Interlude III: 21xx - Red Eve 一気呵成 - 1
少しの休息を挟んだ後、ポーランと琴葉、そして響哉は戦闘訓練に戻った。
轟音が再び鳴り響く。先ほどまでの手合わせとは比べ物にならないほどの激しさだ。三人の戦士が繰り出す攻撃の一つ一つが、空気を震わせ、床を揺らす。武衡局の壁が悲鳴を上げ、天井からは細かな埃が舞い落ちる。
身体能力単品で見れば、響哉が最も優れていた。世界で最も優れた武闘家である珠桜に仕込まれただけはある。彼の動きには無駄がなく、一瞬の隙すら見当たらない。紫檀色の髪が舞い、銀灰色の瞳が鋭く光る。その一撃一撃は、まるで刃そのものだった。
次いで、同じく珠桜に学んだ琴葉。彼女の動きは優雅で、まるで舞を舞っているかのようだ。白いドレスの裾が翻り、その一挙手一投足が美しい。しかし、その美しさの裏には、確かな殺意が潜んでいる。
だが、ポーランもすごい。ルイでは到底敵わない。彼の戦い方は、我流なのだという。体系だった教育を受けたわけではない。ただ、数多の戦場を生き抜いてきた経験が、彼をここまで強くした。その巨体からは想像もつかないほどの敏捷さで、二人の攻撃をかわし、反撃する。長年戦場を渡り歩いてきた者の、野生の勘が光っていた。
ただ、ここに魔法を加えると、その優劣は逆転する。響哉も、ほとんどの魔法士よりも高い水準までその実力は引き上げられていたものの、魔法入りの持久力が足りないと、ポーランは厳しく評価した。その言葉に、響哉は無言で拳を握りしめていたが、反論はしなかった。ポーランとの手合わせで、確実にその差を理解したからだ。
再び鳴り始めた轟音を背に受けながら、ルイ、シュエン、そしてリンファはその場から離れた。
三人は白亜の廊下を歩く。轟音が次第に遠ざかり、やがて完全に聞こえなくなった。代わりに、自分たちの足音だけが、静かな廊下にコツコツと響く。しばらく歩くと、別の闘技場へ案内された。先ほどの武衡局よりは小ぶりだが、それでも十分に広い空間だった。
「ハイハーイっ、ルイ君注目~」
シュエンが軽快な声を上げる。彼のグレージュの髪が、部屋の中の明かりに照らされてキラキラと輝いていた。その表情は、まるで新しい玩具を与えられた子供のようだ。
「オレたちは、キミの異能がどういうものなのか、もうちょっと解剖してみたくて呼びました~っ」
解剖、という言葉とは裏腹に、シュエンの表情はいたって明るい。冗談めかして言っているだけのようだ。実に彼ららしい言葉のチョイスに、ルイは思わず苦笑した。
「まずは、粒子を視て」
リンファが口を開く。彼女のマゼンタの瞳が、まっすぐにルイを捉えていた。訓練場での無邪気な笑顔はどこへやら、今は真剣な指導者の表情をしている。先ほどまでの子供のような無邪気さは完全に消え去り、そこには研ぎ澄まされた指導者の眼差しがあった。
言われた通りに粒子を視る視界に切り替えようとする。目を閉じて、もう一度開くその一瞬──
「遅い」
「ッ~~!?!?」
脛を、リンファの杖が叩いた。
鋭い痛みが走る。思わず抱え込んでその場に蹲る。痛みで目が潤む。理不尽な暴力に、頭の中が混乱した。脛から伝わる痛みが、じんわりと広がっていく。
「遅いわよ。なに瞬きしてるの? 無駄が多すぎ。集中が足りないの。やり直し」
「は……はい?」
ルイが蹲ったまま顔を上げる。リンファは涼しい顔で立っていた。ただ、彼女の手にある杖が、わずかに震えていた。叩いた衝撃が、彼女にも返っているのかもしれない。
言葉の意味が呑み込めず、目をぱちくりと瞬かせるルイを見て──彼女はどのように捉えたのか、突然ぷっと噴き出した。
目元が嘲笑するように歪む。口元には意地悪な笑みが浮かび、マゼンタの瞳が三日月のように細められた。
「もしかして、自分の体内にある星溶粒子の流れを意識してないの?」
彼女はわざとらしく首をかしげ、哀れむような眼差しをルイに向ける。その口調には、見下すような甘ったるさが混じっていた。まるで、出来の悪い生徒を前にした教師のような、いや、それ以上に酷い、完全なる優越感に浸る者の響きだ。
「意識低っ」
最後の一言は、特にゆっくりと、はっきりと発音された。その声音には、愉悦がたっぷりと詰まっている。
(……はぁぁああああ????)
ルイの心中で、何かが切れた。
理不尽だ。あまりにも理不尽だ。しかし、ここで反論すればさらに倍返しが来ることは、嫌というほど理解していた。彼女の性格を考えれば、反論はさらなる罵倒と、そして追加の一撃を招くだけだ。
「リンファ先生、さすが厭味ったらし~」
シュエンが楽しそうに割って入る。彼はこの状況を心から面白がっているようだった。グレージュの髪が、彼が笑うたびに揺れる。
「黙りなさい」
「痛っ! ひどーい!」
リンファの杖が、今度はシュエンの脛を正確に捉えた。彼もまた蹲り、ルイと同じような格好で呻いている。しかし、その表情には笑みさえ浮かんでいた。まるで、これも含めて楽しんでいるかのように。
リンファは再び表情を引き締め、蹲るルイの顎を杖で上を向かせた。冷たい杖の先が顎の下に当たり、無理やり視線を合わせられる。彼女のマゼンタの瞳が、真剣そのものだった。
「粒子を視れば、敵が魔法を使う瞬間が分かる。たとえ異能を受けてしまったとしても、どの箇所がその侵蝕の影響を受けているか分かる」
彼女の声が、真剣な響きに変わる。先ほどまでの嘲笑うような口調は完全に消え去り、そこには厳しい指導者の声音だけがあった。
「粒子を視ることは、身を護ることにも繋がる。だから、もっとスムーズにできるようにして」
彼女が掌をルイに向ける。マゼンタの瞳が輝いたとき、僅かに体が温まるような感覚がした。
──干渉されている。彼女の支配が、自分の体内の粒子に及んでいる。不快感はない。むしろ、温かい湯に浸かっているような、不思議な安心感があった。
「……星溶粒子は、体内に宿っている。初めは必ず体内で生み出される」
リンファの声が、ルイの耳に直接語りかけるように響く。それは耳から入ってくるというより、頭の中に直接流れ込んでくるかのようだった。
「それを放出したり、巡らせたりして使う。放出する箇所に決まりはないから、基本的にどれだけ体内を巡らせておいても問題はないわ」
彼女の異能が、ルイの体内の粒子の流れを、優しく導いている。それは、まるで温かい川の流れのように、自然で、心地よかった。星溶粒子を、このように扱うことができるのかと初めて気づかされる。
「身体強化であればその対象の部位に。特に身体に影響を及ぼすものでないのであれば、少なくとも目には回しておきなさい。一々集めるなんて非効率」
言われるままに、意識を向ける。体内を巡る粒子の流れが、まるで自分の意思に従うかのように、目へと集まっていく。ここまでであれば、確かに集中する時間さえあればできる。
だが、リンファはそれでは駄目だというのだ。彼女の求めるレベルは、もっと上にある。
「目に集めたら、あとは軽く視神経に行き渡らせるか、出したりひっこめたりするだけ。簡単でしょ?」
目の前でせき止めるように。時に、それを放出するように。
視界が切り替わる。粒子の世界が、瞬時にして広がった。それは、今までのように目を閉じてから開くというプロセスを必要としない。ただ、意識するだけで、視界が切り替わる。まるで、自分の意思で明かりを灯すかのように、スムーズに。
確かに、出来るようになった。常にこの状態をキープしなければいけないというのは難しいことかもしれないが、きっと慣れればできるはずだ。ルイは自分の新しい感覚に、少しだけ興奮していた。
「……ありがとう。やりやすくな──」
「じゃあ次。粒子を掴んで」
「は」
──息継ぐ間もなく次の指示が飛んできて、ルイは開いた口が塞がらなくなった。




