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第八話 雷鳴は戦いの幕を裂く - 2

 ドンッ――!!



 爆音が鳴り響き、閃光が視界を染め、衝撃波が背中を叩く。熱風が吹き抜け、砂が舞い上がる。だが、二人の身体は空中にあり、爆風をすんでのところでかわした。

 砂の上を転がりながら、ルイはシアを守るようにして着地した。


「っ、はぁ……! シア、無事か!?」

「だ、い……じょうぶ……! 雷から身を守る魔法は使えたよ……!」


 シアの声が震えている。砕けた岩石の破片が飛んできたのか、頬に細かい傷がついていた。それだけではない、左腕に、ざっくりと開いた傷がある。引き寄せたときの濡れた感触の正体は、それだったのだろう。シアの顔には、痛みと恐怖、そして必死さが色濃く浮かんでいる。


 一瞬、風が強く吹き抜けた。その瞬間、砂煙が吹き飛び、視界が一気にクリアになった。

 数十秒の静寂。光でチカチカと点滅していた視界にも、ようやく本来の色が戻ってきていた。


 ルイは息を整えながら顔を上げ――言葉を失った。

 辺り一帯には無数のクレーターが点在し、そこから煙が立ち上っている。さきほどまでシアと歩いていた海岸は、完全に破壊されていた。


 ――もし、全ての動きがほんの一瞬でも遅かったら。もし、シアが魔法を発動できていなかったら。


「っ……は、ぁ……」


 ルイの息は荒く、心臓が激しく脈打っていた。身体は熱く、耳鳴りがする。全身に緊張が走り、手足が震えそうになる。生きているのが不思議なくらいだ。


「ルイ……っ」


 シアの声もかすれている。彼女の瞳も、恐怖に揺れていた。


『今、一瞬雷撃が止んでいるうちに、できるだけ遠くに離れよう』


 ルイは、そう言おうとした。



 だが。



 ――コツ、コツ、コツ。


 硬質な足音が響き渡る。

 まるで砂の上を歩くのではなく、石畳を踏みしめるような、重く響く音が――"海の方向から"、次第に迫ってくる。



「かつてこの地に咲き誇っていたという花畑や、彫刻のように洗練された文化……ほんの少し――ええ、ほんの少しだけ、期待しておりましたのよ」


 その声は、冷たく、鋭く。まるで氷のように感じられた。


 彼女は、海面に立っていた。

 黒雲とオーロラの輝きが反射する海面に、滑らかな白磁のような肌が浮かび上がる。風に揺れるのは、煌めく長い青髪。美しさは、冷徹そのものであり、どこか遠く、別世界から来たかのような妖しさをまとっている。すべてがまるで、崩壊した世界の中にあってもなお、ひときわ美しく、残酷に輝いているように見える。


「けれど実際に足を踏み入れてみれば、まあ……焼け焦げた灰、濁った風、頽廃の残り香。ここもまた、かつての栄華が無惨に崩れ落ちた、ただの骸に過ぎませんのね」


 その瞳は、感情を排除したように冷たく、そしてどこまでも高貴なものだった。その視線は、すべてを見下ろし、すべてを無意味と切り捨てるように鋭く、冷徹だ。どこか上から物を見ているかのように、すべてが下等で無価値に映る。彼女の存在そのものが、まるでこの世界の秩序を超越したかのような威圧感を放っている。

 豪奢なドレスの裾は、絹のように風に靡き、まるで世界そのものを支配するかのようにその豪華さを誇示している。しかし、その美しさは、荒廃した終末の世界にまったくそぐわない。そこにあるべきではない、存在するはずがない――それが、かえって彼女の圧倒的な支配者としての気配を強調していた。


「やはり、この世界は一度、きれいに滅びてしまうべきだと思いますの。あの方の尊き瞳がこんな色を映すなんて、耳がこの嘆き声を拾うなんて、肺がこの毒気を吸うなんて――ああ、想像するだけで、全身が粟立ちますわ」


 "女王"。そんな言葉が相応しいような、圧倒的な存在感。

 ルイは無意識に息を呑んだ。彼女の一挙手一投足が、すべてを支配しているかのように感じられる。


「だからこそ、一秒でも早く。“最後の欠片”をこの手で、あの方にお届けしなくてはなりませんの……それが、ワタクシに与えられた、美しい使命ですもの」


 口元を隠すように持っていた扇が、パチリと閉じられる。その動作にすら、優雅であると同時に冷徹な意味が込められているように感じられる。

 そして――



「ワタクシはミレディーナ・ティフォン、《天災》を操る異能者」



 その声が高らかに響く。まるで歌うように、空気を震わせながら、揺るぎない自信を携えて。その名を告げる一言ひとことに、周囲の空間すら支配されるかのような錯覚を、ルイとシアは黙って感じ取った。



「答えるの。アナタが"ルイ”ですわね?」



 その言葉には命令のような響きはない。ただひたすらに、"確定事項"として放たれた強い言葉だった。まるで、彼女が既にすべてを掌握しているかのような、圧倒的な確信に満ちていた。


 ルイの背筋に一陣の冷たい風が駆け上がる。それは、ぞわりと全身に広がり、体の奥底から湧き上がる不安感だった。


(……今、名前を呼ばれた?)

「その反応、アタリみたいですわね。答えを聞かなくともわかりますわ」


 ふふふ、と上品な笑みを浮かべながら、ミレディーナは軽やかに笑う。その笑いの中には、ただの余裕ではなく、勝者としての絶対的な優越感が滲んでいた。


 ルイは彼女を知らない。いや、もっと正確に言えば、彼女を知っているはずがない。自分はずっと澄幽の閉鎖的な環境で過ごしてきたのだから、外界のことなど知る由もなかった。自分の名前を知っているということはおかしい。記憶のどこにも、この女の姿はない。

 実は、澄幽の関係者? それとも、自分が澄幽に来る前の、"知らない過去"の中で出会った――



「"ファロン様"があなたをお望みだそうですわ。光栄に思いなさいな」



 その言葉が耳に届いた瞬間、ルイの頭がズキリと激しく痛んだ。何かが胸の奥を掻き乱すように、波のように痛みが広がっていく。

 脚から力が抜けていく感覚に、どうにか堪えようとした。膝が震え、足元がふらつくのを感じながら、必死に意識を保とうとする。



 ――『こんにちは、ナティ』

 ――『……ファロン。君ってば、また来たのか』

 ――『ふふ、そう言わないで。君の家族にもプレゼントを買ってきたから』


(なんだ、これ……?)


 頭の中で、声が響く。知らない声が、見覚えのない映像が、ルイの脳裏に浮かぶ。


 緑が広がっていた。決して広いわけではない。家の前に芝生が生い茂り、所々に色とりどりの花が咲いている。その場所には、見覚えがありそうで、けれど何も思い出せない。ただただ、懐かしいような、でも同時に目新しい気もする不思議な感覚がした。

 周囲には大きな家々が立ち並び、静かな暮らしの気配が感じられた。その平穏な風景に、ルイは酷く混乱した。


 玄関先に立っているのは二人の男だった。


 一人は金髪の男。高級そうなスーツを着こなし、手にした花束と袋が無駄に華やかだ。それを持って、どこか軽やかに微笑んでいる。

 もう一人は――緑髪の男。顔はよく見えないが、どこか優しげで、穏やかな印象があった。



 ――『まったく。これだと、あと数年のうちに、君のせいで家が物で溢れかえってしまうね』

 ――『そうなったら、その時また必要なものを用意してあげよう。私の異能――《錬金》の力でね』



 金髪の男が手にしていた白い花が、黄金の輝きへと変わり――



 ルイは、その光景に圧倒される。


 胸の奥が何かに引き裂かれるような感覚。狭間で受けたあの痛み、あの苦しみが――その瞬間、再び甦る。

 花が黄金へ造り変えられる光景が、あの時見たものと、あまりにも酷似しているからだ。


 金髪の男の姿――それが、狭間で出遭ってしまったあの男と、似ていることに気付いた。


 意味が分からない。いや、分かりたくない。


『死んだナティの――君の父親の代わりに、私が、なんでも我儘を聞いてあげよう』


 狭間で、あの男はそう言った。

 そして、今この記憶の中で、隣に立つ緑髪の男を『ナティ』と呼んでいた。



 ……もしかして、もしかして。



 ミレディーナは、つまらなさそうにシアへ視線を移した。


「けれど……どうやら"余計なもの"までついているみたいですわね」


 彼女が、軽く指を鳴らす。刹那、雷光が空を裂いた。


「ッ、ルイ!!」


 シアがとっさに杖を掲げる。その瞬間、雷が衝突し、空間が震えた。その衝撃に、砂地が波打ち、シアの足がずぶりと沈み込む。

 その音で、ルイは我に返った。視界に映るのは、歯を食いしばって魔力を維持する彼女の姿。


「くうっ……!!」

「っ、シア!!」


「あらあら、大変そう。でも――」


 ミレディーナの声が高笑いに変わる。


「まだ、ワタクシの舞台(ステージ)は幕を開けたばかりでしてよ!」


 雷が、狂ったように奔る。

 シアが、魔法でその攻撃を受け止める。その傍ら、ルイも双銃を取り出してその雷撃を撃ち、相殺しようとした。


(……さっき見えたもの。確かめるには、まず、この戦いを――生き延びないと)


 光速で飛来するそれを、無理に目で追おうとはしない。

 殺気と、空気の振動。そして異能の気配だけを頼りに、ルイは冷静にトリガーを引いた。



 雷撃が、シアの魔法障壁に激突する。


「はぁあああっ……!!」


 勢いに押されて後退しながらも、シアは一歩も引かなかった。全てを、真正面から受け止めきった。

 伝わってくる衝撃の回数は、確実に直前にミレディーナが身の回りに発生させた雷よりも少なかった。銃撃で相殺できている証拠だった。


 ルイは、呼吸を整えるように深く息を吸い込んだ。

 今は、記憶や過去に惑う時じゃない。この瞬間に集中しなければ――全てが終わる。



「……シア、悪い。巻き込んだみたいだ」


 ふとした後悔が、喉の奥で揺れる。けれど、その隙を許す余裕なんて、どこにもない。


「よくわからないけど、大丈夫だよ」


 シアの声が、強く、優しく響く。


「私がルイを離さなかったんだもん。一緒に戦わせて!」


 シアの言葉は力強く、彼女のアメジストの瞳が、今まで以上に強く、美しく煌めいていた。

 二人の視線が、ミレディーナを捉える。


「……絶対、二人で、生きて帰ろう」


 試練を越えれば、きっと前に進める。

 どんな敵でも、どんな闇でも、二人でなら――打ち破れる。


「うん!!」


 シアの返事が、力強く響いた。


 ルイの胸に、熱が灯る。


 記憶も、痛みも、恐怖さえも――

 すべて、この一瞬を生き抜くための「力」になると、そう信じられた。

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