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第四十五話 凍夜に語るは - 1

 二戦目。


「甘いわ。その突き、ただの前傾じゃなくて、腰を入れて踏み込まないと力が伝わらない。もっと深く刺せるはず」

「右脇、今空いているのに、なぜ突かないの?」


 琴葉の声が、戦闘の合間に氷の刃のように飛び交う。

 ルイが星骸の腕の一撃をかわしきれず、顔面に風圧を感じた瞬間には──


「ここ、防がないと怪我するわよ」


 目の前で深紅の閃光が走り、星骸の爪が琴葉の刀身に弾かれた。衝撃波だけがルイの頬を撫でる。


「あ、ありがとう」

「どうでもいいから集中して」


 琴葉の声は冷たいが、その介入は絶妙なタイミングだった。


「怪我しかけた時に手を出すから、感覚を掴みなさい。

 どんな攻撃は防がないといけないのか。どのように防げばいいのか。防ぐために、自分はどのような体の使い方をすべきだったか──ほかにも、分析して、学べることはたくさんある。

 痛みの一歩手前まで、自分で近づいてみて」



 三戦目。


 シアが放った氷槍が、星骸の滑らかな装甲を斜めに滑り、致命傷を与えられずに地面に突き刺さる。


「イメージが違う。貴方が考えるべきは槍を作り放つという、過程の段階じゃないでしょう」


 星骸の反撃がシアの足元を襲う。彼女がよろめいたその時、足元の雪が突然隆起し、氷の小さな壁となって触手の軌道をそらした。琴葉の介入だ。


「……っ!」

「次は自分で何とかしなさい。きちんと、あの装甲を『貫く』という結果を、まず求めて。そこから逆算して、必要な槍の硬さ、鋭さ、軌道を『設計』するの」



 四戦目、五戦目も。

 琴葉は常にルイとシアを観察し、二人が致命傷──いや、擦り傷すら負わぬ寸前で介入する。ルイであれば刀の背で衝撃を流し、シアであれば無形の魔力の盾で軌道を逸らす。

 二人は確かに、戦い方を「痛みの一歩手前」で学んでいた。肌に大きな傷一つなく。


「まだまだ行くわよ」


 琴葉の淡々とした宣言に、疲労が蓄積する彼らの身体が、沈黙の悲鳴を上げ始めていた。




 ──五戦目の途中。


 ルイが星骸の側面に辛うじて回り込み、拳を振り下ろそうとしたその時──右膝の関節が、突然、ゴムが切れたように力を失った。


「ッ!」


 不意の脱力で体勢が崩れ、彼は雪の上にうつ伏せに倒れ込む。筋肉の限界だ。連戦による疲労が、ついに立っていることさえも維持できないほどになっていた。


「はぁっ……はぁっ……ル、イ……っ!」


 シアが必死にカバーに入ろうと走り出す。しかし、彼女自身の足ももはや言うことをきかない。足が絡み合い、その場で膝をついてしまった。

 視界の端が暗くなり始める。夕闇が迫っている。その薄明かりの中、星骸の鋭い爪が不気味に鈍く光る。倒れたルイへと、ゆっくりと、確実に振り下ろされようとしている。


(まずい……動いて!)


 シアが絶望的な焦燥を感じたその刹那──


 星骸の巨体が、微かに震えた。

 次の瞬間、その全身の装甲の継ぎ目から、無数の深紅の光の線が浮かび上がった。まるで内部から精密に切断されるように、巨体は数十の整然としたブロックに分解され、音もなく雪原に崩れ落ちた。中心の瞳は、既に光を失っていた。

 琴葉が、ゆっくりと刀を鞘に収める音が、突然の静寂に響く。彼女は二人のそばに立ち、俯くように見下ろした。


「……これが、今の貴方たちの限界ね。頭でなく、体でよく覚えておいて」

「……はい」


 ルイとシアは、苦悶の表情でうなずく。琴葉は二人の間に歩み寄り、跪いた。


「それと、今の状態、お互いをよく見なさい。息の上がり方、顔の色、瞳孔の開き方……全てが限界のサインよ。

 この状態に陥る"前に"、撤退を判断しなければならない。そして、撤退中にも敵は容赦なく襲ってくる。逃げた先で、別の敵に遭遇することだってある。共に行動する仲間全員の状態を、瞬時に正確に把握すること。そして、残された最後の力を振り絞って逃げ切り、立て直す場を確保すること。覚えて」


 そう言うと、琴葉は膝をついて立てないシアを、そっと横抱きにした。次に、ルイの脇に手を回し、背中におぶるように持ち上げる。彼女の動きには、二人の体重を感じさせない無駄のない効率があった。


「こ、琴葉……!? 二人も重いだろ! さすがに、自分で……歩く!」


 ルイが慌てて抗議するが、琴葉は微塵も動じない。二人の成人を抱えていることを忘れたかのように──いや、それよりも軽やかに、雪の上を歩き始める。その速度は、彼らが健常時についていくのでさえ困難だったペースだ。


「全くもって重くないわ。私の魔法をなめているの?」

「えぇ……」


 魔法で重量を軽減しているのか、それとも彼女の筋力が──ルイよりもあまりに華奢だが──それ以上なのか。ルイは呆然とするしかなかった。


「……これ、澄幽へ向かってないよな? もうすぐ真っ暗だぞ、大丈夫なのか?」

「大丈夫、とはどういう意味かしら?」

「夜が来るまでに澄幽に到着できるのかってことだよ」

「あら」


 琴葉の足が止まった。彼女がゆっくりと振り返ると、深紅の瞳に、わずかに悪戯っぽい光が揺らいでいた。


「貴方、もしかして、澄幽に戻ると思っているの?」

「……え?」

「澄幽になんて、今日は戻らないわよ。だって、貴方たち、無傷じゃないでしょ。ここから澄幽まで戻る時間と体力が、あまりにももったいないわ」


 琴葉は淡々と、しかしその口調には、ある種の確信に満ちた宣言が込められていた。


「このまま、『外』で夜を越すわよ」


 一瞬の沈黙。



「「ええぇぇぇえええええええ!?!?!?」」



 そして、ルイとシアの声が、疲労を忘れて荒野に響いた。

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