第四十六話 氷雪を越えて鍛えられる刃 - 1
翌朝。夜明け前から始動し、わずかな休息を経て、再び星骸との戦いが幕を開けた。
今度は二体同時。一体は昨日と同型の軟体変異種、もう一体は新たな脅威──岩塊を積み上げたような巨人型だった。身長は十メートルを超え、鈍く光る鉱石の装甲に覆われたその巨体は、圧倒的な質量そのものが武器となっている。一歩ごとに大地が揺れ、冷気が舞い上がる。
「連携を意識しなさい。一人で二体を無傷で相手にするのは、今の貴方たちにはまだ荷が重すぎるわ」
琴葉の声が、凍てついた朝の空気を切り裂く。彼女は少し離れた高台に立ち、監督者のように俯瞰している。白いドレスの裾が、微かに吹く風に揺れる。
「ルイは巨人型を。シアは軟体型を。基本的な戦い方は昨日教えた。あとは実践で体に叩き込むだけよ」
「わかった!」
「うん……!」
ルイとシアは背中をわずかに触れ合わせ、互いの存在を確認するように構える。呼吸を合わせ、一歩を踏み出すタイミングを測る。
「行くぞ、シア!」
「わかってるよ、ルイ!」
まず、ルイが動いた。拾うように言われていた手頃な小石を軽く握り、腕を振り抜く。小石は鋭い音を立てて飛び、巨人型の顔面──目とされるくぼみの付近に命中した。カン!という甲高い打撃音が響く。
巨人型はゆっくりと、しかし確実に、鈍重な巨躯をルイの方へ向けた。その動きだけでも、風圧が生まれる。
その隙に、シアが駆け出す。白銀の髪が朝の薄明かりに輝き、彼女は軟体型めがけて一直線に突進する。軟体型は無数の触手を蠢かせ、獲物を待ち構える。
巨人型。その装甲は分厚く、関節の隙間も極めて狭い。珠桜から教わった理論では、装甲の薄い部位を狙うか、継ぎ目を衝撃で剥がすのが基本だ。
ルイの銃であれば、星骸核を弾頭にした特製弾の一撃を脳幹に与えれば倒せる。しかし、琴葉は新たな制約を課していた。
『消耗品である銃弾は、できる限り温存すること。特に核弾は、緊急時以外は使用禁止』
使えるのはダガーと、自身の体術──そして、彼自身の"異能"だけだった。
(俺の──異能を操る異能で、異能者ではない星骸を……本当に倒せるのか?)
彼は今朝、琴葉に質問したことを思い出す。
『星骸にも俺の異能が通じる? 本当か?』
『ええ、きっと。原理的には可能よ』
そして琴葉は長い説明をしてくれた。
『貴方、星骸の成り立ちも、異能の本質も、何も知らなそうだから教えてあげる。数十年前、この星の外から未知の侵略者がやってきた。彼らは地表を焼き尽くし、多くのものを奪った』
『その侵略者と人間が接触した時、人間のDNAに突然変異が起きて──星溶粒子を体内で生成できるようになった。それがある一定を超えて、能力を会得したのが異能者よ』
『星骸は、侵略者の残骸や、彼らが撒き散らしたものに、この星の物質が融合して生まれたもの。岩石や金属も含まれるが、内部には必ず星溶粒子が内包されている』
『ルイ、貴方の異能を根源まで分解すれば、それは星溶粒子を操作する力とも言える。ならば──』
琴葉はそこで一呼吸置き、深紅の瞳をルイに向けた。
『貴方の力が、星骸内部の星溶粒子に影響を及ぼす可能性は、十分にある』
(まずは、星溶粒子を……視る)
ルイは目を凝らした。ゴーグル越しのライムグリーンの瞳に、集中の光が宿る。
すると、巨人型の巨躯の中に、無数の微かな翡翠色の光の粒子が、穏やかに、あるいは不活発に浮かんでいるのが見えた。関節部、頭部、そして胸の中心──核があるはずの位置に、特に濃密に集まっている。それは、この巨体を動かす生命の源だった。
──では、どう操作すればいい?
琴葉の答えは、あっけないものだった。
『知らないわよ。貴方の異能でしょ? なんか、適当に爆発させればいいんじゃない?』
その瞬間、ルイはある矛盾に気付いた。響哉のあの、全てを「体で覚えろ」という感覚的で雑すぎる教え方の源が、眼前のこの、理論や知識を縦横無尽に駆使して説明する、まさに理論派の権化のように見える琴葉にあるという事実に。
この二人、根本的に「教え方」の核が酷似しているのだ。琴葉は確かに、前置きとして理屈や背景を丁寧に解説してくれる。だが、肝心の「ではどうするか」という実践部分になると、途端に「やってみなさい」「適当に爆発させれば?」「介入されたその時の行動から学びなさい」と、響哉と同レベル──いや、むしろ「理論的な装いを纏った上での投げやりさ」という点では、響哉以上にたちが悪いかもしれない。
丁寧なようでいて、結局は同じ穴のムジナ。いや、琴葉の方が、理論武装している分だけ、その投げ出し方がより狡猾ですらある。
ともあれ、魔法の専門家である彼女が、雑ながらもルイの異能について一つの答えを示してくれた。
あとはとにかくやってみて、自分自身で正解を探るしかない。
「《支配》」
最も最初に覚えた、相手の異能の制御を奪い、強制的に止めさせたりするようなコマンド。
確かな手応え。巨人型内部の星溶粒子の一部が、彼の意志に反応し、束縛される。巨体の動きが、ほんの一瞬、鈍る。
しかし、これだけでは「爆発」には程遠い。単に動きを鈍らせただけだ。
「《増幅》」
ファロンとの戦いの中で、珠桜が教えてくれたもの。かつて父が使っていたのだというそれを、真似したコマンド。
星溶粒子の活性が増す。光が強くなるが、まだ足りない。もっと、根本から乱れさせなければ。
「……《暴走》」
初めて使う、危険な響きを持つコマンドだ。これは、何かしらの効果を生むのか?
その命令が下された瞬間、視界に映る翡翠色の粒子が、一斉に狂ったように増殖し、無秩序に暴れ始めた。粒子が集まる関節部や核の周囲が、内側から異様に膨れ上がり、分厚い鉱石の装甲を内圧で押し上げ、歪ませる。亀裂が走る。
そして。
──ドゴオオオン!!
鈍い、地響きのような轟音と共に、巨人型の右肩関節が内側から破裂した。装甲の破片が鋭利な破片となって飛散し、巨体は大きくバランスを崩し、よろめく。破裂した関節からは、翡翠色の光の残滓が、煙のように立ち上った。
「は……!?」
ルイは目を見開き、自分の手のひらを見つめた。
──本当にできてしまった。
彼の異能が、星骸の内部に干渉し、破壊を引き起こした。琴葉の雑な予測は、見事に的中していた。
一方、シアは。
「《凍って》!!」
彼女の澄んだ声が、凍った大気を切り裂く。昨日の試行錯誤と琴葉の指摘を糧に、今回は確固たる意志が込められている。
願いではなく、設計。また、戦闘は、より少ない魔力消費で、より確実に終えられたほうがいい。
白銀の光の奔流が軟体型を飲み込み、一本の触手を起点に、急速な凍結が波紋のように全身へと伝播する。見事な、一発での完全凍結だ。かつてはあれほど難しかったことが、今は明確なイメージと共に実現する。
だが、それで終わりではない。シアは杖剣をしっかりと握りしめ、一歩踏み出す。
シアのこの魔法だと、このまま放っておいたとしても敵は凍結のダメージでやがて死ぬ。琴葉はそれを承知の上で、朝提案をしていた。
『杖剣の練習として、星骸を倒したあとその剣で核を改めて壊してみなさい』
手本は、隣で巨人型と対峙するルイの戦い方だ。彼の動きは時に荒く、隙も多いが、珠桜から叩き込まれた体術の基礎は確かにある。そこから学べるものは多い、と琴葉は指摘した。
問題は、シアの身体がそれを再現できるかだ。筋力、体格、瞬発力──あらゆる面でルイとは違いがある。その差を埋める方法は、一つしかない。
(魔法で……身体能力を一時的に引き上げる!!)
彼女の足元に微かな光の輪が浮かび、ルイの動きをイメージした瞬発力が四肢に流れ込む。
踵を返し、氷の彫刻と化した星骸へと踏み込む。杖剣を、氷に覆われた関節の割れ目へ、そしてその奥にある濁った赤い瞳へと、全身の体重を乗せて突き刺していく。
動作はぎこちない。力の伝え方も未熟だ。だが、初めて杖剣の刃を使えた。その事実に、小さな達成感が沸き上がる。
「ど、どう!?」
彼女は期待に胸を膨らませ、少し得意げな表情で少し離れた高台の琴葉を振り返った。まるで、褒められるのを待つ子のように。
琴葉は一瞬目を細め、ため息ともつかない微かな息を吐いた。
「とてもぎこちないわ。動きに無駄が多く、突きのあとの体勢も崩れている。もし、この星骸がまだ生きていたら、今の貴方は反撃一発で死んでいたでしょうね」
「くぅぅぅ……言い方、もうちょっと……!!」
シアが悔しそうに唇を噛む。しかし、その瞳の奥をよく見れば、叱責に沈み切ったわけではないことが分かる。むしろ、琴葉の鋭い指摘一つ一つを必死に咀嚼しようとする、負けん気のような小さな火種が、確かに揺らめいていた。完全に否定されたわけではない。「やり方は間違っているが、方向性は間違っていない」──琴葉流の、ある種の「認め方」を、彼女は直感的に感じ取っていたのかもしれない。




