第一章 春というかHell
春、桜が舞い散る季節。
春の温かさとは対照的な物々しい建物がそびえたっている。
建物は高い塀に囲われ、その上部には有刺鉄線が張り巡らされている。
そのため、外からは内部の様子を伺い知る事は出来ない。
そう、ここは地元で一番の不良校、西が丘高校である。
偏差値の低さから地元で勉強のできない中学生は必然的に西が丘に入学する事になる。
しかし、西が丘は並の不良であれば入学を免れるために必死で勉強をするほどの超不良校である。
そんな中に勉強が出来ないだけの一般人が入学してしまえば1年と持たずに退学してしまうだろう。
今年もまた、勉強が出来ないだけの内気な少女が一人入学してしまった。
身長150㎝にも満たない小柄な体格で水色のセミロングの髪が特徴的な彼女の名前は結城 水である。
今、西が丘の体育館では部活紹介の真っただ中である。
空手部、柔道部、少林寺拳法部と武道系の部活が舞台上で演舞などを披露する。
そのどれもいかつい男達が驚異的なパワーと威圧感を見せつける。
演舞なのに本気で相手の顔面を殴り、壇上に血が滴る。
殴られた方も怒りをあらわにして本気で殴り返す。
そんな地獄のような光景を数分間見せつけられる。
『こわい、無理!入部したら死んじゃう!』
彼女は脳内でそんなセリフを叫んでいる。
彼女は部活動には絶対入らないとすぐさま心に決める。
しかし、目線を落とすと彼女の顔は見る見る青ざめて絶望に変わる。
手元のパンフレットに記載されていた一文が原因だ。
『本校は部活動への入部を強制とする。』
そして、新一年生は4月中に入部する部活を決めなくてはならないという文章が続く。
つまり、執行猶予1ヶ月である。
「続きまして文芸部の紹介です。」
そのようにアナウンスが流れる。
「え、文芸部!」
パンフレットをよく見ると武道系の部活ばかりの中に唯一文芸部という文化部が存在していることに気づく。
壇上には眼鏡をかけた内向的な男子生徒2名とピンク髪の大人しそうな女子生徒1名が上がる。
「あ、私文芸部ならやっていけるかも」
絶望の最中、彼女は僅かな希望を見出す。
壇上へ上がった部長らしき眼鏡の男性がマイクを手に取る。
「新入生の皆さん初めまして、私たちは文芸ブッ!!?」
突如として、乱入したガタイの良い男の飛び蹴りが文芸部部長の頬を捉える。
部長は2mほど吹き飛び、床にうずくまる。
一緒に吹き飛ばされたマイクのハウリング音が会場にこだまする。
開場は静まり返り、2名の文芸部員は恐怖で凍り付き文字通りフリーズしている。
ガタイの良い男は床からマイクを拾い上げ、こう言った。
「文化部は女々しい。廃部だ。」
そして、文芸部員2人の男子生徒の首根っこを掴み「お前らは空手に入れ、鍛えなおしてやる。」と言ってそのまま舞台を後にした。
ピンク髪の少女は恐怖でその場にへたり込んだ。
ガタイの良い男は後ろを一瞥して「空手部に女は要らん。他所の部活へ行け」と言い放ち立ち去った。
彼の飛んでもない行動を目にして会場の不良たちが歓声を上げる。
そう、彼は西が丘のリーダー的存在。
名は木島 雄基、空手部主将兼生徒会長である。
教師陣の方を見ると全員が下を向いてバツが悪そうな顔をしている。
そう、この学園では暴力が全てであり、教師陣も怖くて何も注意する事が出来ない。
頼れる大人は誰一人として存在しないのだ。
結城水は深く絶望した。
「お姉ちゃん、私も不登校になりそう、、」
会場の歓声の中で彼女は俯きながらそう小さく呟いた。