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第五十六話 理を嗤い、光花を咲かせ - 1

 まず、ルイがやるべきは、活動時間を極力引き延ばすことだ。

 魔法式の正規の使用時間──十分以内に、琴葉を見つけ澄幽へ連れ帰るか、納得できるような理由を引き出すことができるのが理想ではある。だが、時間を延長する術を持っているのであれば、焦らないようだったり、万が一のことがあったときに備え、予め手を尽くしておいたほうがいい。琴葉があの魔法士たちに遭遇していたら、十分では足りないかもしれない。


 ルイは落ち着いて、目を閉じた。吹雪の音が遠のき、自分の鼓動と呼吸の音だけが大きく聞こえる。意識を内側に向ける。


 星溶粒子を視て、自分の体を覆う魔力の流れを掴む。琴葉が仕込んだ魔法式から発せられる、規則正しい波動のパターンが精巧な編み物のように体を包み、冷気を遮っているのが分かる。

 その編み目を、ひとつひとつ見極める。黒と白の星溶粒子が織りなす複雑な構造。琴葉が話すには、これが時間と共に緩み、十分後には自然に解けていくように設計されている。


「《支配》」


 ルイは小さく、しかし確かに声に出した。父から受け継いだ異能の真髄を、今ここで行使する。

 本来十分で崩れてしまうと琴葉が言った式の構造を、固定するようなイメージをする。魔法式によるものではなく、今の保護の形こそが、この世界が定めたものであり、それは永続するものだと。粒子の流れに介入し、その秩序を強制的に維持させる。まるで、緩み始めた紐を何本も手で掴み、ぎゅっと締め直すように。

 これが成功してしまえばとんでもないことだが──「出来る」という確信があった。


 掌の中で、魔法式の袋が微かに熱くなる。編み目の緩みが止まり、安定した。時間の制限は、今や取り払われた。



 いざ、琴葉を探す。

 吹雪の中、目に見えるものはほとんどない。だが粒子の世界では、すべてが鮮明だ。地面に埋もれた星骸の残骸から漏れる微かな光、過去の戦闘で撒き散らされた魔力の残滓、そして生命の気配──ない。この荒野には、今この瞬間、生きているものはほとんどいない。


 ルイは意識を再び外へ向けた。狭い範囲から、徐々に星溶粒子を知覚できる範囲を広げていく。


 半径数メートルから始め、十数メートル、五十メートル……百メートル……五百……


「……っ」


 段々と、頭が重く、鈍くなっていく。感知することができる情報量が多すぎるのかもしれない。星骸の気配ではないが、その種のような微かな星溶粒子の気配や、残骸に宿る気配。一番大きいのは空間に漂う魔力の量だ。他の星溶粒子がまばらにあるのに対して、魔力は地域により僅かに多い、少ないはあれど、全く存在しない場所はこの辺りにはない。広げれば広げるほど、比例的に入ってくる情報が増え、脳が処理しきれなくなる。

 まだ琴葉の気配は見つからない。この時点で、通常の魔法式の使用方法で探索可能な範囲は超している。もし魔法式が通常通りなら、諦めて澄幽に戻ったほうがいい。でも、ルイはその制限を先ほど取り払った。


 だから、もう一段階──ルイは歯を食いしばり、知覚できる範囲をさらに広げた。頭蓋の内側が疼くような痛み。視界の端がちらつき始める。



 半径一キロ。

 その西に進んだ方に──暗く、燃えるような魔力の塊の気配を感じた。



「──琴葉……!」



 普通の道でも、十五分はかかるであろう道のり。しかも、今は視界不良の猛吹雪だ。雪はふくらはぎまで積もり、一歩踏み出すごとにずぶりと足が沈む。風は体を押し戻そうとする。

 だが、自分の力を信じ──ルイは滑らないようにしつつも、早足でそこへ向かった。雪を蹴り、体を前傾させ、吹雪に向かって突き進む。ゴーグルがすぐに雪で覆われるが、拭う時間はない。粒子の視覚で進路を確かめながら。


 西へ。暗く燃える魔力の塊へ。琴葉のもとへ急ぐ。



 ◇◆◇



 十分はゆうに過ぎていた。だが、まだ魔法式は維持されている。琴葉の設計した制限時間を強引に引き延ばすことには、完全に成功していた。体を包む温もりは弱まることなく、歪むこともなく、吹雪の中でも確かな命綱となっている。


 ついに一キロ先の、琴葉の気配の近くまでやってき。しかし、意識を研ぎ澄ませ、星溶粒子の知覚範囲を絞り込むことで、恐るべき現実が露わになった。

 琴葉の周囲に、複数の──十を超える規則的な魔力の塊が、円陣を組むように琴葉を取り囲んでいる。魔法士たちだ。しかも、昼間に遭遇した集団とは明らかに規模が違う。二十、いや三十はいるかもしれない。一つひとつの気配が強く、訓練された連携が感じられる。

 琴葉の魔力は激しく乱れ、粒子同士が衝突し、悲鳴を上げているようだった。もはや対峙などという生易しい状態ではない。完全な包囲戦だ。彼女は数の暴力と完璧な連携に、文字通り四方八方から圧迫されていた。


「くそっ……」


 歯を食いしばり、ルイはさらに速度を上げた。雪を蹴散らし、呼吸は荒く、肺が多少魔力の膜で温められているとはいえ、冷たい空気が刃のように気管を切り裂く。

 今の自分にできること――それは少なくとも琴葉に合流し、彼女を孤立させないことだ。一人で戦わせてはいけない。彼女があの魔法士たちを見て震え、躊躇った、あの脆さを抱えたまま、これほどの敵と戦わせてはいけない。


 魔法士に生涯狙われ続けるリスクについて、琴葉が説いていたあの言葉は、思考の外に追いやられていた。その重みを、理解しているはずなのに。

 澄幽を出る前、食事の時、珠桜が言った「彼女を気遣って、それで私たちが命を落としてしまうのは……違う、ということかな」という言葉も――確かに覚えている。だが、それも排除されていた。理性ではわかっている。この介入が、将来自分の首を絞めることを。


 危険に自ら飛び込むのは、愚かであると、理解している。珠桜は確実に止めるだろう。律灯なら、鎖で繋いででも、響哉なら、容赦なく殴りつけてでも。誰もが反対しただろう。

 正しい判断──いや、今からでも正しい道へ戻る判断は、澄幽に戻り、珠桜の指示を仰ぐことだ。朝を待ち、全員で琴葉を改めて助けに行くか──彼女を、見捨てるか。


 合理的に考えれば、戻るべきだ。生き延びる確率が高い選択をすべきだ。

 自分の命を危険に晒してでも、本当に、琴葉を助けようとすべきなのか?



 だが――


 足が止まらない。雪を蹴るリズムが狂わない。心臓が高鳴り、それは恐怖ではなく決意の鼓動だ。



 リスクを回避するのではなく、真正面からぶつかり乗り越えない限り、この世界で自分の理想を守ることはできない。守りたいものが目の前で傷つくかもしれない危険性を手放しにしておくことは嫌だった。目を背け、安全な場所に戻り、もし琴葉が死んだら仕方なかったと諦める――そんな生き方を選びたくなかった。

 そんな選択を繰り返していれば、いつかシアが危機に瀕した時も、澄幽が襲われた時も、同じように「仕方なかった」で済ませてしまう自分がいるだろう。


 ――父が脅威と向き合わず、回避を望み、失敗したのと同じ道ではなく、ルイは違う道を往きたかった。目を開き、現実の残酷さを見据え、守るために障害があるのならば、全て排除してでも突き進む。その過程に、悪になる必要があるのだとしても。



 考えれば考えるほど、ファロンをはじめとした、対峙してきた異能者たちの思考は、この世界において正しかったのだと思う。未来のない世界で最期にやることは、自分の理想を守ることだ。それしか残らないと、段々と分かってきた。

 時にぶつかることもあるであろう理想を、貫き通したいのであれば、邪魔は排除するしかない。圧倒的な暴力で。言葉では通じない者たちとは、力でしか対話できない。この荒野は、そんな理不尽が支配する世界なのだ。その頂で、ようやく願いを叶えるチャンスが手元に巡ってくる。


 ルイの理想──大切なものを守るには、時に危険を冒し、線を越えなければならない時がある。今がその時だ。



 これは我儘で傲慢な覚悟だ。守り、彼らと生き続けたい。その両方を、手に入れたい。

 琴葉の厳しい指導、シアの無邪気な笑顔、響哉のからかいながらの支え、珠桜の深い慈愛、律灯の温かな眼差し――すべてが、この終わった世界でルイが掴んだ、かけがえのない光だ。それを失う恐怖が、胸を締め付ける。一度味わった温もりを、二度と手放したくない。


 それを手に入れるための、世界の理すら書き換える理不尽を──異能の力を、ルイは掴んでいる。



 吹雪の中、ルイの唇が動いた。声には出さないが、心に刻む言葉。雪が口元に触れ、すぐに溶ける。


「俺は……戦う」


 もう、守られるだけでは、決してない。

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