第六話 闇裂く閃光のもとへ - 3
――ガシャアアアアアアン!!
鋭利な岩の脚が振り上げられ、容赦なく振り下ろされる。シアが咄嗟に展開した防御魔法ごと、彼女の体を吹き飛ばした。
「……っ、ぐ……!?」
ゴツゴツとした岩肌にシアの華奢な体が叩きつけられた。ガツンッと、肉や骨が衝突する鈍い音が、耳にこびりつく。その音が、ルイの胸を抉るように響いた。
全身に冷たい汗が噴き出す。声は、喉の奥で詰まっている。心臓を何かに握り潰されたように、視界がぐらつき、世界が遠のいていく。
シアの顔が歪む。痛みに顔を歪め、彼女は必死に息をつかもうとする。
「シア!!」
ルイの声が、震えながら叫ばれる。だが、その声が届くのか届かないのか、シアの表情はぼんやりとしたままだ。
「……っ、ルイ……」
駆け寄ろうとする。
でも、足が竦む。
その瞬間、星骸が再び動く。すでに、何もかもを終わらせようとしているかのように、無慈悲に動き出す。
――とどめを刺そうと、容赦なく。その巨大な脚が持ち上げられる。
……なんだよ。結局もう、巻き込んでるじゃないか。
勝手な振る舞いのせいで迷惑をかけて、怪我をさせて。
――許されることじゃない。他の誰かが許したとしても、自分が、自分のことを許さない。
何もできずにただ立ち尽くしていた自分への怒りが胸を灼いた。指先が震え、喉が焼けるように熱い。鼓動が早鐘のように響き、体中に血が駆け巡る。怒りが、力に変わり、全身に火をつけた。
(……シアに、伝えないといけないことがある)
こんなところで、自分も、シアも、死んでいいわけがない。
――バンッ!!
乾いた銃声が、洞窟の静寂を切り裂いた。
「――俺の命なんか……どうにでもなれよ」
ルイはシアを背に庇い、双銃の銃口を一瞬で星骸へと定めた。
星骸が動き出す。その瞬間、ルイは地を蹴り、爆発的に前へ飛び込んだ。
蜘蛛型の星骸。そのスピード、跳躍力、回避能力――全てが脅威だ。狙いをつけても、すぐに避けられる。距離を詰められれば、足攻撃に囲まれ、反撃の余地すらなくなる。
ルイは迷わない。
手の中で銃を回転させ、刃を展開。双銃は一瞬でダガーに変形する。
次の瞬間、巨大な脚が振り下ろされる。
(来る――!)
ルイは迷わず踏み込んだ。両刃を交差させ、迫る脚を弾く。
衝撃が腕を貫くが――その反動を利用して回転。
「はぁぁぁッ!!」
回転の勢いを乗せた蹴りが、星骸の脚を一気に洞窟の壁へと叩きつけた。その脚は壁に深く突き刺さり、動けなくなる。
刹那。
ルイの目が、関節部の隙間を捉えた。そして、全身を使って、迷いなくそこへ刃を突き立てる。
鋼鉄のような甲殻の間に、深々と食い込む感触。すぐさま力を込めると――関節が崩れ、その部分から脚が千切れた。
――キシャァァァアアアアアッ!!!!
星骸が絶叫し、その甲高い声が洞窟に響く。だが、すぐさま別の脚が猛然とルイへと襲いかかる。
(……追える。コイツの攻撃なら)
『星骸だから』と侮ってはいけないのは百も承知。
だが、狭間で見せつけられた、あの知覚の限界すら超えた金色の攻撃と比べれば。
「――なにもかも、遅いんだよ!!!!」
迫る脚を弾く。一本目と同じ要領で、天井や壁、地面へと叩きつけ、動きを封じてから関節を一気に切断する。
それだけで気は抜かない。間髪入れずやってくる次の攻撃を、即座に察知する。
動きを追い、弾き、切る。何度も、何度も。関節を狙い続け、徐々に星骸の機動力を奪っていく。
――その時。
星骸が大きく上体を反らした。
(糸吐き……来る!)
腐食性の糸。触れれば、一瞬で全身が溶かされる。それでも、ルイには。
「そんな、わかりきった攻撃なんて――怖くもなんともないんだよ!!!!」
次の瞬間、ルイは地面を蹴り、一気に跳躍。糸が放たれる刹那、星骸の死角へと飛び込む。
手の中のダガーを回転させれば、それは銃へと変形する。
(仕留める……!!)
星骸の脚を踏み台に、瞬時にその巨体に飛び乗る。
ゼロ距離。
「――消し飛べッ!!!」
トリガーを引いた。轟音とともに、異能エネルギー弾が発射される。
――ドンッ!!!
手応えは確かだった。
黒曜石の装甲を突き破り、エネルギー弾は腹部を貫通する。
「――っ!」
――ぐらり。
星骸の巨体が揺らぐ。深く穿たれた腹部。確実に致命傷となっている。
(あと一押し……!)
ルイの目が鋭く光る、その瞬間。
視界の端。
――鋭い脚が迫る。
「”守って”!!!!」
突如、眩い光が爆発した。柔らかな魔力がルイを包み込み、全身を温かな力で満たす。
次の瞬間――星骸の鋭い攻撃が魔法でできた障壁に弾かれ、火花を散らしながら宙を裂いた。
「……っ!」
反射的に振り返ると、そこには杖を構えたシアが立っていた。彼女の透き通る瞳が、今までにないほど強い輝きを宿している。
(シア……!)
星骸が大きく仰け反る。
一瞬。
(その隙を――逃すわけがない!!)
ルイは迷わず銃を構え、引き金を引いた。
五連射。閃光が走り、連続する銃声が洞窟に轟く。弾丸は正確に残っていた星骸の足の付け根に突き刺さり、硬質な装甲を砕いた。巨大な体がぐらつき、次第にバランスを崩し始める。
(……今だ!!)
「シアッ! 力を!!」
「うん!!」
再び、温かな光がルイを包み込む。
全身の細胞が震える。
視界が研ぎ澄まされる。
心臓が熱く脈打つ。
血が力強く巡る。
極限まで研ぎ澄まされた感覚。
――いける。
「――終わりだッ!!!」
刹那、
閃光。
次の瞬間――ルイが飛び込むように突き出したダガーが、星骸の首に突き刺さった。
一瞬の静寂の後、音もなく漆黒の頭部が宙を舞い、星骸の巨体はゆっくりと崩れ落ちた。
静寂が広がる。戦いの終わりを告げるように、洞窟の中に響くのは、ただ彼らの荒い呼吸だけ。
――戦いは、終わった。