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第十三話 終焉を穿つ桜の意志 - 3

第十三話 終焉を穿つ桜の意志

1 - 2025.5.18 18:00

2 - 2025.5.19 18:00

3 - 2025.5.20 18:00

4 - 2025.5.21 18:00 投稿予定

5 - 2025.5.22 18:00 投稿予定

6 - 2025.5.23 18:00 投稿予定

となります。次回もぜひ、よろしくお願いいたします。

 白。圧倒的な、死の白さ。


 空の高みから、まるで神が吐き出したかのような極寒の吹雪が地上を覆い尽くしていく。以前ルイとシアが対峙した異能者が生み出した吹雪など、今この光景の前ではまるで子どもの悪戯だ。凍てつく風は視界を裂き、大気そのものが氷と化し、世界の輪郭を食い尽くしていく。

 風が、木々を砕き、石を裂く音さえ、全て雪に飲み込まれていく。聞こえるのは、自らの心臓の鼓動と、稲妻の名残が空を引き裂く低い振動音だけ。


 吹雪が世界を殺していく。それが、錯覚ではないと感じられるほどに、その光景は恐ろしかった。


 しかし、その死の世界のただ中において、彼ら四人の周囲には雪が積もらなかった。


 "柔らかな白光を放つ魔法障壁が、まるで繭のように彼らを包み込んでいた"。

 雪片がその結界に触れるたびに、ふわりと霧となって消える。凍える風さえも、近づくことはできなかった。障壁の内側には仄かな熱気が満ちている。


 ルイは世界の「境界」を見た。まるで生と死、理と混沌、希望と絶望とを隔てる防壁。魔法障壁のわずか外側では、現実が悲鳴を上げ、崩壊を始めている。


 シアがよく使っている防御魔法に似ていると思った。だが彼女は、今ルイの横で静かに目を閉じ、穏やかに眠っている。意識は深く沈んだ場所にあり、魔法を行使できる状態ではない。

 ふと律灯へと視線を移す。彼もまた黙々とルイの治療に集中して、魔法を使っている様子はない。そもそも律灯は異能者だったはずで、魔法は使えない。



(……なら)


 この障壁内には、もう一人いる。

 静かに腕を組んで障壁の外の様子を眺めている男を、ルイは見た。その姿には力みも構えもない。ただ立っているだけ。だというのに、その気配はあまりにも異質だった。


 ルイが無意識のうちに男を見つめた刹那――まるでそれを感知したかのように、男が振り返った。


 心臓が飛び出るかと思った。


 男の視線が、自分を正確に捉えているとわかった瞬間、全身が硬直した。逃げ場のない緊張が、皮膚の奥からにじむ。


 彼の瞳が、淡く白光を帯びていた。冷たい銀光のように、静かに、しかし確かに輝いている。それは明らかに、何らかの力――魔法でも異能でも、力を行使している最中の者に出る、特有の現象だ。

 シアは、普段からキラキラと輝くような瞳をしているが、魔法を使うときにはその輝きが更に増す。ルイ自身も、シアに指摘されたことがあるが、異能を発動するときには瞳が鮮やかに輝く。

 それと同じように、男の瞳も今、輝きを帯びていた。


 ルイは目を逸らせなかった。

 圧倒的な存在感が、胸を圧迫する。魂が縮こまるような感覚。そこに剣気も殺気もないのに、まるで生存本能が「逃げたい」と叫んでいた。


 しかし、男はそんなルイの内心を見透かしていたのか、ふっと鼻で笑った。

 その笑みに、優しさも侮蔑もない。ただ、すべてを見透かしたような"余裕"があった。「ようやく気づいたか」――まるで、そう言っているかのように。


 この魔法障壁を張ったのは、この男だ。


 だが、それ以上に理解させられたことがある。

 彼が"何者"かを問うことすら恐れ多い。そんな規格外の"格"が、この男にはあった。



 ――その裏で確かに、終焉は進行していた。ミレディーナの"魂の底からの抵抗"は、これだけでは止まらない。



 ――ドドドドドドッッッ!!!!!



 空から降り注いでいたのは、もはや"雹"とは呼べないほどの巨大な氷塊だった。隕石のような質量を持つ黒い雹が、地に積もっていた雪を爆ぜさせながら、容赦なく地表に叩き込まれる。一つ一つが落ちるたびに地が震え、耳ではなく骨で感じるような音のない衝撃が世界に走った。

 さらにその上から、滝のような雨が空から流れ落ちてくる。水と氷と雪が入り混じり、轟音とともに砂浜をなぞるように、そして攫うように流れていく。雨は、雪を、雹を、そして砂さえも巻き込みながら、圧倒的な濁流を作り上げていた。「川のよう」なんて可愛いものではない。それはまさに、"破壊の流れ"だった。


 雷は、終わる気配すら見せない。空を絶え間なく切り裂く青白い閃光が、乱れ咲く火花のように天を走り、直後に耳をつんざく雷鳴が、世界を怒鳴りつけるように鳴り響く。そのたびに、大気が震え、空が怒っていることが、肌を通して伝わってくる。

 そして風。吹きすさぶ暴風は、砕けた雹の破片、粉々になった雪の結晶、削り取られた砂粒を巻き上げ、いくつもの竜巻を生み出していた。竜巻は互いにぶつかっては裂け、破れた空間をさらに深く引き裂いていく。風が吹いているのではない。風もまた、怒っている。


 ミレディーナの怒り――その感情そのものが、世界の「自然現象」という形を借りて暴れていた。


 大地が悲鳴を上げる。グラグラと、地面が深く呻いたかと思うと――地震が世界を突き動かした。

 砂浜に複数の巨大な亀裂が走り、次々に地表が割れていく。口を開いた裂け目に、黒く、淀んだ海水が流れ込んでいく。泡も音もない、死そのもののような液体。その水に触れた砂が、ボコンと音を立てて崩れ去り、形を保てずに消滅していく。

 続けて雨によって生まれた奔流も、その裂け目に向かって引きずられるように流れ込んでいった。生と死、清流と毒、雨と海――あらゆる境界が混ざり合い、濁り、融け合っていく。


 そして、空。再びその天に、"それ"は現れていた。

 ――オーロラ。しかしそれは、幻想的な美しい彩ではなかった。

 まばゆい。痛みを覚えるほどにまばゆく、目に入った瞬間視る者の眼球を焼く。



 天地鳴動――天が悲鳴を上げ、大地が呻き、空間そのものが苦悶に歪む。

 世界は本当の終焉を迎えようとしていた。



 ――それなのに。


「……"響哉(ひびや)"、外がすごくうるさいよ」


 律灯の声が、不思議なほど平穏に落ちている。まるで近所の騒音にぼやくかのような、日常的な不満のトーン。終末の嵐の中とは思えないその声に、空間の異常さがさらに際立つ。


「おう」


 男――響哉が返す。ぶっきらぼうな短い相槌。だがそこには、長年の付き合いを感じさせるような親しみが滲んでいた。


「音を遮断してくれないかな。怪我人を起こしちゃったら悪いでしょ」

「ったく、俺のことを何か便利な道具かなんかと勘違いしてねえか?」


 そう文句を言いつつも、響哉は手を軽くひと振りする。


 その瞬間――世界の轟音が、まるでスイッチを切ったかのように消え失せた。荒れ狂う雷鳴も、嵐の咆哮も、氷塊の衝突音も、地鳴りも――すべてが一斉に断ち切られ、魔法障壁内に穏やかな静寂が訪れる。


 ルイは驚きのあまり、反射的に体を起こそうとした。だが次の瞬間、全身を貫く激痛が脳を殴りつける。肺が絞られ、視界が波打ち、内臓が揺れるような吐き気が襲いかかる。


 顔を顰めたルイに、律灯の穏やかな声が頭上から優しく降り注いだ。


「動いちゃダメですよ。……本当、よく生きてましたね。これほどの怪我を見るのは久しぶりです」


 自分の体がどんな状態になっているのか、ルイはよくわかっていなかった。切り傷や擦り傷は数えるのも馬鹿らしいほどで、骨の軋みは動かずとも感じる。そもそも――遥か上空から落下した。無理を承知で銃を撃ち続けた。自分の身体が、どんな無茶をしたかなど、思い返すまでもなかった。


「――」


 律灯に、自分の状態を聞こうとする。だが、声が出なかった。ほんのわずかに息が漏れただけ。だが、それだけで喉と胸が焼けるような激痛に襲われ、ルイは目をきつく閉じる。


「喋るのもダメです、ルイ君。……うーん、珠桜様が見たらきっと気絶しますね。二度と外に出してもらえないかも」


 それは、困る。そう思ったが、それを伝える術はなかった。体は悲鳴を上げたまま、何もできない。

 ふと視界に影が落ちた。響哉がルイの顔を、やたらとニヤニヤとした顔で覗き込んでいた。


「男の勲章ってヤツ? "見ないうちに"随分とカッコよくなったねえ、ルイ君」


 軽口。茶化すような言葉。そのことに気づいたルイは、目を細めて睨もうとしたが――痛みに負けて、ただ情けないしかめ面をすることしかできなかった。


「お、睨んだ。ちゃんと反応できるなら、まだ余裕あるじゃん。いいねいいね、若いって」


 響哉はくつくつと笑いながら、顔を引っ込めた。

 その直後、視界の隅で律灯が無言のまま動き、ルイの唇にぬるい液体をそっと注いでくる。薬草のような苦味が舌に広がるが、それでも温かかった。喉を通っていく感覚が、遠く霞んでいた意識にじんわりと輪郭を与えていく。

 まるで、ひどく長い夢の底から、ようやく浮かび上がってくるような――そんな静けさが、ゆっくりと脳内に満ちていった。



 そのとき。かすかな寝息だけが耳に届いた。


 隣で眠るシアの、穏やかで規則正しい呼吸音。

 終末の轟音から一転、生命の静謐な鼓動だけが、鼓膜を優しく撫でる。



 ――ああ、シアが、生きてる。


 それだけの事実が、全ての苦痛と混乱を打ち消していくようだった。それだけで涙が溢れそうなほどに、救いのように感じられた。


 痛みが引いていく。

 衝撃も、恐怖も消え去った。

 頭はまだ靄がかかったように朦朧としているが、律灯の手が放つ温もりだけは、確かな存在感を持って身体の奥まで静かに染み込んでくる。


 おそらく――生き延びたのだ。自分も、シアも。二人とも、死の淵から引き戻された。

 生きている。助かった。この世界の理を超えた破壊の中で。

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