エレノア編 9
庭園に、新しい噴水ができた。
噴水デザイナーのマキナスとレイチェルの話に私も加わった。
噴水の周囲は花で囲まれ、流れ出る水からも香りが漂いそう。
「見事だ。マキナス」
レイチェルは、エレガントなデザインを絶賛した。
「お気に召していただけたら光栄です」
「ライトが光るんですね」
「夜は、七色の光が水流を照らし、幻想的な景色がお楽しみいただけます」
マキナスが去った後、二人で噴水の絵を描いた。
フラウペンティアのレイチェルは周囲の花を、私は噴水を中心に描き始める。
私の描く速度ははやい。筆が勝手に動いてしまう。まるで魔法を発動してみたいに……
背後からレイチェルが見ている。息がかかりそうなくらいに近い。
「キャンバスから水が零れ落ちそうなくらいリアルだね」
「まだ、自分の能力がわかっていなくて」
「これから二人で、君の才能と能力を高めていこう」
手の動きが止まった。
「二人で?」
もう、拒む理由はない。
「夜、誓いを交わしたい」
レイチェルの瞳は真剣だった。
「こうして、仮面の魔法が解ける日を待っていた」
私の素顔を始めて見る男性は、レイチェル、あなた……
ディナーを済ませて、私は一度部屋に戻った。
エリスに、ドレスを用意してもらった。
「これなどもいかがですか?」
エリスに真珠のネックレスをつけてもらった。
「おきれいですよ」
鏡に映る自分、まだ仮面がついている。
今宵、一人の愛する男性によって、この仮面がはがされる。
これって!!
七色に輝く噴水の前、レイチェルが待っていた。
光はレイチェルにも降り注ぎ、マキナスの言った通り、幻想を創造した。
「レイチェル」
「この日がきたんだね」
「初めて君の描いた絵を見た時から、いや、きっと初めて会った瞬間から僕たちの運命は動き出したんだ」
「私も……あなたを……」
見つめ合った。もう障害はない。このまま愛を受け入れるだけ……
「この場所で、あなたを感じさせて……」
キスの瞬間。
唇は重なった。
仮面は微粒子となり消えていく。
仮面は溶けてなくなるように、肌を露わにした。
レイチェルの素顔。
眩しいくらいの美顔。
ん?
なぜ?
レイチェルの顔は、苦悩に満ちていた。
喜んではいない。
まさか?
私の顔が?
噴水の水面に顔を映した。
私の顔……
仮面が消えていない!!
片方だけ仮面が消えるなんて……
「僕は、君と結ばれる運命ではないらしい」
レイチェルは落胆して言葉を放った。
「そんな」
確かに私はレイチェルを愛している。それが偽りだというの?
「もしかしたら、僕の命は……」
「え? なんて?」
「いや、なんでもない。今夜は部屋に戻ろう」
予想外の展開。
どうして、こんなことに……
噴水の七色の光だけが、微かな希望に思えていた。
翌日からレイチェルの素顔を見ることができた。
メイドは整った顔立ちにうっとりしている。
様々なところで噂話が舞っていた。
レイチェルに誘われ、馬小屋に行くとダニーとケニーもレイチェルの素顔に驚いた。
「仮面が消えたのですね」
と、ダニー。
ただ、私の仮面が消えていないことを気にしているようだったけど、ダニーはなにも言わずに送り出してくれた。
森を馬で散策した。
レイチェルは無理に元気そうに振舞っているようだった。
「君は異国の人だから、仮面が消えるのに時間差があるのかも?」
「そうね」
そうであってほしい。
視線の先に野イチゴ。赤く実っていた。
「採ってあげよう。そのまま待っていて」
私は馬の上にいた。
レイチェルは馬から下りて野イチゴを摘みに向かった。
ん?
黒い煙? 黄色も混ざっている。
うわっ!
「レイチェル!!」
「来ちゃだめだ!!」
羽の音がレイチェルを包み込む。
「毒虫だ!!」
「え!!」
「イタッ」
「レイチェル」
馬を下りようとした。レイチェルを助けないと。
「馬から下りないで!!」
レイチェルは叫んだ。
「逃げて!!」
「だって……」
「僕はもう無理だ」
「いやよ。そんな……」
「はやく、逃げてぇぇーー」
レイチェルの大声に馬は反応し、急加速で走り出した。
どうにもならない。
「レイチェルーーー」
叫び声が森全体に響き渡った。