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END OF HOPE:21xx - Last Call  作者: 久遠-kuon-
Interlude I: 20xx - Lost Star
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Interlude I: 20xx - Lost Star "Ami" - 2

 ファロンの声が、かすかに、しかし確実に震え始める。彼は深くうつむき、握りしめた拳が、怒りか、絶望か、抑えきれない感情のために微かに震えている。その細い指の関節が、力なく、何も掴めなかったことを物語るように白くなっていた。


「戦争は、故郷と家族を奪った。

 災害で、血縁という名の絆を全て引き裂かれた。名前も、顔も、温もりさえも……一つ残らず、灰に埋もれて、消えてなくなった。

 暴動の渦の中で最後の仲間たちと引き離され……それでも、家から持ち出したたった一つの写真だけは、握りしめていた。母の笑顔が写った、色あせた写真を。それが、私の全てだった。

 それを握りしめて軍に入った。守るべきものなど何もないこの世界で、せめて"守る"という行為そのものに、意味を見出そうとしたのに──」


 そこで、彼の声が、一瞬、鋭く詰まった。喉が絞られるように震え、吐息がかすれた。顔を上げようとして、途中で力が抜ける。長い金色の前髪が、その動きに合わせてわずかに揺れ、影のように目元を覆った。


「──あの化物たちに、それすらも奪われたんだ。新たな仲間たちも、粉々に砕かれて、風に散った」


 彼は、ゆっくりと顔を上げた。前髪の隙間から覗くその目には、もはや涙さえなかった。代わりにあったのは、深くえぐられたような虚無と、その虚無を埋め尽くさんとする、ねじれた決意の炎だった。瞳の赤が、不気味なほどに濃く、深くなっている。異能が、彼の感情を増幅し、歪ませているのかもしれない。


「私は……もう、同じ絶望を、誰にも味わわせたくない。これ以上、誰も失いたくない。二度と、あの手のひらの中ですべてが塵になる瞬間を、誰にも見せたくない」


 彼の声は、突然、氷のように冷たく、鋭くなった。震えは止み、代わりに鋼のような確信が響く。ファロンが、そっと自分の胸に手を当てる。軍服の下で、心臓の鼓動を確かめるように。その動きは、祈りにも、自分自身への呪いにも見えた。


「異能を得た。これは……単に失わないための力じゃない。奪われたすべてを──この手で"取り戻す"ための、唯一の力だ。灰になった街を、引き裂かれた絆を、粉々になった記憶さえも……もう一度、取り戻すための」


 彼の唇が、ゆっくりと、痛々しいほどに引き攣る。それは笑みでもなく、泣き顔でもない、感情の原型が崩れたような歪み方だった。

 ファロンは、ナサニエルをまっすぐ見つめた。その視線には、もはや友情の名残さえない、純粋な“必要”の色しかなかった。彼は、溺れる者が一本の浮き木を見るように、ナサニエルを見ている。


「この力を……無駄にはできない。私が、それだけを生きる理由にしてきたんだから」


 彼の鍛えられた体躯が、微かに前のめりになる。それは、戦闘態勢というより、飢え切った者が食料に手を伸ばすような、本能に近い動作だった。全てを失った男が、唯一の希望にすがりつく、必死で歪んだ姿だった。


「頼む、ナティ。君の力を──貸してくれ。私を、完成させてくれ」



 ナサニエルは──何も答えられなかった。ファロンの痛みが、無数の冷えた針となって彼の胸郭を貫き、言葉を凍りつかせた。彼を救いたい。その思いは、偽りなく本物だった。自分が胸に秘める、儚くも穏やかな「最高の最期」の絵図の中には──この傷だらけで、熱にうなされ続けてきた親友の姿も、確かに描かれていた。



 ──少年時代。塵埃に満ちた研究室の片隅。


『──もう、死んでしまいたい』

『待って、ナティ!! そんなことしないでくれ!』

『世界は終わるんだ!! どうせ終わる世界で、なんで……なんで生き続けなきゃいけないんだ!!』


 世界各地の災害予測図。垂直に落下する人口曲線。"先生"と共にシミュレーションを初めて目の当たりにしたあの日、ナサニエルはありとあらゆる薬瓶を空け、安酒で流し込もうとした。

 その手を無理やり掴み、瓶をたたき落とし、吐かせるまで背中を叩き続けたのが、ファロンだった。彼の拳は震え、声は泣き叫んでいた。



 幼い頃から硝煙の匂いを共に吸い、避難壕の暗がりで肩を寄せ合った親友の、底なしの苦しみが、骨の髄まで理解できた。痛いほどに分かった。


 だが、それでも──彼は首を縦に振ることができなかった。

 "家族"という名の、温かくも強靱な鎖が、彼の全身を優しく、しかし絶対的に縛り付けていた。それは、引きちぎるよりもずっと痛い、愛の枷だった。


「世界を改変して何になるんだ。失われたものは、もう二度と戻ってこない。君の家族も、僕の先生も、もういない。そうだろう? それに、僕の世界は──もう、昔の頃の広い場所じゃない。エレオノールとルイがいる、この狭くて崩れかけた家が、僕の世界の全てだ。それを守ることさえできれば……僕には、それで十分なんだ」


 彼は深く息を吸い、決定的な言葉を紡いだ。



「だから、僕が異能を使うとしたら……エレオノールとルイのためだけに使う。彼らを守るためだけに。それ以外のどんな大義のためにも、僕はこの力を振るわない」



 その言葉が、ファロンの心を──決定的に、そして最後の一片まで、粉々に砕いてしまった。

 ファロンの表情から、最後の微かな光が消えた。期待も怒りも哀しみさえも、すべてが抜け落ち、そこには何も描かれていない陶器のような虚無が残った。彼は、無言で、ゆっくりと立ち上がった。床に散らばった、自らの血と狂気で書かれた計画書の紙葉に、一瞥もくれない。ただ、背を向ける。

 その背中は、ナサニエルが今まで見たこともないほどに小さく、縮こまっていた。それは、少年の頃、寒さに震えてうずくまっていたあの背中よりも、はるかに孤独で、絶望の密度に満ちていた。

 ナサニエルは、ドアの前で石像のように立ち尽くし、親友の後ろ姿が、玄関の闇へ、そしてその先の終わりの世界へと、静かに吸い込まれていくのを見送ることしかできなかった。

 後悔の念が、胃の底で冷たい鉛のように固まり、重くのしかかってきた。彼は、たとえそれが正しい選択であったとしても、その代償として友情という名の最後の繋がりを切り取ったという事実から、もう逃れられないのだと悟った。

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