Interlude II: 21xx - Inhale Exhale "決壊" - 1
その日もまた、ルイとシア、琴葉、響哉の四人で外に出る。澄幽の門をくぐり、本物の空の下へ足を踏み出した。
最近、連日巡回に出ているためか、今日は星骸に遭遇することはなかった。いつもならどこからか蠢く気配が感じられるが、今日の荒野は異様に静かだ。風が乾いた砂をわずかに動かす音だけが、無辺の静寂を際立たせる。荒野を独り彷徨う異能者にも出会うことはない──これもまた、不自然なほどの平穏だった。
今日は一際雲が分厚く、昼間にもかかわらず辺りは暗かった。灰色の雲の層が空を覆い尽くし、偽りの太陽の光さえも遮っている。荒野の景色はモノクロームに近く、岩陰に潜む影が濃く深く伸びている。遠くに見える廃墟の輪郭も、霞んでぼんやりとしか見えない。空気が重く、湿気を帯びている。雨が降るかもしれない──この世界で雨が降るとすれば、それはまた別の厄災をもたらすため、気を付ける必要がある。
琴葉は先頭を歩き、深紅の瞳が常に警戒を怠らない。彼女の白いドレスの裾が、乾いた風に微かに揺れている。その背中には、いつもの鋭さはあるが、何かが張り詰めすぎているような硬さが見て取れる。
シアは琴葉のすぐ後ろ、時折周囲をきょろきょろと見回しながら歩いている。彼女の手には、氷の輝きではなく、地味な魔力の揺らぎが備わっている。最近安定してきた、常時発動の魔法を維持していることによる揺らぎだ。
ルイと響哉は後方をついている。ルイはショルダーホルスターに手をかけ、いつでも双銃を取り出せる状態を保っている。響哉は相変わらず飄々とした歩き方だが、その銀灰色の瞳は鋭く四方を掃視している。
一時間、二時間、三時間。
休憩を挟み、四時間、五時間、六時間。
時計はないため、体内時計での感覚でしかない。だが、それも正確になってきた。影の長さ、空腹のタイミング──荒野で生き抜くために必要な生体リズムが、少しずつ身についている。ルイは自分の呼吸を数えながら時間を測ることを覚え、シアは魔力の微妙な潮汐を感じ取るようになった。
あと一時間も見て、何も異常がなさそうであれば、夜に備え澄幽に再び戻ることになるだろう。
──…………ザッ……ザッ……
その時、四人の耳が、同時に同じ異変を捉えた。
全員の足が、その瞬間に止まる。琴葉の肩が微かに張り、シアの息がひそむ。ルイだけが敏感に感じ取れる、星溶粒子の微かな揺らぎではない。それはもっと物理的で、物質的な音だ。
硬い靴底が、砂利混じりの乾いた地面を、一定のリズムで、規則正しく踏みしめる音。ザッ、ザッ、ザッ──まるで時計の秒針のように正確な間隔で。
ただの足音だが──それは、この死の荒野で鳴るはずのない"生きた人間"のものだ。
四人は視線を交わすことなく、その音に耳を澄ませた。荒野を吹き抜ける風の音、遠くで岩が軋む音、それらすべてを遮断し、一点に集中する。
ザッ、ザッという足音は、二つ、三つ……あるいはそれ以上、いくつか重なっているように聞こえる。だが、奇妙なことに、それらは一つの音のように、一切の乱れもずれもなく、完全に同期して響いていた。まるで一人の人間が複数の足を持って歩いているかのような、不自然なまでの統一感。
魔法士かもしれない。
その歩調の完璧な統一は、訓練された集団、おそらくは魔法士たちの特徴的だ。荒野を彷徨う異能者たちは、これほど規律正しく動かない。生き残りをかけて孤独に戦う者たちは、それぞれの癖やリズムを持っているものだ。
──そこまで理解した瞬間に、ルイとシアは即座に辺りに身を隠せる場所がないか視線を走らせた。
辺りは過去に徹底的に破壊された区域で、視界は開けており、隠れられるような建物の残骸もほとんどない。爆発か何かでえぐられた地面の窪み、風化した岩の塊──それらはあまりに小さく、大人の人間を隠すには不十分だ。
かろうじて、遠くに地面から無残に突き出した巨大な鉄骨の残骸があることに気付く。かつては高層建築の骨組みだったのだろう。錆びた鉄の柱が歪んだ角度で空を刺し、その根元には瓦礫が積もってわずかな陰を作っている。
シアが静かに手を動かす。魔力の微かな流れがルイの足元を包む──静かな飛行魔法の補助だ。音を立てずに素早く移動するために。二人は息を殺してそこへと駆け込んだ。足音を立てまいと、地面を蹴る力を最小限に抑える。
魔法士の相手は、ルイとシアはしない。まだ存在に気付かれていないはずだからだ。気付かれれば──「死ぬまでの、地獄の追跡が始まる」と、琴葉が以前言っていたことを、二人は思い出していた。
最近は戦闘での負傷も多いため、響哉も珠桜からなるべく直接戦闘は避けるように言われていた。響哉も、ルイとシアよりも一瞬だけ長くその場に留まり、足音の主の人数と方角を把握しようとしたが、すぐに判断を下し、二人が隠れた鉄骨の影へと滑り込んだ。
人数はおそらく十人もいない。澄幽もそれほど遠くないため、万一負傷しても戻って体勢を整えることは可能だ。それならば、まずは総合的に最も強い琴葉が対処し、必要に応じて援護に回る。それでいいだろうという、三人の間で暗黙の了解ができていた。
ルイは鉄骨の冷たい錆びた表面に背中を預け、息を殺した。シアが隣で微かに震えているのが伝わってくる。響哉は少し離れた位置に身を潜め、銀灰色の瞳だけが鋭く外を覗いている。
だが、鉄骨の陰からそっと様子を窺う三人は、琴葉の様子を見て──同時に息を呑んだ。
「──っ」
ルイの喉が詰まる。前方に立つ琴葉の姿が、何か根本的に違っていた。
琴葉は、足音のする方角をまっすぐ見つめていた。雲の隙間から漏れる鈍い光が彼女の白いドレスを淡く照らし、黒い髪を結うリボンが重い空気の中で微かに揺れている。
──しかし、彼女の目は見開かれ、硬直している。深紅の瞳が、いつもの冷たい輝きを失い、むしろ何かを恐れているかのように大きく見開かれていた。焦点が定まっているようでいて、どこか遠くを見ているような、曖昧な視線。
──いつものように、即座に敵の元へ疾走することもなく、むしろ微かに後退ろうとするような姿勢だ。右足がほんの数センチ、後方へ引かれている。それは琴葉という戦士にとって、あり得ない姿勢だった。彼女は常に前へ、敵へ、危険へと向かう存在だったはずだ。
──それどころか、通常なら即座に手にしているはずの武器である刀が、まだ鞘に納まったままで、彼女の手はわずかに震えている。細い指が、刀の柄に触れようとして、また離れる。触れては離れ、また触れる。決断がつかないかのようだ。
(琴葉……?)
初めて、彼女の背中を見て、ルイは強い不安を覚えた。あの完璧で冷徹な戦士の姿からは、到底想像できないほどの動揺が、その細い肩に滲み出ていた。肩の線が硬直し、首の筋が張っている。彼女は今、戦うことよりも、何か別の感情と戦っているように見えた。
声を出すことはできない。隠れた鉄骨の影から出て行くこともできない。今、ルイたちにできるのは、琴葉にすべてを託し、その決断を見守ることだけだと、理解して納得していた。これまで何度もそうしてきた。琴葉がすべてを処理し、彼らはただ生き残ることに集中する。
それでいい。琴葉もそう言っている。自分自身も、生き残るためにそうすべきだと、琴葉に負担を強いる罪悪感を飲み込んでいる。
だが、今回は──不安なのだ。本当に、任せていいのか。
鉄骨の陰で、響哉が微かに首を振った。彼も異常さを感じ取っている。銀灰色の瞳が琴葉の震える手、後退りかけた足、硬直した背中を鋭く観察している。彼の表情はいつもの飄々としたものから、険しい警戒色へと変わっていた。
やがて、規則正しい足音は、一定の距離で、完璧に停止した。
ザッ、ザッ、ザッ……と響いていた音が、突然、切り取られたように止む。その沈黙が、かえって不気味だ。まるで、何かを待っているかのような、計測された間合い。
(──"来る")
魔法士の戦い方は、琴葉から何度も聞かされ、頭に刻み込まれていた。
直接殴りかかってくる魔法士は稀だ。自らの肉体を魔法で極限まで強化し、人間を超越した次元の白兵戦を仕掛けてくるのは、ごく一部の特化した者だけ。
一般的な魔法士がとる戦法は──集団で、一糸乱れぬ連携により、相手が手も足も出せないほどの遠距離から、静かに、そして確実に殲滅することだ。魔力を結集させ、それぞれが構築した魔法の断片を現実に顕現させ、避けようがない一撃で、抵抗させずに殺す。逃げ道を計算され、防御を考慮され、あらゆる可能性が封じられた上での絶対的な破壊。その過程は儀式的ですらあり、破壊の芸術とも言える。
多少距離を取らなければ、隠れているルイたちまで巻き込まれる。琴葉がわずかに砂利を蹴り、動き出そうとしたその途端に──それは襲いかかった。




