第十四話 孤独に沈む消えざる願い - 1
空へ、行っちゃダメ。
――お願い。
ワタクシを置いて、行かないで。
狂おしいほどに手を伸ばす。旅立っていく方舟へ。
祈るように。指先が震えるほど、必死に――
けれど、何も掴めなかった。
届かない。触れられない。
あの瞬間――ワタクシの"何か"が、確かに変わってしまったの。
――それまでは、この力が、"人を救うもの"だと思っていたのよ?
初めて雷を操れることに気づいたとき。
電気が生み出せなくなってしまったこの世界で、ワタクシの力は、みんなの希望になると思った。
"ティフォン"の家に名を連ねる者として、人々を救えるこの力は――何よりの誇りだった。
だけど。
異能者は、スペースコロニーには行けないと決まった。
お父様も、お母様も、ワタクシを置いて、空を目指した。
……置いて、いったの。
気づいた時には、あの方舟も、その周囲の一帯も、何もかも、無くなっていた。
ワタクシの悲しみに呼応したように、世界もまた涙して――
何億人もの命が失われる、災厄となった。
◇◆◇
異能の力を使いすぎたと気付いた時には、もう手遅れだった。
音が、感じられない。
熱も、冷たさも、風も。
肌に触れるはずのものが、何ひとつ伝わってこない。
感覚が、ない。
耳を裂く雷鳴も、焼けつくような大地の熱も、刺すような氷の冷気さえ、ただ遠くで響いているだけ。
感覚のすべてが、遠くへ、遠くへと流れていく。
……ルイは。
生きているの?
生きていないと、ファロン様に捧げられないわ。
けれど――もう、わからない。
(……どうして?)
どうして、こんなことに?
視界が揺れる。
雲が、空が遠ざかっていく。
ああ――逃げようとしているのね。
また、ワタクシを置いて。
(……逃がさない)
指が空を掴もうと動く。
雲を掴もうとする。
ワタクシの"哀しみ"を――見て見ぬふりなんてさせない。
(……そうでしょう? ファロン様)
この孤独な世界の中で、アナタだけは――ワタクシに手を差し伸べてくださった。
絶望に沈んだ世界を導くための新しい政府――"イージス・コンコード"。
その"最高執行官"に処刑されるはずだったワタクシを、見逃がしてくれた。
アナタにだって、責務も、立場もあったはずなのに。それでも――
ワタクシは、アナタのその温もりだけを信じて、生きてきたの。
アナタに"必要"とされることが、ワタクシのすべてだった。
アナタに必要とされたくて。
だから、全てを捧げてきたのよ。
命も、誇りも、異能さえも――
ねえ、見て?
これだけのことができる。
この力は、きっとアナタの理想の礎になれるはず。
アナタの役にも立てるはずなの――
なのに。
『君の力は不要だ』
『ただ破壊するだけの力に――私は、興味がない』
……どうして?
どうして、そんなことを言うの?
どうして、ワタクシの全てを、そんなふうに――
『私が欲しいのは、"有"を生み出す力。あるいは、私の異能を極限まで洗練させる触媒だ』
『そのいずれかであれば、私の理想は完成する』
『排除すべきは、愚かな人間たち』
『世界そのものを巻き込む、君の無差別な異能に――』
『品も、美しさも、感じない』
――そのとき。視界の端に、"影"が映った。
闇と、鮮血を纏う影。
ゆっくりと、確実に――ワタクシに近づいてくる。
黒と赤。人の形をしていながら、何かが違う。その姿には、言葉では形容できない美しさが宿っていた。
(……宝石のような瞳)
(……透き通った肌)
(…………ああ、美しい)
――まるで、ファロン様みたい。
(……どこかで見ていてくださっているかしら、ファロン様)
その想いと重なるように、彼女が口を開いた。
「――あなたね」
囁くような声。けれどその一言は、張り詰めた世界の静寂を、まるで絹を裂くように、優しく、そして残酷に破った。
「泣くなら一人で泣きなさい」
――その声が、胸を貫いた。
「大声でわめき散らかして、みっともない」
みっともない――?
(……ワタクシが?)
(こんなにも努力してきたのに?)
(誰よりも、淑女として。誇り高く、気高く、誰かの模範であろうとしてきたのに?)
(……うるさい)
(うるさい、うるさい、うるさい—―!!)
これだけ、頑張ったのよ。
ファロン様にも、きっと届くって。
やっと、認めてもらえるって。
だって今回は――
今回は、本当に――
ワタクシ、ちゃんとやったの。
間違ってなんか、ない。
正しかった。信じてた。信じたかった。
だから――お願い。
ワタクシのことを……!
「"必要"だと――!」
――やっと、やっと届くと思ったの。
誰かの隣にいられる日が、また来ると。
この身を削って、魂を灼いて――
すべてを懸けて、ここまで来たのに。
……なのに。
「破滅の先には、誰も待っていないわ」
……違う。違う、違う。
「あるのは孤独。ひとりきりの世界」
それは違う。
そうじゃない。
そうじゃないのよ……
「罪も、縁も、異能も、命も――」
……お父様。
……お母様。
――ファロン様。
「私が、すべて断ちきってあげる」
その終わりの言葉が、
ワタクシの世界を、音もなく切り裂いた。
第十四話 孤独に沈む消えざる願い
1 - 2025.5.25 18:00
2 - 2025.5.28 18:00 投稿予定
となります。次回もぜひ、よろしくお願いいたします。




