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END OF HOPE:21xx - Last Call  作者: 久遠-kuon-
Interlude III: 21xx - Red Eve
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Interlude III: 21xx - Red Eve 深蔵若虚 - 2

「「──院主様」」



 ポーランと琴葉が、深々と、頭を叩きつけるように平伏した。その声は、畏敬と絶対的な忠誠に震えている。ポーランの巨体が、臣下の礼を取る姿は、一種の感動すら覚えるものだった。彼の背中が、深く折れ曲がり、額が黒い床に触れんばかりだ。琴葉の白いドレスの裾が、床に広がり、まるで彼女自身を捧げるかのようだった。深紅の瞳は、完全に伏せられ、その表情は見えない。

 ルイとシアも、慌てて頭を下げる。冷たい石の感触が、額に触れる。この場にいることの重みが、全身にのしかかる。

 響哉だけは、従うものかと、ただその影を睨み続けた。銀灰色の瞳に、一筋の光が走る。紫檀色の髪の下で、その瞳は闇を貫かんばかりの鋭さを帯びていた。しかし、彼もまた、その存在の重みに押しつぶされそうになっているのか、唇を噛みしめていた。彼の拳が、わずかに握りしめられている。


『……面を上げよ』


 しばしの静寂の後、声が響いた。

 それは、玉座から直接脳裏に響き渡るような、非人的な唸りにも似た重低音であった。耳で聞くというより、頭の中で直接響く。まるで、この空間そのものが声を発しているかのようだった。性別も年齢も判別できない。老いているのか、若いのか。男か、女か。すべてが、闇に包まれている。

 顔を上げる。しかし、視線は玉座の足元にしか向けられない。重圧が、それ以上を許さない雰囲気を醸し出していた。まるで、見ようとする意志そのものを押し潰すかのように。黒い石の床に落ちる灯篭の光だけが、かすかに揺れている。

 誰も、口を開かない。開けない。ただ、その存在の前に平伏し、次の言葉を待つことしかできない。その重みが、空間全体を支配していた。


『……汝らを呼んだのは他でもない』


 声が、再び響く。重低音が、頭蓋の奥深くまで響き渡り、全身の細胞がその重みに震えるかのようだった。


『……明日、異能者との戦いに臨むため、勇気を持って立ち上がったこと。その勇敢な心。各々の果たすべき役割を全うせんとする意志——すべてを、我は認める』


 言葉の一つ一つが、ゆっくりと、しかし確かに脳裏に刻み込まれる。それは、単なる称賛ではなかった。この国の頂点に立つ存在からの、正式な承認。その重みが、跪く者たちの肩にのしかかる。

 闇の中から発せられる声音には、不思議な力が宿っているようだった。聞く者の心を奮い立たせ、同時に、深く沈めさせる——相反する感情を呼び起こす力が。


「──ありがたき!」


 ポーランの声が、部屋に響いた。それは、戦場で敵を震え上がらせる怒号とはまったく異なる、臣下としての恭しい声音だった。彼の巨体が、さらに深く頭を下げる。額が、黒い石の床に触れんばかりに。その姿からは、戦場での勇猛さは微塵も感じられなかった。ただひたすらに、主君への忠誠のみがあった。



『……そこの若き者よ』


 突然、声が響いた。それは、ルイに向けられたものだった。重低音が、空間を震わせ、直接脳裏に響く。

 ルイの心臓が、一瞬早く鼓動を打つ。全身の血液が、逆流するかのような感覚。御簾の向こうの闇から、確かに自分を見つめる視線を感じた。それは、物理的な重みすら伴うかのような、圧倒的な存在感だった。

 ルイは、御簾の向こうの闇を、まっすぐに見つめる。重圧に抗って、顔を上げた。

 ポーランたちが平伏する中、ただ一人、顔を上げるその行為は、この場においては異様ですらあった。しかし、その瞳に、恐怖はなかった。ただ、この国の頂点に立つ存在を、自分の目で確かめたいという、強い意志だけがあった。深緑の瞳が、闇の中を貫かんばかりに輝いている。


『……よくぞ、この地へ来てくれた』


 声が、続く。その声音には、かすかな感慨が混じっているように感じられた。まるで、長い時を経て、ようやく巡り合えた者に対するかのような——そんな響きだった。


『異能の力を宿しながら、魔法なき身として、この皓絳の地に足を踏み入れ、我が臣と共に戦うことを選んだ。その勇気、その決断——称えよう』

「……ありがとう、ございます」


 言葉の一つ一つが、ルイの胸の奥深くに染み込む。それは、ただの称賛ではなかった。彼の存在そのものを、認めるかのような響きだった。

 ルイは、少し迷いながらも、そう答えた。ポーランたちのような完璧な礼儀はできなかったが、それでも精一杯の敬意を込めて。深緑の瞳が、まっすぐに御簾の向こうを見つめている。跪いたまま、しかし背筋は伸びていた。

 闇の中で、わずかに気配が動いた。笑ったのか、それとも別の感情か。ルイには、知る由もない。しかし、確かに何かの感情が、その闇の中で揺れた気がした。御簾が、かすかに震えたように見えた——気のせいかもしれないが。



『……そちらの少女も』


 院主の声が、今度はシアに向けられた。その声音が、わずかに柔らかくなった気がした。

 シアの小さな体が、ビクンと震えた。彼女は、顔を上げることもできず、ただ俯いたまま、耳を澄ませている。白い髪が、彼女の表情を覆い隠していた。その肩は、小刻みに震えている。


『……望むものを現実とする異能——魔力を代償とする、稀有なる力……尊き力だ。

 無理はするな。されど、その力が必要とされる時、迷わず振るえ。汝の想いが、世界を変えることを忘れるな』


 その言葉は、優しかった。重低音の中に、確かな慈愛が込められているように感じられた。それは、叱咤ではなく、激励でもなく——ただ、彼女の力を認め、信じる者の言葉だった。

 シアは、小さな体を震わせながら、深くうなずいた。


「は、はい……! がんばります……!」


 その声は、か細く、しかし確かな決意を宿していた。涙が、彼女の頬を伝っているかもしれない。俯いたままの彼女の表情は見えないが、その声には、確かに強い意志が込められていた。



『……そして』


 院主の視線が、響哉に向けられる。目に見えない重圧が、空間を伝って彼を包み込む。

 その瞬間、部屋の空気が変わった。緊張が、一気に高まる。跪く者たちの呼吸が、さらに深くなるのが分かった。ルイの背筋に、冷たい汗が伝う。


『……頭を下げぬ、そこの者よ』


 響哉の銀灰色の瞳が、鋭く光った。紫檀色の髪の下で、その瞳は闇を貫かんばかりの輝きを放っている。彼は、依然として頭を下げていなかった。ただ、その場に立ち、院主を睨み続けている。その姿勢には、一片の怯みもなかった。


『……その頑なさ、買おう』


 声に、かすかな笑みが混じったように感じられた。それは、嘲りではなく、むしろ好意的な笑みだった。

 皓絳の人々は秩序に従い、歯向かう者はいない。久しぶりに見た頑固者を、面白がるかのような——そんな印象を、その声音は持っていた。闇の中で、院主の存在がわずかに揺れた気がした。


『……されど、ここは我が領域。我が臣の前だ。少しばかりの敬意を、学んではくれまいか』


 響哉の眉が、わずかに動いた。銀灰色の瞳に、一瞬だけ迷いの色が走る。しかし、それはすぐに消えた。彼の内なる何かが、その言葉を拒絶しかけた。しかし——

 彼は一瞬、琴葉を見た。琴葉は、微かに首を振った。無理をするな、という意味か、それとも従えという意味か。その仕草は、どちらとも取れた。深紅の瞳が、響哉を見つめている。彼女は、響哉に強制しない。ただ、彼が選ぶのを、待っていた。


 響哉は、深く息を吐いた。

 その吐息は、長く、重かった。まるで、何かを決断する者の、最後のためらいのように。全身の力が、一度抜けるのを感じた。


 ──そして、ゆっくりと、片膝をついた。


 完璧な平伏ではない。頭も下げていない。背筋は伸びたまま、銀灰色の瞳は依然として闇を見据えている。しかし、それでも、彼なりの敬意の示し方だった。紫檀色の髪が、その動きでわずかに揺れる。それは、降伏ではなく——対等な者としての、譲歩だった。彼の誇りを捨てずに、しかしこの場の重みに応えるための、ぎりぎりの選択。


『……よろしい』


 院主の声が、満足げに響く。その声音には、先ほどよりもさらに温かみが増しているように感じられた。闇の中で、またしてもかすかな気配が動いた。笑みを浮かべたのか、うなずいたのか——それすらも、闇の向こうでは分からない。

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