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END OF HOPE:21xx - Last Call  作者: 久遠-kuon-
Interlude I: 20xx - Lost Star
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Interlude I: 20xx - Lost Star "Étoile" - 1

 ──それから、数週間が経過した。

 ファロンは、その後もう一度だけこの家の前に立ったその時に──より強く、彼を拒絶し、彼とは会っていない。

 ナサニエルは、家族との、かすかな光のような日々を過ごしていた。エレオノールと、天使のように無垢なルイと、三人で。このすべてが朽ち果てた世界でも、彼らが傍にいさえすれば、それだけで世界は色を取り戻す──彼は必死に、その幻想を信じようとしていた。窓の外の灰色を、目を背けることで塗り替えようとしていた。


 だが、その儚くも美しい幻想は、あまりにも脆く、そして突然に崩れ去った。



「──エリー!? ルイ!?」


珍しくナサニエルは外に出ていた。今日もまた、イージス・コンコードの白い防護服に、無理やり連行されそうになっていたのだ。抵抗し、逃げ切り、息を切らせて帰路についたとき、彼はまだ警戒の余韻に肩で息をしていた。

家に戻ったとき、そこは不気味なまでの静寂に包まれていた。いつもなら、エレオノールが歌う子守唄のようなハミングが聞こえ、ルイの足音が床を軽く叩くはずの家が、まるで長い年月を経た廃墟のように、生命の気配を完全に失っていた。玄関のドアは、虚ろな口のように開け放たれ、中からは冷たい外気が流れ出ている。

彼は不吉な予感に胸を鷲づかみにされ、家中を狂ったように探し回った。寝室の空っぽのベッド、居間の誰もいないソファ、台所の火の消えたコンロ──どこにも、彼らの温もりはなかった。そして、埃を被った食卓の上に、一枚の紙切れが、無造作に、しかし確信を持って置かれているのを見つけた。



『ナティ。エレオノールとルイは預かった。心配しないでくれ、二人とも無事だ。

ただ──君が来るまで、彼らを返すことはできない。

場所は分かるだろう? 

待っている。


──ファロン』



紙面には、かつての優しい筆跡はなく、力強い、しかしどこか痙攣したような文字が刻まれていた。ナサニエルの手が、震え始めた。紙切れが、彼の指の間でみしみしと皺になり、やがて引き裂かれるような音を立てる。視界の端が、ゆがみ、震えた。


「ファロン……お前……!」


怒りと絶望、そして深い、深い裏切りの苦しみが、胸の奥底から黒い泉のように湧き上がり、彼の喉を締め付けた。少年の頃から苦楽を共にし、絶望の淵で互いの手を握ったはずの親友が、彼の世界そのものである二人を、その手で奪い去った。その事実が、ナサニエルの心を、鋭く冷たいナイフで、ゆっくりと、残酷に抉り貫いていく。



 ◇◆◇



ナサニエルは、ファロンが指定した場所──かつて二人が少年時代に秘密基地と呼び、遊んでいた、郊外の廃工場へと狂ったように駆けつけた。

 錆びついた鉄骨、割れた窓ガラス、剥がれ落ちたコンクリートの壁。廃墟と化したこの場所は、かつては活気に満ち、彼らにとっては夢と冒険に満ちた場所だった。今は、ただ過去の残骸が、無言で彼を非難しているように見えた。


そして、その奥──かつて機械が轟音を立てていた広いホールの中央に、ファロンが立っていた。

彼の傍らには、エレオノールとルイがいた。エレオノールは両手を後ろ手に縛られ、銀色の髪が乱れ、口には布が詰められていた。ルイは彼女の裙に必死にしがみつき、恐怖で身体を震わせ、嗚咽を押し殺していた。


「ファロン!!」


ナサニエルの叫びが、廃墟の空洞を切り裂き、こだました。


「よく来てくれたね、ナティ」


ファロンがゆっくりと振り返る。その表情は──驚くほどに穏やかで、澄んでいた。まるで、長く待ちわびた旧友の到着を心から喜んでいるかのような、柔らかく、しかしその奥に何もない虚ろな笑み。


「お前、そんなことをして許されると思っているのか!? いくらなんでも、度を超えている!!」

「君は、家族のためなら異能を使うと言ったね」


ファロンが淡々と、まるで予定調和の台詞を読むかのように答える。その声には、もはや感情の起伏がない。


「私は何度も頼んだ。君の力が必要だと。この世界を修復するために、君の異能が不可欠だと。でも、君は断り続けた」

「それは……!」

「分かっている。君には家族がいる。守るべきものがある。だから……


危険な道ではなく、諦めるだけの楽で、安全な道を選び続けている」


ファロンの声が、わずかに、氷のひび割れるように震える。そこには怒りというより、全てを見透かした深い諦念、そしてその諦念自体への嘲笑が混じっているように聞こえた。



「楽な道を選ぶことの何が悪い!!」


ナサニエルの声が荒ぶる。理性の糸が、ぷつりと切れそうな音がする──いや、もう、とっくに切れていたかもしれない。長く抑え込んできた絶望と怒りが、今、沸騰点を超えていた。


「イージス・コンコードも、あの変異体も──お前も、何もわかっちゃいない!! 死を受け入れること、終わりを静かに看取ることだって、一つの尊厳なのだと!! なぜ誰も……理解しようとしないんだ!!」


ファロンは、その叫びに微かに眉をひそめた。しかし、その深紅の瞳には揺るぎがない。彼は、嵐の中に立つ灯台のように、己の信念に凝然と固まっている。


「まだ可能性は残っている! 人類が灰の中から再起する、ほんのわずかな可能性が! それを自らの手で、臆病さゆえに捨て去ることこそ、本物の愚行だ!! それは、生きることへの冒涜だ!!」

「可能性はないと言っているんだ! 端からできるわけがないことに、命を懸けてたまるか!!」


ナサニエルは、まるで喉が裂けるように叫んだ。彼の深緑の瞳には、ファロンへの失望と絶望、怒りがごちゃまぜになって渦巻いていた。


「お前がそんなにも、現実から目を背け続ける"盲目な"馬鹿だったとは思わなかったよ、ファロン!!」


その言葉が、ファロンの静止した表情に、かすかなひびを走らせた。傷ついた、というよりは、神聖なものが汚されたような、純粋な怒りの色が一瞬、瞳を掠めた。



「ナティ。君一人の、小さな家庭の幸せのためにこの世界そのものを見捨て、何億ものまだ息をする魂を、暗闇に堕ちたままにすることができるのか?」

ファロンの声は、突然、氷のように低く、鋭くなった。彼は一歩、ナサニエルに近づく。

「彼らは苦しんでいる。叫び、泣き、今日を生き延びるために必死でもがいている。君の力があれば──たった一度の"編集"で、彼らの運命さえ変えられるかもしれないのに!!」


「ああ、そうだ!!」


ナサニエルは、嘲笑うように、そして泣くように叫び返した。


「有象無象どもなんて、みんな死んでしまえばいい!! 僕には関係ない! 僕の世界は、ここにいるたった二人だけなんだ!! 早くエレオノールとルイを返せ!! この狂気をやめろ!!!」


広大な悲劇など、彼の胸を満たす家族という名の小宇宙の前では、塵にも等しい。

彼の拳が震え、指の関節が白くなっている。長年築いてきた理性の岸壁が、轟音と共に崩れ落ち、押し寄せるのは本能と絶望の黒い海だった。ナサニエルにとって、ファロンはもはや苦難を共にした友でも──最も辛い絶望に堕ちた時に救い、未来へ導いてくれた恩人などでもなく、彼の世界そのものである家族奪った"敵"でしかなかった。

一方、ファロンの顔には、深い悲しみと、ある種の"覚悟"が浮かんでいる。彼は、たとえこの手が永遠に穢れようとも、たとえ最後の光である友情を自ら踏み潰そうとも、己が正しいと信じる道を、血にまみれながらも歩みきると決めていた。その赤い瞳は、信仰に殉じる聖者のようであり、同時に、己の正義に焼かれ尽くす殉教者のようでもあった。彼にとって、世界という重篤な患者を救うためには、個人の小さな幸福など、切除すべき「悪性の腫瘍」に過ぎないのかもしれない。


「……君が、どうしても駄目なのであれば──」


ファロンの視線が、ゆっくりと、冷徹にエレオノールへと滑る。その目は、もう人間の温もりを完全に喪失し、対象を「資源」として測定する計器のレンズのようだった。愛情も憐憫も、そこには映っていない。



「彼女の異能を使わせてもらう」

「……は?」


ナサニエルの表情が、一瞬で凍りつく。頭蓋骨の内側で、血液が逆流する鈍い音がした。理解が、恐怖が、思考を氷結させる。


「エレオノールの『生命を生み出す異能』。それを利用すれば、無限のリソースをこの手で生み出せる。食料、建材、燃料──そして、失われた生態系さえも。そうすれば、世界の修復計画は確実に完成へと導ける」

「いいでしょう」

「エリー……?」


エレオノールが、口の中の布を吐き出し、水晶のように澄んだ、しかし確固たる声で言った。乱れた銀髪の間から覗くペリドットの瞳には、静かな怒りの炎と、何か重大な、危うい決意が灯っていた。


「世界を救う、でしょう? 私の力を使うといいわ。存分に」


その瞬間──彼女の足元から、無数の植物が、土壌もなく、水もなく、生命の理を嘲笑うように迸り始めた。蔦が錆びた鉄骨を締め上げ、根がコンクリートを蜘蛛の巣状に割り、色とりどりの──美しくも、中には明らかに毒を含んだ花々が咲き乱れる。異能の力が、制御されたとはいえ、圧倒的な勢いで広がる。廃墟のホールは一瞬で、現実離れした幻の森、あるいは原始の園へと変貌した。

そして、その生命の奔流の中心で、蔦と花々が自ら紡ぎ上げるように、一つの“形”が浮かび上がった。植物で編まれた、優美で神々しい女神の彫像のような存在が、静かに、しかし確かにそこに立った。それは、エレオノールの意志の化身なのか、それとも力そのものが生み出した自律的な幻影なのか。


この生命の奔流は、もはや優しさなどではなく、協力の意思ですらなかった。それは、力の存在そのものによる、無言の"宣告"だった。



──これが私の力。使えるというのなら、やってみせなさい。

──そして、その代償を、覚悟しろ。



「ほら、始めなさい。貴方に、世界を修復できるだけの力があるのなら」

「エリー! 君までどうしたんだ!?」

「こんなことをされて、許せるわけがないのよ!! ルイを巻き込み、恐怖で震えさせて……あなたを、ここまで追い詰めて」


エレオノールの声は、次第に深い悲しみに覆われていったが、その背筋は鋼のように伸びていた。



「私は……あなたが感じた絶望を、否定しない。世界が終わるかもしれないと怯え、小さな殻に閉じこもることを選んだあなたを、無理に引きずり出そうとも思わない。それでいいんだと、心から……あなたのことを赦している」


彼女の目から、一筋の涙が頬を伝う。しかし、その表情には、母として、妻としての、消しようのない強さが輝いていた。


「でも……あなたが知っている通り、私自身はまだ……世界が元の美しい姿に戻るという、愚かで甘い幻想を、胸の奥で灯し続けているの」


彼女は、震えるルイを優しく見下ろし、声を詰まらせながら、しかし希望に満ちた言葉を紡いだ。



「この子に……あの厚い雲の向こうに広がる、青い"空"を見せてあげたいから。あなたと、あなたの祖父が、計算機の向こうに思いを馳せた……あの果てしなく広い、星々がきらめく"宙"を」

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