※※ ― こんなの おかしい ―
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湿地では、気を付けて足を踏み出さないと思いもよらない深さのくぼみに足をつっこむことにな
るのだ。
それは『くぼみ』ではなく、『穴』の可能性もある。
しかも、枯れ草が倒れてあしもとにかさなったこの季節、それは罠にもひとしい。
「おかしい、おかしい、おかしい」
吐きだす言葉に荒い息がかぶさる。
「こんなのおかしい、どうかしてる」
もう、ここにくるまでに何度も口にしたそれを、呪文のようにくりかえした。
そうすれば、このおかしな現実が、おかしな夢だったと気づくんじゃないかと思って。
「ありえない!あんなの嘘だ!こんなのおかしい!」
枯れた草といっしょに細い木を腕で倒す。
ばき、といい音がしたとたん、視界がぶれた。
「っひいい!」
冷たいとおもうよりも先に、腰から下が深いくぼみの水につかっていた。
「だめだ!だめだ!あんなの嘘のはずだ!」
さけびながら、くぼみのふちを手で探って、はいあがろうともがく。
ブーツの中には水のほかに泥のような感触がある。
「だめだ!だめだ!」
むこうに倒れた枯れ木をの先をつかみ、どうにか水からはいあがる。
「こんなの、だめだ!」
もう一度、現実をふりはらうようにさけぶと、がさり、と背後で枯れ草がおとをだした。
振り向く前に背中になにかが触れ、耳ではなく、頭の中で誰かの声がした。
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