Interlude II: 21xx - Inhale Exhale "決壊" - 2
世界が白く染まった。いや、白というより、全ての色彩が存在を否定されるほどの絶対的な光だった。
視覚を超え、意識を貫く閃光。ルイは目を瞑る前に一瞬だけ、偽りの太陽が、眼前で爆発する光景を見たような錯覚を覚えた。
思わず目を瞑った直後、物理的な衝撃が襲った。重力が狂ったかのように体が浮き、次の瞬間、ルイとシアの体が響哉の逞しい腕にぐいっと強く抱き寄せられ、地面に叩きつけられるような勢いで押し付けられた。肋骨が軋む音。シアの短い悲鳴が光の洪水にかき消される。
爆風が来た。耳という器官では処理できない低周波が内臓を揺さぶり、鼓膜が破れそうな高音が頭蓋骨を貫く。熱──肌を焼くような、いや、細胞レベルで沸騰させられるような灼熱が、辺りを一瞬で吞み込んだ。感じたか感じないかのギリギリの瞬間に、響哉が二人の上に覆い被さった。彼の大きな背中が、突然の闇を作る。そして、薄いが強靭な魔力の障壁が展開されるのを、ルイは背中で感じた。透明な膜が振動し、外部の破滅的なエネルギーを必死に弾き跳ねようとしている。障壁が軋む音──ガラスが粉々に砕けながらも形を保とうとするような、絶望的な抵抗の音。
光が去り、耳鳴りだけが残る静寂が訪れた時、ルイはまず自分がまだ生きていることに気づいた。呼吸ができる。肺が痛むが、空気が入ってくる。耳は完全に詰まったようで、すべての音が遠く、こもっている。
微風が吹いた。熱風ではない。むしろ冷たい。硝煙の匂い──プラスチックと金属と有機物が混ざり合って焼けた、化学的な悪臭が運ばれてくる。そして、その下にはもっと根源的な、岩が溶けたような、大地そのものが傷ついた匂い。
ルイが顔を上げようとする。響哉の重みがまだ上にある。彼が微かに動き、ゆっくりと体重をずらす。
「……動くな」
声が聞こえる。いや、声というより、響哉の胸の振動が直接伝わってくる。普段の軽薄な調子は一切なく、刃物のように鋭い警告だ。
ルイは従った。顔を地面に押し付け、目を開ける。視界には砂埃が舞っている。灰色の、細かい粒子がゆっくりと降り積もる。爆発で舞い上がった土煙が、まるで灰の雪のように降り注ぐ。光の洪水が去った後の世界は、不自然なまでに色を失っていた。岩も砂も、遠くの廃墟も、すべてがモノクロームに沈んでいる。
そして、
「──ッ」
苦しそうな、しかし短い呻き声が、風に混じって聞こえてきた。人間の声だ。しかし、それは勝利の雄叫びでも、戦いの咆哮でもない。窒息し、締め上げられ、生命が絞り出される最後の音だった。
そこで、ようやくルイは顔を上げた。
そこには、見覚えのある白い分厚い外套に身を包み、東洋風の黒白の装束をまとった八人の人影がいた。魔法士たちだ。しかし今、彼らは威容も規律もなく、見えざる手に掴まれたかのように、一か所に集められ、無惨に宙に吊るされている。足は地面から数十センチ浮き、首が不自然に反り返っている。
何人かは、顔が既に紫色に変色し、口から泡のようなものを垂らしながら、力なくぶら下がっていた。目を見開いたままの瞳は、恐怖と苦痛に凍りつき、虚空を睨んでいる。まだ生きている者も、指が痙攣し、足が微かに震えている。
その八人の方へ──巨大な口を開けるクレーターの中央で、片手をまっすぐ伸ばしている琴葉の姿があった。
彼女は立っていた。残酷に、嘲るように。彼女は怪我どころか、服に一つの煤さえもついていなかった。
だが、その伸ばした白い腕が、微かに、しかし明らかに震えていることに、隠れた三人は気付いている。指先が、細かく痙攣し、彼女の顔は蒼白で、額に汗のような雫が浮かび、唇が引きつっている。
「……琴葉ちゃん、さすがに……様子がおかしいよ。助けないと」
シアの声が、すぐ隣から震えて聞こえた。彼女の手がルイの腕を掴み、力が入っている。響哉は素早く彼女のもう一方の腕を掴んだ。
「待てよシアちゃん。顔を出すな」
「でも……」
三人。四人。五人。吊るされた八人のうち、まだ抵抗の気配があるのはあと三人。身体が微かにもがき、魔法を行使しようとするかのように指が震えている。
──そう思っているうちに、六人目の身体の張りが完全に失われ、だらりと力なく垂れ下がった。首が不自然に曲がり、骨が折れる鈍い音が微かに聞こえる。舌が少し飛び出して、紫がかった色をしている。目が白く裏返り、生命の光が消えた。あれは、もう死んだ。
琴葉の唇が震え、僅かに開かれた。
何か、言おうとしているのか? 聞こえない。
ルイの胸がざわついた。何か、おかしい。いつも通りじゃない。琴葉が躊躇いなんて見せるはずがない。手を出される前にやれ、と、魔法士と同じことをルイとシアに教えたのは、他の誰でもない琴葉だ。
でも、琴葉の伸ばした手は、ただ震えるだけ。掌が開いたまま、動かない。締め上げる力を強めることも、緩めることもできない。あと二人、まだ生きているのに。彼らの足が、痙攣し、虚空を蹴り、喉から泡を吹きながら最後の息を吐く。目が琴葉を、あるいは虚空を見つめ、憎悪と恐怖と懇願が混じった表情で。
(琴葉……何を……迷っているんだ……? 奴らを殺さないと、俺たちは……)
琴葉の視線が、吊るされた八人からゆっくり外れた。苦しむ魔法士たちから目を逸らすように。そして──ルイたちの隠れている鉄骨の影の方へ、ほんの一瞬だけ向いた。
瞳孔が広がった、深い闇に包まれた瞳。
──それをルイも見つめ返した次の瞬間、彼女の表情からすべてが消えた。再び、無表情の仮面が被さる。響哉と同じように、演技をするかのように。
だが、それとほぼ同時に、事態は動いた。
二つの巨大な岩塊が、突如として地面から浮き上がった。直径一メートルはあろうか。魔法による操作だ。倒れていた魔法士たちのうちの誰かが、死の間際に最後の力を振り絞って仕掛けたものか。岩塊は重力を無視し、不自然な加速で琴葉へと向かった。
そして、琴葉がそれに気付き、対処するよりはるかに速く──岩塊は彼女を襲った。
一つは琴葉が敵に向けて伸ばした右腕の付け根に、もう一つは左の腰付近に、鈍い音を立てて激突した。速度が速すぎたためか、岩塊はそのまま彼女を貫き、僅かな破片を残して何処かへ飛び去った。
──そして、彼女の身体の一部が、非情な軌道を描いて空中に散った。
「「──っ!!!」」
──ルイとシアが同時に息を呑んだ。響哉が二人の口を強く押さえていなければ、思わず絶叫を上げていたかもしれない。
琴葉の表情が驚愕に歪んだ。
彼女はグラリと大きくバランスを崩し、よろめいた。白磁のように美しかった片腕が宙を舞い、人間の血液とは思えない、漆黒に近く、僅かに魔力の粒子が煌めくような異様な液体が、辺りの砂地に飛沫を散らした。
残りの二人の魔法士の命は、その瞬間に絶えた。琴葉の集中が切れ、見えない力が暴走し、とどめを刺したのか。八人の身体が、どさりという重い音と共に、無力に地面へと転がり落ちる。
だが、誰も喜ばない。彼らが本当に絶命したのか、確認するまでのほんのわずかな間、耐えきれなかった。
琴葉の体が、ゆっくりと倒れた。膝から折れ、次に腰が崩れ、最後に背中が黒い液体の池に沈む。白いドレスが、あっという間に漆黒に染まっていく。
「「──琴葉!!/琴葉ちゃん!!」」
ルイとシアは、響哉の制止も振り切り、琴葉の元へと駆け出した。足元の砂利が、絶望の足音を立てる。




