表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
END OF HOPE:21xx - Last Call  作者: 久遠-kuon-
Interlude I: 20xx - Lost Star
118/230

Interlude I: 20xx - Lost Star "Ami" - 1

 さらに一週間が経過した。

 ナサニエルの家に、再びファロンが訪れた。一人で、いつものように黒い傘を差し、雨の降らない灰色の空の下、静かに玄関の前に佇んでいた。だが、その両手には大量の"贈り物"──彼の異能で創り出したのであろう、木製の玩具や、家族三人分の、埃一つない新しい服が抱えられていた。その代償としてか、彼の片耳から、また一つ、銀色のピアスが消えていた。身を削ってまで形にする、歪んだ善意。

 ドアを開けたナサニエルは、一瞬、目を細めた。差し込む仄暗い光の中に立つ友人と、その抱える虚構の贈り物の山。彼は深く、肺の底から疲労の染み込んだ溜息を吐き出した。それは、繰り返される無駄な儀式に対する、静かな諦めの音でもあった。


「ファロン……君、またかい?」


 ファロンが、力なく、しかしどこか消え残る火種を宿した笑みを浮かべる。それは、ひび割れた石膏像が無理に作る表情のようで、その不自然さがかえって痛ましかった。


「ナティ、頼む。もう一度だけ、話を聞いてくれ」

「……入れ」


 ナサニエルが、重いため息と共に、わずかに身を引いた。そのわずかな隙間から、ファロンは贈り物を抱えたまま、まるで闇そのものが流れ込むように、静かに家の中へと滑り込んだ。彼の通った後には、冷たい外気と、どこか焦げたような異能の残滓の匂いが、微かに残った。



 二人は、いつものようにわずかな本が残る書斎で向かい合った。埃の匂いがする。

 エレオノールは、この時間帯は外に出ていて不在だ。ルイは別室で、穏やかで深い眠りの呼吸を繰り返している。

 家全体が、張り詰めるような、しかし脆い静寂に包まれていた。それは、大きな音が立てばすぐに砕け散りそうな、薄い氷の層のような平穏だった。


「ナティ」

 ファロンが、静かに、しかしその声の底に熔岩のような熱を潜めて問いかける。彼は贈り物を傍らに置き、背筋を伸ばしていたが、その体からは、どこか無理に張った緊張が伝わってきた。崩れそうで、今にも切れてしまいそうな。

「君は、この世界をどう思う?」


「……壊れている、と思う」


 ナサニエルが窓の外──無限に広がる、色彩を失ったモノトーンの廃墟を見ながら、素直に答える。それ以上の形容詞は、もう見つからない。世界は、ただ"壊れている"という事実だけが、圧倒的なリアリティを持って存在していた。


「でも、それでも──人は、細くても息をしている。君も、僕も、エリーも、ルイも。死んでいない。心臓は、かすかに脈打っている。だから、まだ完全には終わりを告げてはいない」

 ナサニエルはゆっくりと視線を戻し、ファロンの、熱にうかされ憔悴した顔を見つめた。

「ただ、確実に、終わりに向かって歩いているだけだ。僕たちは、その途中にいる」


「そうだ。まだ終わってはいない……でも失ったものが、あまりにも多すぎる」


 ファロンの声に、押し殺した激情の熱がこもる。その深紅の瞳には、連日の焦燥と疲労が刻んだ青黒い影と、その闇そのものを燃やし尽くさんばかりの白熱した光が、危うく同居し、互いに食い合っていた。希望と絶望が、一つの眼球の中で溶解することなく、鋭く対峙している。彼は、自らという器の中で、常にこの二つの衝突に耐えているのだ。



「人も、場所も、時間も……“普通”という、あの取るに足らない日常さえも失ってしまった。だから私たちは──いや、私は、この壊れてしまった世界を修復しなければならない」


 彼の声は、祈りにも誓いにも似ていた。それは、もはや願いではなく、自らに課した絶対的な運命として響く。


「もう一度、元あった美しい形に、この世界を彫り直すんだ。どこにも欠け目のない、完璧な彫刻のように。そして、二度と崩れないように、傷つかないように、争いの影すら忍び込ませない世界を作り上げる。正しい世界にするんだ」

「ファロン……」


「君の異能があれば、それが可能だ!」ファロンが身を乗り出した。「私の異能の力を増幅してくれさえすれば、あとは私が全てやる!」


 ファロンの目が、狂信的ともとれる輝きを増し、内側から燃え上がる熱を帯び始める。彼は眼前に、すでに完成した楽園の幻影を見ている。それは、彼が失ったすべてを、より完璧に、より堅固に再構築した蜃気楼だった。

 ──そんなことが、できるわけがない。世界規模で異能を出力するなんて、聞いたことすらない。それを試みた者は、記録に残る限り、例外なく暴走し、消えている。それは、神の領域に足を踏み入れようとする者への、冷酷な代償だ。


「想像してみてくれ、ナティ。荒廃した大地が緑の絨毯に覆われ、崩れた街並みが白亜の塔として蘇り、人々が偽りのない笑顔で歩き回る世界を。それは──決して夢物語じゃない。君と私が、力を合わせれば、必ず実現できる!」

「……ファロン」


 ナサニエルが、静かに、しかし岩盤のように確固たる口調で、ゆっくりと首を横に振った。


「僕はそもそも異能を使わない。使いたくない。こんな未知の力を使って、自分自身と君を危険に晒したくない」

「それは分かっている。だから、計画を練ったんだ」


 ファロンが懐から、分厚い、無数の手書きの文字で埋め尽くされた資料の束を取り出す。ページの端は擦り切れ、所々に何かに擦ったような跡さえある。彼の血と時間そのものが染み込んだ計画書だ。


「まず、各地に散らばる異能者を、段階的かつ安全に集める。君が彼らを"サンプル"として、異能の本質を解析すればいい。暴走のリスクを最小限に抑えながら、世界を修復するためのエネルギーを算出し──」

「やめてくれ、ファロン」


 ナサニエルが、鋭く、そして深く疲弊した声で、友人の熱弁を遮った。


「僕は、それをやりたくない。世界の修復という、壮大で空虚な理想よりも──今、この家で家族と過ごす、平凡で小さな時間の方が、僕には千倍、一万倍大切なんだ。それが、僕の選んだ"現実"だ」


 ファロンの手が、空中でぴたりと止まる。彼の情熱と狂気が詰まった資料の束が、膝の上から、無力に、ばらりと床に散らばった。紙葉が舞う音は、あまりにも軽く、彼の墜落の衝撃を何も表現できていなかった。


「……家族」


 その言葉を、ファロンが毒を噛みしめるように、苦く歪んだ表情で繰り返す。


「君には、家族がいる。守るべき、温もりがある。だから、こんな風に……"現実的"でいられるんだな。私とは、違う」

「ファロン?」


 ナサニエルは、友人の声の底に潜む、ねじれた羨望と絶望の混ざり合った音に、微かに身構えた。


「私には、もう何もない」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ