻すらも、全て同じように聞こえた。まるで精密機械が計算し尽くした完璧な等間隔で刻まれる、無機質で冷徹な音。

 三人は本能的に身を寄せ合った。響哉が無言のうちにルイとシアを守るように前に立つ。シアの小さな手がルイの腕にしがみつき、その震えが皮膚を通して伝わってくる。ルイもまた、響哉の背中を見つめながら、心臓が不規則な鼓動を刻むのを感じていた。


「あーあ、シアちゃんが騒ぐからあ」

「もーう!!」


 響哉がわざとらしく溜息をついた。冗談めかして言ったのに対して、シアが頬を膨らませる。

  だが、声の調子だけは軽かったものの、響哉は扉から視線を離さない。扉を叩いた存在を正確に把握し、脅威であれば即刻排除するために。純粋で、鋭利な敵意を宿した瞳は、前にだけ向けられていた。


 ふと、前に立つ響哉の手に、いつの間にか重厚な戦槍が握られていた。魔法で生成したような気配ではなく、それは確かに物質としてそこに存在しているように思えた。魔法で空間を繋いだ先の"保管庫"から取り出してきたのだろう。暴槌ほどの圧倒的な威圧感はないが、それでも十分に殺意を込められた武器だった。血のような紅い光を受けて、その切っ先が悪魔的な輝きを放っている。



「――ルイ様」



 扉の向こうから、女性の声が聞こえてきた。上品で洗練された発音。まるで天上の聖歌隊が歌う讃美歌のように美しく――しかし、絶対的に冷たかった。

 抑揚が一定すぎる。感情の起伏が皆無。まるで最高の人工知能が人間の声を解析し、完璧に――しかし魂を完全に抜き去って――再現しているかのような、空虚な美しさがあった。


「お目覚めでしょうか。『ご主人様』がお待ちです」


 空気をのむ乾いた音と同時に、ルイの目が見開かれた。

 『ご主人様』――その単語が、ファロンのことを指しているのは明白だった。ファロンによってこの場所に連れてこられた以上、この屋敷がファロンのものであると考えるのは自然。となると、ご主人様と呼ばれるべき人物は、ファロンで間違いない。

 ルイの左手が、まるで呼応するかのようにズキリと疼く。皮膚が溶け、肉が焦げ、骨の髄まで熱が侵入していくあの悪夢のような苦痛が、神経を逆撫でするように蘇ってくる。


 扉の向こうの女は、ファロンの従者か。だから、自分のことを知っているのか。

 女は『ご主人様がお待ちです』と言った。ということは、つまり、ファロンがどこかで自分が来ることを待っている――?


 頭の中で、恐怖がぐるぐると回る。眩暈がして、足元が崩れるような感覚がした。これから起こるかもしれない恐怖が、ルイの脳を支配していく。



 ガチャリ。

 重厚で荘厳な金属音が響いた。それは単なる開錠音ではなく、まるで古い教会の鐘楼で巨大な鐘が一度だけ鳴らされたかのような、深く重い響きを持っていた。

 一番嫌な形で、扉が開いてしまった。ルイとシアが反射的に後ずさり、響哉の握る槍に力が込められる。部屋の空気そのものが戦場へと変貌していく。


 扉が、重い木製の扉が、劇場の緞帳が上がるようにゆっくりと、優雅に開いていく。

 ルイとシアの呼吸が止まる。完全に開くその時まで。


 そして現れたのは――


 深海の暗闇を思わせるダークブルーのメイド服に身を包んだ、人形のように美しい女性だった。

 その衣装は芸術品と呼ぶに相応しい逸品で、金糸と銀糸で織り成された星座の刺繡が、まるで夜空に瞬く星々のように美しく輝いている。胸元や袖口、裾に散りばめられた宝石は、この荒廃した終末世界の価値観を完全に超越した豪奢さを誇っていた。血色の不吉な光を受けて、それらは虹のように煌めいている。

 その衣装に、女の長い赤い髪はよく映えていた。陶器のように白く、滑らかな肌も。人間離れした鮮やかなルビーのような瞳も。

 ただし――『人工的で不気味な調和』としてだ。乱れのない髪。死人の肌のように、血色を一切感じさせない肌。瞬きの回数も規則正しい。瞳は監視カメラのレンズのように、理性も感情も宿っておらず、ただ冷たく機械的な光があるのみ。


 彼女は、果たして人間なのか? それすら疑わしかった。


 すると、女は流れるような動作でスカートの端をつまみ、完璧なカーテシーを披露した。その所作には一分の隙もなく、まるで何千回、何万回と同じ動作を繰り返してきたかのような完成度があった。

 ――もしくは、一つの乱れなく動くよう、操られているか。



「お目にかかれて光栄に存じます、ルイ様」


 その声は先ほどと同様、美しくも空虚だった。感情という概念が存在しない世界から響いてくるかのような、完璧で冷徹な音色。


「この屋敷のメイド長を務めております、キュルケー・ランヴェルトスと申します。どうぞ『キュルケー』とお呼びくださいませ」


 女――キュルケーの口元には、メイド服の皺一つない完璧さと同様に、計算し尽くされた微笑みが浮かんでいる。それは人間の微笑みを完璧に模倣しながらも、そこには一片の温かさも存在しない。まるで人形師が作り上げた最高傑作の表情のようだった。


「ご主人様より、ルイ様を心より丁重におもてなしするよう申し付かっております」


 キュルケーの言葉と同時に、部屋の空気が重く沈んだ。まるで見えない霧が立ち込めるように、得体の知れない圧迫感が三人を包み込んでいく。


「どうぞごゆっくりと――永遠にお寛ぎください」


 その最後の言葉には、表面的な丁寧さの下に、拒絶を許さない絶対的な意志が隠されていた。

 それは招待ではなく、命令。そして――宣告だ。

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