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22:願い事の結末を知る人


「純部先生、どうしてここに……?」


 保健室の扉をそっと閉めた純部先生の背後で、どういうわけかご丁寧に鍵までかける音がした。


 先生を相手にそんな必要もないというのに、志麻くんと眞白がベッドの上にいる私を守るみたいに立ち塞がる。


 けれど、先生は特に気にした様子もなく丸椅子を手に取ると、私たちから少し離れた場所に腰を落ち着けた。


「この状況は、ジンクスが原因……ってことでいいのかな?」


「え、どうしてそれを……?」


 思わず返事をしてしまったものの、保健室にいるだけの私たちを見てジンクスと関連付けるのは、部外者の発想ではないと思う。


 先ほどの発言といい、純部先生は間違いなく何かを知っているのではないだろうか?


「ループの原因がスミセンって、どういうことなんすか?」


 声音に警戒を纏ったままの志麻くんがそう切り出すと、純部先生は指先で眼鏡の位置を直してから口を開く。


「僕もずっと状況が呑み込めなかったんだ。急に学園祭までの一週間を繰り返すようになって、相談できる相手もいなかったからね」


 その言葉だけでも、純部先生が私たちと同じようにループを続けていることがわかる。


 私たちだって誰にも相談できずにいたのだから、大人ならなおさらこんな話をできる相手なんて限られるだろう。


 できたとしても、ネット上で相談をして馬鹿にされるくらいが現実的だと思う。


「僕の学生時代にも、ジンクスで運命が変わった奴がいたんだよ」


「っ……ホントですか!?」


「ああ、当時の僕の友人だった男だ」


 純部先生も関係者であると理解できた私たちは、それぞれにベッドや丸椅子に座り直して先生に向き直る。


 まるで授業を受けているみたいな状況だけど、授業以上に全員が真剣な表情で耳を傾けていた。


「友人――白石は、お世辞にも素行がいいと言える男ではなかったんだけど、同じクラスに好きな子がいたんだ」


「好きな子……ですか?」


「葉月さんっていう、いわゆる高嶺の花ってやつかな。すごーく綺麗な子で、お嬢様だった」


 先生が視線を向けた保健室のデスクの上には、綺麗な白いバラの花が一輪だけ飾られていた。

 この花が似合うような素敵な女性だったのかもしれないと想像を膨らませてみる。


「恋するパワーは強いよなあ。彼女に見合う男になりたいって、気づいたら別人みたいに好青年になっててさ」


「それは、すごいですね」


「だろ? 葉月さんの方も、そんな白石に好感を持ってたみたいでな。僕も二人は上手くいくと思ってたよ」


「……違ったんですか?」


 投げかけた質問にはすぐに言葉が返らずに、レンズの奥の瞳が少しだけ伏せられたように見えた。


「学園祭が終わった後、白石には恋人ができたよ。……高柳さんっていう」


「えっ、葉月さんじゃなくて……?」


 驚く眞白と同様に、私も突然の新たな登場人物に目を丸くしてしまう。純部先生は苦笑いをした後に、指を組んだ自分の手元に視線を落とした。


「高柳さんは、ジンクスを信じてる子だった。後夜祭で告白をするんだって言っていたのを、僕も聞いていたからね」


「けど、白石って人が心変わりした可能性とかあるんじゃないすか?」


「うん、普通はそう思うよな。……だけど、あいつ学園祭の朝、僕に言ったんだよ。どんな結果になっても、葉月さんに告白するんだって」


 先生の言い方から察するに、振られたからといってすぐに心変わりをするような男性ではないのだろう。


 それでも、そんな白石という人が選んだのは葉月さんではなく、高柳さんという女性だった。


 つまりそれは、ジンクスの力が人の心をも簡単に変えてしまえる、恐ろしいものだということなのか。


「恐ろしいものだと思ったよ。そんな力が本当に存在するなら、僕は絶対に使いたくないと思った」


 苦しそうに吐き捨てる先生の姿は、これまでの学生生活の中で一度だって目にしたことがない。


 だとしても、純部先生はそれだけの気持ちを抱えていて、ジンクスを使う決断をしたということになる。


「じゃあ……スミセンはなんで、ループなんて願ったりしたんだよ?」


 私の感じていた一番大きな疑問を、志麻くんが真っ向から投げかけてくれた。


 顔を上げた先生の瞳は、はっきりと眞白の姿を捉えている。


「……花江の願いを聞いてしまったら、願わずにはいられなかったんだ」


「あたしの、願い……?」


 自分の名前を挙げられるとは想像もしていなかったのだろう。眞白は怪訝な顔をして先生を見ているけれど、対する先生の微笑みはとても優しいものだ。


「嶋にいなくなれなんて、本心じゃないのは僕でもわかる。だけど、その直後に願いは叶えられてしまった」


「スミセン……聞いて、たの……?」


「偶然な。そんな大きすぎる願い、後悔しきりの人生になるだろ? だから……少しだけ戻してやれないかと、願ってみることにしたんだ」


 この世界が絶望の日々を繰り返していたのは、純部先生の願いによるものだった。けれど、それは彼の意図した通り眞白を救うものだったのかもしれないと思う。


 私が死んだ世界の先で、自分の過ちを背負ったままの眞白は、戻ることのないその現実に耐えきれなかったかもしれないのだから。


「まさか、ループするとは思ってなかったんだけどな」


「……純部先生」


「おい、千綿?」


 ベッドから降りて、置かれていた上履きを履くこともせずに純部先生のところへ向かう私に、志麻くんが驚いた声で呼びかける。


 いつからか簡単に溢れるようになってしまった涙をそのままに、私は座っている先生の首元に抱き着いた。


「っ……嶋? どうした急に……」


「ありがと……ッ、先生、ありがとう……!」


 私が死んだままだったら、眞白にこの先ずっとずっと後悔させるところだった。


 ループが無い世界だったら、志麻くんを失ったままの世界で生きなければならなかった。


 その瞬間の先生の判断が、私たち三人の暗闇みたいな運命を大きく変えてくれたのだ。


「っ、あたしも……ありがと、スミセン」


 純部先生にしがみつく私の隣から、やってきた眞白が同じように先生の首元に抱き着く。


 女子二人に囲まれて先生は困ってるようだったけれど、私たちの気の済むまで優しい大きな手が遠慮がちに背中を撫で続けてくれていた。









「……それじゃあ、次の後夜祭が最後になるんだな」


 授業があるからと一度解散をした私たちは、放課後になってから改めて空き教室に集まっていた。


 最初は一人ぼっちだと思っていたのに、気づけば心強い味方が三人も傍にいてくれる。


「多分だけど、今朝の千綿の状態を見ても次は無いと思った方がいい」


「そうなると、千綿が何を願うかが重要になるよね」


 かなり責任重大な状況ではあるものの、私以外の三人はすでに願い事を叶えてしまっている状態だ。


 口に出した願いが叶うということを前提として、慎重に考えなければならない。


「二つは叶えられないなら、一度で全部解決できないとダメだもんね」


 もしも私の願いを叶えることができないまま、私の命が終わりを迎えたらどうなるのだろうか?


 また志麻くんの命が代わりになるのか、それとも二度目の死に彼の願いは適用されないのか、ループはその後も続いていくのか。


 考えたところで、何もかもが未知数の世界だった。


「学園祭までまだ時間はある」


「……うん、そうだね」


 願い事の内容だけではない。私にはまだ、抱えている不安が残っている。


 いなくなれという眞白の願いで、私は命を落とすことになった。


 少しだけ時間を戻したいという純部先生の願いで、一週間のループが始まった。


(願い事の内容が、きちんと意図した通りに叶えられるとは限らないんだ)


 私たちの願いに対して、その願いを叶えるジンクス側が伝えられた言葉をどう捉えるのか。


 そんなはずじゃなかったと思っても、もうやり直しをすることはできないのだ。


 みんなが願う内容を議論する中、これまでにないほどの大きなプレッシャーが、私の肩にのしかかってきているのを感じていた。


Next→「23:やり直しのきかない願い」

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