サマラ編 6
広間では、使用人が忙しく動いていた。
カラフルな箱がいっぱい運ばれている。
リボンで装飾されていたり……贈り物?
これは?!!
キララが歩み寄る。
「こちらは、エミリーゼ様への贈り物です」
「エミリーゼ様?」
「はい、フェデルクス王子のお母様、前の王妃です」
どういう?
「第一王妃のエミリーゼ様は、ラスカーダ王国にお住まいで」
「同盟のための人質なんだ」
いつの間にか、フェデルクス王子が立っていた。
「実の母は、和平のためにラスカーダに送られた」
だから人質ということ?
「僕は、年に一度、母に会うためラスカーダへ行くことが許されているんだ」
その準備をしているということ?
この贈り物は、お母様への贈り物?
と、いうことは、ソアラ王妃は第二王妃で、フェデルクス王子との血縁はないということなの!
私もラスカーダ王国に行ってみたい。
「お母様にお会いしたいと思います」
言ってみた。
「では一緒に」
王子は承諾してくれた。
護衛の兵隊に囲まれ、その国に入った。
同盟国・ラスカーダ王国もまた、水源に恵まれ潤っていた。
子供が駆け回り、羊飼いが歩いている道を、馬車で通る。
王子が隣にいる。
年に一度きりしか会えないお母様って、どんな人?
会えばわかる。
詳しくは語らない王子だった。
人質ということは、辛い生活をしているのだろうか?
宮殿の門が開いた。
逃亡を防ぐためか、堀に橋が架かっているが、鎖でつながれ傾いている。
橋が下りて水平になると、馬車が通れる仕組みだ。
宮殿に入り、
同行する馬車から荷物が下ろされる。
「ここがエミリーゼ宮殿でございます」
世話役でアスナルダス王国からの側近・ミルテが出迎えた。
宮殿にお母様の名前がついているなんて、待遇は悪くないのかもしれない。
「フェデルクス様、お元気そうで」
ミルテは笑顔を見せ、頭を下げた。
「母は?」
「はい、この日を楽しみにしておりました」
王妃の部屋に招かれた。
もちろん、王妃は仮面をつけていない。
「王子、一年がどれほど待ち遠しかったか」
「母上」
「こちらにきて、話を聞かせて」
私は、王妃の顔に見惚れていた。
すごく、綺麗な人……。
若くて、美しい……。
この方が、フェデルクス王子のお母様。
ということは、この美しい母の遺伝を受け継いだ王子の顔は……。
「今回は、友人を連れてきた」
紹介された。
「王子のこと、よろしくお願いします」
お母様の承諾を得たような気がする。
食事の席でも王妃と王子を交互に見る私がいた。
母と息子は、一年分の話を語り合っている。
母を思う王子の姿も、たくましい戦闘の場も、王子の顔を想像するとすべてが素敵に思えてしまう。
私は恋をしている。
そして……。
「二人はこれからも一緒に?」
王妃の言葉。
王子はなんというのか?
「彼女さえよければ……」
王子と見つめ合った。
もう、間違いない。
私は、フェデルクス王子と結ばれる。
こうして、面会の期限がすぎ、私たちは第二宮殿に戻った。
先に結婚式をあげたのは、なんとマスキート王子とカレン姫だった。
「わたくしは、この宮殿で王子と幸せに暮らすの」
誇らしげに言った。
私がエミリーゼ宮殿に同行したことを知ったカレン姫は、フェデルクス王子を諦め、マスキート王子に急接近したようだ。
自分のほうが幸せになる。優越感を隠すことなく見せつけてきた。
ご勝手に……と言いたかったけど、『お幸せに』と言ってしまった。
第三宮殿での式が始まる。
急な話なので、宮殿内の人たちのみで祝福することになった。
『僕の代わりに祝福してきて』
フェデルクス王子が公務で来られないため、私が出席した。
華麗なドレスで教会の階段をあがるカレン姫。まだ仮面をつけている。
喜びを隠せない様子。
待っているマスキート王子に手を握られた。
教会の鐘が鳴る。
運命の口づけ。
ふわっとした風が吹いた。
二人の仮面が粒子となって消えていく。
二人の顔がはっきり見えた。
ん?
笑ってはいけない。神聖な儀式なのだから。
でも、二人とも……美男美女とは言えなかった。
やはり、マスキート王子は、ソアラ王妃に似ている。
大きな鼻が印象的。やはり親子。
カレン姫も……おでこが広い。眉毛が濃い。
これが、運命なのだと悟った。
でも、二人とも満足な表情で喜んでいたような気がする。
第二宮殿に戻った私。
「結婚式、どうだった?」
出席しなかったフェデルクス王子に訊かれた。
「とても幸せそうで」
「それはよかった」
「料理も美味しかったです」
そんなことしか話題にならない。
でも、静寂が二人を熱くした。
王子は静かに私を見つめた。
そして、手を握ってきた。
「今度は僕たちの番だね」
「はい」
私たちは、約束を交わした。
東南の空に流れ星が見られる頃、二人は誓いを交わすことを……。
夜、バルコニーに立った。
フェデルクス王子に肩を抱かれた。
「この時期に見られる流れ星」
ロマンスの予感。
遂にその時が来る。
瞳は互いを引き寄せた。
王子の顔がそっと近づいて……。
私は目を閉じた。
そしてキス。
鼓動がうごめき、ハートが満たされる瞬間。
顔が離れる。
吐息がかかる二人の距離は保たれて。
王子の仮面が、端のほうから微粒子化していく。
肌色がはっきりして、顔が見えるようになり、その全容が私の瞳に映る。
母・エミリーゼ王妃の美しさを受け継いでいる。
美男子のフェデルクス王子に、私の心は揺すぶられた。
ん?
王子は真顔だった。
うむ??
私は気がついた。
私の仮面は消えていない。
指先で触れてみる。仮面の手触り。
なぜ?
王子の仮面は消えたのに、私の顔には仮面がついたままなんて。
「僕の運命に、君の運命が重なることはないようだ」
儚さがにじむ声。
「どういう?」
「僕の命は、わずかなようだね」
王子は悲しそうに言った。
意味が理解できない。
「いこうか」
その日、私と王子は二人だけでワインを飲んだ。
詳しくを語らない王子との切ない時間。
決して幸せとは思えない時間を感じたまま、少しの会話を交わして分かれた。
外が騒がしい。
「侵略だ!!」
「戦闘が」
男たちの声。
爆発音。
遠くから煙が上がった。
キララがやってきた。
「お逃げ下さい」
「一体?」
「他国の進軍です。防衛を開始しましたが、戦力に差が」
「王子は、フェデルクス王子は」
「出陣しました。サマラ様を脱出させよと」
「私はここに残ります」
「いけません」
アノアも駆け付けた。
「準備ができています。この国を出てください」
「でも……」
王子の顔を見ることができて、好きになったのに。
これが運命だというの?
「王子の気持ちを大切にしてください。脱出を……」
キララは、荷物をカバンに詰めた。