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05:彼が死ぬ日


「森下たちの演奏、スゲー良かったな」


「うん! 私、バンドとか音楽のことって全然わからないんだけど、すごく楽しかった!」


 空き教室で昼食を済ませた私たちは、志麻くんの友達が組んでいるというバンドのステージを観に行っていた。


 楽器の派手な演奏と歌声を響かせる体育館の中は、合唱コンクールの発表なんかとは全然違う。


 その空間は、私にとって体験したことのない未知の世界だった。


 気後れしてしまうかとも思ったのだけど、そんなことは全然なくて、大きな声でコールアンドレスポンスというやつまでしてしまったほどだ。


「次はどうする?」


「うーん、そうだな……演劇が気になってるけど、出店もまだ見て回りたいし……」


「誰か撮ってるとは思うけど、やっぱ生で観たいよな」


「そうそう」


「し~ま~!」


「「ん?」」


 続く予定を考えている時、名前を呼ばれて私と志麻くんは同時にそちらを振り向く。


 そこにいたのはB組の栗林くんで、――去年は同じクラスだったから顔と名前を憶えていた――私たちの反応に驚いた様子で動きを止めていた。


「あ……悪い、えっと、しましまチャンの方」


「栗林くん、どうかしたの?」


 私と志麻くんが一緒にいると、どちらが呼ばれたのかわからないことも少なくない。


 コンビ名と同じく誰がそう言い出したのかは覚えていないけれど、いつしか一緒の時には私が『しましまチャン』、志麻くんは『しましまクン』と呼ばれるようになっていた。


 最初は不本意だったのだけど、今はもうわかりやすければなんでもいいと思っている。


「スミセンが呼んでたって、職員室」


「えっ、なんだろ……?」


「俺も一緒に行くか?」


「ううん、ちょっと行ってくる。連絡するから、志麻くんはどこか回ってていいよ」


「わかった、じゃあ待ってる」


 わざわざ呼びに来てくれたらしい栗林くんは、用事が済むとどこかに行ってしまった。


 呼び出されるようなことをした覚えはないけれど、先生に呼ばれているとなれば、無視するわけにもいかない。


 私は志麻くんと一旦別れることにして、小走りに職員室へと向かうことにした。


 学園祭で校舎の中はどこも賑わっているけれど、職員室の周辺では出し物が無いことから、こちらの方へやってくる生徒はいない。


 近道になる校舎裏を通って建物内へ移動しようとした私は、急な衝撃を受けてバランスを崩す。


「痛っ……!? な、なに……?」


「学園祭楽しんでる? しましまチャン」


「え、水田さんと……谷口さん……?」


 地面に倒れ込んだ私を見下ろしていたのは、先日コンビニ前で会った水田さんと谷口さんだった。


 私に向けられるその瞳が酷く冷たいものに見えて、背筋をゾワリと嫌な感覚が走り抜ける。


「あの、何か用かな? 私、先生に呼ばれてて……」


「スミセンの呼び出しなら嘘だよ。栗林に呼び出させたの、あたしだから」


「え……? どうしてそんなこと……」


 谷口さんがそんなことをする理由が見当たらず、二人の顔を交互に見遣る。


 私に用があるのだとすれば、純部先生からの呼び出しだなんて、どうして回りくどいことをするのだろうか?


「どうしてとか、わざとらし~。しましまコンビとかあだ名つけられて、自分だけ特別だと思ってるわけ?」


「な、なんの話……」


「とぼけてんじゃねーよ。ちょっと藤岡くんに気に入られてるからって調子こいて、アンタ何様?」


 悪意を向けられているのだということに、私はようやく気がつく。そして、その原因は恐らく志麻くんと一緒にいたことなのだろう。


 コンビニでのやり取りを見ていても、彼女たちが志麻くんに好意を抱いていることは明らかだ。


「ムカつくんだよ、大して可愛くもないクセに」


「そのビジュアルで藤岡くんの隣に立とうとか、鏡で自分の顔見たことないの?」


「っ……どうしてそんなこと言われなきゃいけないの」


 鋭利な言葉が胸に突き刺さる。自信なんてあるわけがないし、彼の隣に立つのにふさわしいなんて思ったこともない。


「私は彼に釣り合わないかもしれないけど、こんなことするあなたたちに、そんな風に言われる筋合い無いよ」


「うっさいな、口答えすんな!」


「きゃ、っ……!!」


 私の言葉にカッとなった水田さんが、手加減もなく私の肩を蹴りつけてくる。


 彼女たちに対話をする気があるようには見えない。


 まずはこの場から逃げ出すべきだと判断して距離を取ろうとするものの、それに気づいた谷口さんが背を向けた私に馬乗りになる。


 予めこうするつもりで準備をしてきたのだろう。そのまま組み伏せられた私は、後ろ手にロープのようなもので手首を拘束されてしまう。

 さらには木の幹にそれを固定されたことで、完全に身動きが取れなくなった。


「お願い、外して……!」


「フン、大人しくしてないからこういうことになるんだよ」


「学園祭が終わる頃には誰か気づいてくれるんじゃない?」


「こんなことして、何もなく済むと……ッむぐ!」


 抗議の声を上げようとする私の口にも、ダメ押しとばかりにハンカチが押し込まれる。それを吐き出さないよう、口の周りもぐるぐるとロープを巻かれてしまった。


「アハハ、いいカッコ!」


「じゃーね、しましまチャン♡」


「んんーッ!!!!」


 どうにか二人を引き留めようとする叫びも虚しく、私に手を振った水田さんたちは姿を消してしまった。


 喧騒(けんそう)は遠い。拘束を解こうと腕をひねったりもがいてみたものの、緩む気配はまるで無かった。


(そういえば、志麻くんに連絡するって言ったけど……スマホがあるの教室だ)


 空腹に思考を支配されていた私のポケットには、今は何の役にも立たないがま口の財布しか入っていないことを思い出す。


 彼は気がついてくれるだろうか? それとも、もう誰かに声を掛けられているだろうか?


 こんなことになるなんて想像できるわけがないのだけど、志麻くんに一緒に来てもらえば良かった。


 そんな後悔が現状を変えてくれることはなくて、私を置き去りにしたまま時間ばかりが経過していく。

 必死になってもがき疲れた頃には、とうとう後夜祭を告げる放送が流れ始めてしまった。


『自分だけ特別だと思ってるわけ?』


 胸の奥深くまで刺さった言葉が抜けない。

 そんなつもりはないと言ったものの、本当は心のどこかで特別だと思っていたのかもしれなかった。


 好きでいるだけじゃ足りなくて、想いを伝えようなんて欲張ったから、罰が当たったのだろうか?


(……好きって、言いたかったな)


 ジンクスに頼ろうとしたのがいけなかったのかもしれない。


 伝えるチャンスはきっといくらでもあったのに、今日まで勇気を出せなかった自分。


 志麻くんはもう誰かに告白をされているかもしれないし、もしかしたら志麻くんから……なんて考えて、瞳に熱いものが込み上げてくる。


 独りぼっちで静かな空間に、慌ただしい足音が大きく響いてきたのはその直後だった。


「ッ……千綿!!!!」


 見たこともないような必死の形相をして、駆けつけてきたのは紛れもなく志麻くんだった。


 私の姿を見つけた彼は驚いた顔をした後、すぐに拘束を解いてくれる。


 大きく肩で息をしている志麻くんは、もしかしてずっと私を探し回っていたのだろうか?


「ぷはっ……志麻くん、どうして……?」


「良かった、無事で……来るのが遅くなって悪い」


「志麻くんが謝ることじゃないよ」


 自由になった私の身体は、今度は志麻くんの腕によって拘束されてしまう。

 力が強くて少し痛かったけれど全然不快じゃなくて、自然と縋るみたいに背中に腕を回した。


「……後夜祭、始まっちゃったね」


「ああ。会えないままだったらどうしようかと思った」


「私も……」


 そっと志麻くんから離れると、改めて彼の顔を見上げる。

 心底安堵したような表情を浮かべている志麻くんは、本当に私のことを心配してくれていたのだとわかった。


 一度は心が折れかけてしまったけれど、結果がどうなろうと告白をすると決めたのだ。私は自分に嘘をつきたくない。


「千綿」


 だというのに、気持ちを伝えようと深呼吸をした私よりも一足先に、志麻くんに名前を呼ばれてしまう。


 どうしたのかと問い掛けようとした声は、私を見つめるあまりにも真剣な瞳に飲み込まれてしまって。


「俺は、千綿が好きだ」


 私が彼にそう伝えるはずだったのに、まさか志麻くんから告白を受けるなんて想像もしていなかった。


 こんなの都合が良すぎる。そう思うけど、志麻くんは冗談でこんなことを言う人じゃない。


 それをよく知っているからこそ、これは本当に現実なのだと実感して、自分の中にある驚きを嬉しさが塗り替えていく。


「志麻くん、私……」


 私も同じ気持ちなんだよ。そう伝えようとした刹那、何かが派手に割れるような音と共に志麻くんがその場に倒れ込んだ。


 地面に落ちていたのは、綺麗な白い花と割れて粉々になった大きな花瓶。そして、白を染め上げていく真っ赤な……――――。


「ど……して……なんで、はやく……だれか……ッ」


 動揺で上手く言葉が出てこない。

 怪我をしている。早く手当てをしなくちゃ。誰かを呼ばないと。


 半ば崩れ落ちるみたいに膝をついた私は、震える指で志麻くんに触れようとする。


 地面に打ち付けた肩が、今さらになってズキリと痛む。まるで、そこにあるのは現実なのだと私に知らしめるみたいに。


「ヒッ……!?」


 見開かれた志麻くんの目と目が合って、光のない瞳を見て確信してしまった。


「死ん……で、る……」


 幸せな時間になるはずだった。両想いになれたはずだったのに。


 私を探しに来たりしなければ、志麻くんは死なずに済んだ。


(こんなの嫌だ……もう一度、やり直せたら……)


 叶うはずもないそんなことを、薄れていく意識の中で願わずにはいられなかった。





『後夜祭で告白すると幸せになれる』





 あんなジンクス、うそっぱちだ。







 ◆






 そうして闇の中に意識を飲まれた私は、目覚めると学園祭の一週間前まで戻っていた。


 始めはどうなっているのか理解ができなくて、長い長い悪夢みたいなものを見たんじゃないかって。


 そんな風に思った一週間後の私は、別の場所でも志麻くんが死んでいくのを見て、ようやくこれが現実なのだと悟った。


 どうしてそうなってしまうのか、理由は今もわからないけれど。


 ひとつだけ確かなのは、後夜祭で志麻くんが私に告白をすると、彼が死んでしまうということ。


 だから私は決めたんだ。彼を死なせないために、大好きな彼に嫌われようって。


Next→「06:できることを」

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[良い点] 森下バンド。大きな声でコールアンドレスポンス、そこまで千綿も盛り上がったのか。最初は『なんかよく分からないけど楽しい』くらいだったかもしれないけど、ふと隣を見たら元気でノリノリが志麻くんが…
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