第七章 車椅子の少女
朝日は登り、鳥たちはチュンチュンとさえずっている。
ここは西が丘高校から最も近い病院、西が丘総合病院である。
「クソ、痛ぇ!」
そうほざくのは金髪ロングの少女、神崎 杏奈
水にブロックで頭を殴られたいじめの主犯格である。
取り巻きの2人の女子生徒も同じ病室である。
彼女らは容赦なくブロックで殴られたせいでしばらくの入院生活である。
そして、取り巻きのうち1人は水に顎を砕かれたために喋ることすらできない。
もう1人の取り巻きはというとショックであまり喋ることが出来なくなってしまった。
それもそのハズ、杏奈たちの所属は少林寺拳法部であるが、他の部員に喧嘩で負けた場合は破門(強制退部)のルールがあるのだ。
となると他の部活に移籍するしかないが木島率いる空手部は女子生徒の入部を認めない、残るは柔道部と槍部となるが柔道部は地獄そのものである。
柔道部部長の寺田は身長180㎝体重120㎏の巨漢であり、新しく入った部員には受け身の練習と称して毎日100回連続でグラウンドに投げつけている。
しかもこれは男女関係なく、入部から半年間続くのだ。
槍部に入ろうにもそこは自分の頭をカチ割った張本人、結城水が部長である。
また、水の姉をいじめていた過去もあり、槍部に入部したら槍で串刺しにされてもおかしくない。
そんなこんなで入院生活中の杏奈の話し相手はもっぱら同じ病室の車椅子の少女となっていた。
「大丈夫?」
頭を抑えて痛そうにする杏奈に優しく声をかけるのは車椅子の少女、日高 茜である。
彼女は東が丘高校という普通の高校に所属しており、現在3年生だ。
元々東が丘の陸上部のエースとして活躍していたが、練習中の事故で足の靭帯を断裂し、車椅子生活を余儀なくされている。
「ああ、姉さん、大丈夫っす」
そう返す杏奈は茜ともう打ち解けている。
やる事のない杏奈は一日中茜と談笑することに明け暮れていた。
そんな中で杏奈の心は少しずつ変化を見せ始めていた。
そう、茜と自分がいじめで車椅子生活に追いやった結城水の姉、結城明を重ねていたのだ。
楽しく談笑する中でも茜は時折暗い表情を見せる、自分の足がもう二度と治らないことを知っているからだ。
高校生活最後の年、陸上の大会に出たかった。友達といっぱい遊びに行って思い出を作りたかった。
そんな言葉が時折漏れ、暗い表情を浮かべる。
その表情を見るたび、杏奈は胸が締め付けられる。
ーーーいじめなんかやるんじゃなかった。
杏奈たち3人は少林寺拳法部内では弱い方である、先輩たちや同学年の男子生徒からキツいシゴキを受けてきた。
そんな日々のストレスをぶつけるために思い付いたのが弱い者いじめである。
同じクラスの結城明は唯一武道系の部活に所属していない女子生徒であり、いじめの標的となった。
最初は3人で軽くいじったり、からかったりする程度であった。
しかし、杏奈たちが部活で酷い仕打ちを受ける度にいじめはエスカレートしていった。
物を隠したり、教科書をゴミに捨てたり、給食にゴミを入れることもあった。
当時の彼女らに罪悪感なんてものはなく、ウチらが運動部で一生懸命に頑張っているのになんでアイツは文芸部でラクして毎日楽しそうにしてるんだ!弱いくせにムカつくという心の内であった。
そして、最初の内は間接的なものであったいじめも次第に物理的なものへと変わっていく。
軟弱な文芸部員に対しての稽古と称して腹部や顔面を殴ったり蹴るようになった。
防げないのが悪いんじゃん、ウチら稽古付けてあげてるだけだからと笑いながら平気で醜い論理を口にしていた。
学校にいる間はいつでもウチらが攻撃するから対応できるように頑張って~っと言い、廊下にいる時、休み時間、食事中、授業中など時間も場所も選ばずに暴力を振るうようになった。
明は次第に口数が少なくなり、絆創膏や包帯をつけて登校するようになった。
そんなある日の部活終わり、先輩部員にこっぴどくシゴかれた杏奈は物凄くイライラしていた。
行き場のない怒りを抱えながら階段を降りていると目の前に部活終わりの明がいるのが目に入った。
そこで杏奈は明に後ろから蹴りを入れたところ、明は前のめりに倒れ、階段下まで転がりながら落ちていった。
その際に足の靭帯を断裂と複数個所の打撲、頭を強打した事によって大量の出血が伴っていた。
明は力なく階段下に転がり、ぐったりとしている。
「ちょっと、杏奈!やり過ぎじゃない?」「流石に死んだかも、、?」
取り巻きの2人がその光景を見て動揺する。
しかし、杏奈は怒りで我を忘れてそのまま明を放置して下校してしまった。
そんな過去を思い出し、杏奈は罪悪感で心が押し潰されそうになった。
病室の窓から差し込む朝日で杏奈の頬が光った。
「ちょっと、杏奈ちゃん泣いてるの!?大丈夫?」
車椅子の少女が心配そうに声をかける。
「だ、大丈夫です、、」
杏奈はそう小さな声で答えた。
この怪我が治ったら許してもらえなくてもいい、謝りに行かないと、、、。
そう、覚悟を決めたのだった。