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第九話 災いの女神:崩壊の演目 - 1

 シアの声が、合図になった。


 ルイは双銃のグリップを握りなおしつつ、地を蹴るために重心を低く構える。

 その隣で、シアもまた杖を強く握りしめ、その先端をまっすぐミレディーナへと向けた。


 二人の瞳に宿るのは、迷いの一切が取り払われた、決意の色。

 ――揺るぎない炎が、凛と燃えている。


「シア、"いつもの作戦"」


 それだけで十分だった。

 言葉は短くとも、心は重なっている。意思が繋がっている。


 何度も戦った。命を賭して。恐怖と隣り合わせで。

 淵の調査部隊として、二人きりで異能者と刃を交え、澄幽近辺の危機を退けてきた。


 戦う理由はたった一つ。


 ――澄幽に残る保護対象たちを守るため。

 珠桜を、ミコを。

 幻想だとしても、あの狭く、でも確かに幸せな、小さな日常を。

 願望でしかない未来を――それでも、迎えるために。


 だからこそ、二人は飛び出した。恐怖を知りながら、それでも希望を携えて、澄幽の外へ。



 そんな二人が、“生きて帰る”ために磨き続けた連携――


 まずはルイの双銃。閃光とともに放たれる弾丸が、迷いなく敵の足を狙い撃つ。完全に動きを封じられずともいい。ただ、鈍らせれば、それで十分。

 その瞬間に、シアが支援魔法でルイの身体を一気に加速させる。疾風のように駆け、敵との距離を一気に詰める。そして――

 ルイの指先が敵の体に触れた、その刹那。


 彼の“異能”の制約は、解除される。


 ルイの異能。それは、"異能を操作する"異能。

 対象に触れなければいけないという制約つきの異能。だが、触れさえすればいい。意志を叩きつける。相手の深奥にある異能の根源へ。触れた瞬間、それを握りつぶすように――"支配"する。

 一度でも支配に成功すれば、敵の異能を封じ込めることだってできる。異能をなくした異能者は、ただの人間も同然。その隙に、決着をつける。安全に、確実に。


 星骸相手には通じなくとも、異能者に対してなら、この力は絶対の優位を誇る。



 そんなルイの異能を活かし、彼が確実に、生きて帰るために。澄幽最高の技術者は特製の武器を造ってくれた。


『"ツインブレイザー"。お前のために造った型だ。誇れよ』


 そう誇らしげに渡された、世界でただ一つの相棒。



『異能が使えなければ、異能者もただの人間』


 だからこそ、珠桜に懇願し、体術を学び、汗を流し、倒れても何度も立ち上がった。どんな状況でも、抗うために。どんな敵にも、折れないために。



 すべては――生きて帰るため。

 みんなと、生きる続けるために。



「うん……! 任せて、ルイ!!」


 シアの声は、さっきよりさらに強く、澄んだ声だった。



 一方、ミレディーナは口元に冷ややかな笑みを浮かべたまま、手を空へ掲げた。



「《Ὀργή(オルギー・) τοῦ(トゥー・) Διός(ディオス)》――ディオニュソスの雷を、アナタに」



 その瞬間、空が割れるように雷鳴が轟く。閃光が走り、すべてを焼き尽くすかのように、再び無数の雷が降り注いできた。


 ルイは即座に地面を蹴り、低い姿勢で駆け抜ける。落ちてくる雷を間一髪で回避し、鋼のように硬い空気を切り裂いた。ドォオオオン!! と、数発の雷が地面に激突し、爆発音とともに砂煙が舞い上がる。

 しかし、他の雷はミレディーナの周囲に集まり、一瞬で収束。次の瞬間、その全てがルイとシアへと向かって放たれる。


「……!」


 ルイは瞬時に反応し、目の前に広がる異能の雷の気配を捉え、迷うことなくトリガーを引いた。鋭い音が轟き、ルイのエネルギー弾が雷と激しく衝突する。バチバチと火花が散り、爆発の衝撃波が周囲を吹き飛ばす。

 一方、シアは静かに、しかしその内に激しい熱を持って願った。「自分の身を、異能から守って」――その思いは形をほんの少しも歪めることなく、一瞬で魔法となり世界に顕現する。彼女の周囲に硬く輝く光の壁が展開された。雷のエネルギーがその壁にぶつかると、激しい音を立てて吸収されていく。


 だが、ミレディーナの雷撃に容赦など存在しない。次々と新たな雷が上空から、左右から、背後からと、容赦なく迫り来る。一度回避したはずの雷が、空中で軌道を変え、何度も何度も追撃してくる。

 ルイは低く身を沈め、わずかな隙間を縫って、次々と迫る雷をかわしていった。足元をかすめる雷、頭上を通り過ぎる雷。それでも、"ギリギリ避けられている"のではない。狙って、思ったように避けられている。彼の視界に次々と広がる光の奔流、目を凝らし、感覚を研ぎ澄まし、雷の軌道を判断し、次々と回避する。


「くぅっ……!」


 自分に襲い掛かる雷を防ぎつつも、シアはルイを視界の中に捉え続け、いつでもルイへ対しても魔法を使えるように構えていた。彼の足元の砂が爆風に吹き飛ばされ、雷が髪を掠め、千切り取っていったとしても、自分の防御をやめて彼を守ろうとすることはしなかった。

 ルイのことを、信じている。ルイなら大丈夫。それよりも、自分を守らないと――彼が悲しむから。

 シアは徹底して、飛翔する雷から身を守り続けた。


 相殺、回避、誘導――


 砂塵が爆発し、風圧が二人を包み込む。衝撃波が体中を叩きつけ、全身の毛が逆立つ。微細な動きのズレが命取りになる。直撃すれば、骨ごと焼き尽くされるだろう。

 それでも、二人は動じることなく、精密に戦っていた。自分を、そして、大切な相棒を信じて。



 だが、当然ミレディーナもこれだけでは終わらなかった。

 バチバチと、雷の力をまとったまま再度高らかに謳う。


「凍てつく死の祝福――砕け舞いなさい。《Χειμών(ケイモーン)》」


 その言葉と共に、空間が一変する。瞬時に世界が塗り替えられ、温度が急激に低下し、空気が凍りつく。


 ルイとシアはそれを感じ取ると、お互いに少し離れた距離で、同時に視界の上方に輝きを見た。

 雷とはまったく異なる光。冷徹で、圧倒的な輝きが空を支配する。


 それは、小さな氷の粒ではなかった。巨大な氷塊が、まるで雨のように無数に存在した。

 大気を切り裂き、周囲の建物さえも粉砕するような、圧倒的なサイズと質量の氷が、無数に――


(デカすぎるだろ……!?)


 ルイはその瞬間、反射的にその場から跳ぶ。防ぐのではなく、避けなければ命がないという直感が胸に響く。

 迫り来る巨大な氷塊。その冷気が、肌を突き刺し、瞬時に全身を凍りつかせるような感覚に襲われる。心臓が激しく鼓動し、脳裏に一瞬で死の危険が走る。


「シア、手を!!」

「うん……!」


 シアが一瞬の迷いもなく、ルイの手を取る。その瞬間、シアの魔法が働き、二人の体が爆発的に前方へと加速する。

 氷の嵐の中、まるで流星のように、一秒にも満たない時間で巨大な氷塊を躱しきった。


 ――ガッシャアアアアアンッッッ!!!!


 激烈な轟音と共に氷塊が地表に激突し、周囲の大地が震え、空気が振動する。地面がひび割れ、冷気が一瞬で支配し、世界が凍りついたような錯覚に陥る。その衝撃波はさらに二人を襲い、氷の破片が空中で弾け飛び――鋭い刃のように向かってくる。


(当たったら死体も残らないな……!)


 反射的にルイは体を動かし、銃を一瞬でダガーに変形させ、目にも止まらぬ速度で飛んでくる氷の破片を弾き返した。数ミリ秒早く動いた反射神経が、命を繋いだ。しかし、全ての破片を弾くことはできない。

 だが、そこで遅れて反応したシアがすぐさま魔法を発動し、氷の刃を防ぐ。障壁が次々と浮かび上がり、氷の刃を弾き返していく。だが、その度に衝撃が走り、砂と氷の粉が舞い上がり、周囲の風圧と冷気に体が引き裂かれそうになる。


 それでもなお、氷の攻撃は止まらない。降り注ぐ氷塊の数は増え、前方で砕けた氷が再び飛び散り、無数の刃となって襲い掛かってくる。

 ルイはしっかりとシアを抱きかかえて、氷塊の直撃を避けるために全力で駆けた。全身が氷の冷気に包まれ、息を吸うことさえ凍えるようだ。足元が滑り、全身が凍りつく感覚に耐えながら、ルイは体を必死に動かす。だが、動ける範囲が限られてきた。足を取られたら、もはや逃げられない。

 シアは魔法を全力で維持し、周囲に広がる障壁が氷の刃を弾き返していく。何度も何度も強く願うが、氷は止まるどころか、さらに降り注ぎ、容赦なく迫る。


「こいつ……! 限界とかないのかよ!」


 ルイの額に汗が浮かび、一瞬で凍り付く。目の前の嵐に必死に対応しながら、思わず叫んだ。


「雷と氷雨のデュエットに、アナタたちはただ称賛と喝采を捧げるだけで結構ですのよ?」


 ミレディーナが雷を纏った右手を振るった。氷の隙間を縫って、雷撃が再び襲う。


(逃げてばかりじゃ埒が明かない……!!)


 ギリ、とルイは奥歯を噛みしめた。

 そのルイの焦りに気付いたのか、シアがルイの腕の中でかすかに身じろぎをした。


(考えて私……! ルイの、一番助けになること……!)


 シアの心臓が激しく鼓動を打ち、冷たい汗が額を伝う。

 降り注ぐ氷塊を避けながら、迫りくる雷撃に対して体を捻って銃で相殺し続けるルイ。氷塊の範囲を出るには、まだ距離がある。雷撃は容赦なく追ってきて、次々と周囲を焼き尽くしていく。

 限界が来るまで、時間がない。せめて、どちらかだけでも無力化できれば――そうすれば、ルイと協力して突破できるかもしれない。



「――降ってこないで、止まって!!」



 シアが叫んだ。その瞬間――



 ビタリ。



 落下するはずの氷塊が、空中で静止した。まるで、時間が止まったかのように、氷塊は動かない。


「……は?」


 ミレディーナが、小さく困惑の声を漏らした。

 重力に従って地面に向かって落ちるはずの氷塊が、不自然に宙に浮いている。氷塊は少しも落下する気配を見せない。


『止まって』――シアが願ったその言葉が、氷塊の落下を相殺する力として作用している。目を凝らすと、氷塊を包み込むように、揺らめく陽炎のような光が渦巻いていた。


 ミレディーナが狼狽し、その隙に雷撃の手も一瞬止まる。

 ルイも息を呑んだ。そして――瞬時に思考を切り替える。戦局が一瞬にして変わったことを理解し、無駄な迷いは一切無い。彼の視線は、ただ一点を見据えていた。


(――今だ。戦略は決まっている)


「シア、ありがとう」


 その言葉を終わらせるや否や、ルイはシアを流れるような動きで地面に下ろした。


 そして、全身に震えるようなエネルギーを漲らせ、ルイは動き出した。

 一瞬の躊躇もない。彼の足音が砂を踏みしめ、地面を強く蹴る音が鳴り響く。彼の視界には、ただ一つ、目の前のミレディーナを倒すために必要なものしかなかった。

 疲れの色すら見せず、無駄な一歩も踏み出すことなく、地を駆け抜けた。


 双銃を構える。狙うのは、ミレディーナの足。優雅なドレスの裾から覗く、戦いとは無縁の細い足。まるで絵画のように無防備に見えるその部分へ、正確無比な銃口が向けられる。


 ――ドンッ!!!!


 炸裂する銃声。銃弾は超速で飛び、異能の力をまとって、ミレディーナの足に吸い付くように迫っていく。

 ルイもすぐに異能を支配するべく、手を伸ばしていた。今なら、きっと届く――


 ――だが、あとほんの少しでそこへ突き刺さるところを、突風が遮った。


「ッ、うわ......!?」


 風に押し返され、ルイは数度後ろに転がる。銃弾は予定通りに飛ばず、無情にも海面へ激突。爆発的な水しぶきが上がり、その音が一瞬、世界を支配した。



「……《Νίκη(ニケ)》。アナタは、ワタクシに微笑むのよ」

第九話 災いの女神:崩壊の演目

1 - 2025.4.20 18:00

2 - 2025.4.23 18:00 投稿予定

となります。次回もぜひ、よろしくお願いいたします。

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