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18:始まりの願いは隣に


 あんなに泣いたのは久しぶりのことだったから、寝て起きてからも頭痛が尾を引いていた。


 志麻くんの死を目の当たりにした時もそうだったけれど、その後は一週間前に戻るからどれだけ泣いても変わりはなかったのだ。


 今朝もまだ目元が腫れぼったい気がするものの、気持ちはどこか晴れやかに感じられる。


「千綿、おはよう」


「……おはよう、志麻くん」


 昇降口で顔を合わせた彼に、あれこれと考えずに挨拶ができる朝。


 少し前までは当たり前の光景だったというのに、今はそんな些細な言動ですらできることが嬉しい。


「そういえば、あの看板ってそろそろ完成か?」


「うん。最初の時にもっとこうすれば良かったなって思ったとこ、色々改善もしたから。結構いい出来だと思う」


「そういうのだけは、記憶が残ってんのも得だな」


 私と志麻くんにだけ、みんなの知らない記憶が残っている。それを喜ぶほど頭の中はお花畑ではないけれど、ちょっとくらいは有効活用しても許されるだろう。


 教室に入ると、先に登校していたらしい眞白が私の姿を見つけてこちらにやってくる。


「おはよ。千綿と藤岡くん、もしかして一緒に登校?」


「違うよ、さっきたまたま!」


「ふーん?」


 軽く挨拶を返した志麻くんは、荷物を置くために自分の席へと離れていく。


 何人かの女子に囲まれている姿をちゃんと見るのは久々のような気がする。それでも、以前のように胸がざわつくことはない。


 彼の気持ちを知っているというのもあるかもしれない。けれど、それよりも今は他にやるべきことがあるというのが大きいのだろう。


 いつも通りに授業を受ける一方で、私の頭の中はループに関することでいっぱいになっていた。


「そもそもの発端として、千綿がどうして死んだのかってところが重要だと思うんだよな」


 空が分厚い雲に覆われた今日みたいな日は、冷えるからと外に出たがる生徒はあまり多くない。


 それが好都合だとばかりに、今日の昼食は中庭で済ませることにした。腰かけたベンチの上で、隣に並んで座るのは志麻くんだ。


「私が死んだのも、偶然じゃなかったってこと……?」


「俺もすぐ気絶したし、確認して回ったわけじゃないから確実ではないけど」


 食べかけの焼きそばパンを見下ろした志麻くんは、難しい顔をしながら周囲をぐるりと見回している。


「片付けもほとんど終わってて、火の扱いなんてしてないような場所だった。それなのに爆発が起こって、千綿にだけピンポイントに当たるのかって」


「絶対に無いとは言い切れないけど……」


 その可能性を否定しきれないのは、私自身が何度もあり得ない死を目の当たりにしているからだった。


 思えば初めて志麻くんの死を目にした日、落ちてきた大きな花瓶は、そもそも危険な置かれ方をされていること自体が不自然なものだった。


 志麻くん目掛けて突っ込んできたトラックも、閉じられた防火扉も、それ以外も。


 どれほど安全な場所にいるとしても、絶対に彼を死へ導こうとする明確な意図が働いているように思えたのだ。


「……誰かが、私に死んでほしいと思ったのかな」


 思い至ったのは、できればあってほしくはない現実だった。死を願われるほどに人に恨まれているだなんて、心当たりはない。


(いや……心当たり、あるのかも)


 死を願うなんて極端すぎると思うけれど、自分の手で実行するわけではない。頭の中で考えるくらいなら、軽い気持ちでそうしてもおかしくはないだろう。


「ループを知らなかったから、ずっと聞きそびれてたんだけど」


 続く志麻くんの言葉に、その先の質問内容なんてわからないはずなのに、私はなぜかぎくりとしてしまう。


「千綿にとって最初の学園祭の時、誰がお前を縛り上げたんだ?」


「それは……」


 縛り上げられた本人なのだから、私は当然犯人を知っている。そして、その人物――水田さんと谷口さんが、私のことを心底嫌っているであろうことも。


「そいつが元凶だったりするんじゃないのか?」


「だとしても……不思議じゃないと思う。だけど……」


 彼女たちが私の死を願った張本人だとすれば、すんなりと納得できるだろう。その疑惑の一方で、漠然と何かが引っかかるのを感じていた。


 普通に考えればあれだけ真正面から敵意を向けられているのだから、最有力候補であることは間違いない。それでも。


『あのさ、わたしら後夜祭で藤岡くんに告白するから』


 面と向かって告げられた告白宣言。裏でこっそり私を縛り上げるような姑息な手を、彼女たちは一度使っている。


 それならば、再び似たような手を使うハードルは下がるはずだと思うのに、そんな風にわざわざ宣言をしてきたのだ。


 自分の願いをきっかけに、好きなひとが死ぬ運命のループに陥ったとすれば、あんな風に冷静でいられないだろうとも思う。


「ループの記憶が残らない可能性もあるのかもしれないけど、その犯人とは……無関係な気がする」


 彼女たちにはループの記憶がない。私の目線では、その方が自然に感じられた。


 志麻くんは何かを言いたげにこちらを見ていたけれど、どうやら納得したらしく焼きそばパンを頬張っている。


「そっか。……けど、そうなってくるとますますわかんねえな。千綿を恨むような奴って」


「私にそんなつもりがなくても、気づかないうちに嫌な思いをさせてることはあると思うから」


「にしてもなあ……」


 お母さんの作ってくれた甘めの玉子焼きを口にしながら、再び振り出しに戻った犯人探しに私も頭を悩ませる。


 志麻くんとの共通点を考慮しても、願いは後夜祭の時間帯に叶えられるもので、おそらく学校内の人間なのだろう。


 犯人と呼ばれる人物が、本当に存在するならの話なのだけど。


「……誰の願いでもなくて、後夜祭でただ私が死ぬ運命だっただけだとしたら」


 もしもそれなら、私はただ志麻くんを無駄死にさせ続けていることになる。それは自分の死を願われることよりもつらい。


「それはない」


「志麻くん……」


 証明なんてできないはずなのに、志麻くんがきっぱり言い切ると本当にそうなのではないかと思えてしまう。


 もしかしたら、私が未来を諦めないようにそう言ってくれているのかもしれないけれど。


「……もし、私の死を願った人がいるとして。その人を見つけたら、ループを終わらせることはできるのかな?」


「わからない。それでも、手元にある情報は多い方がいいだろ」


 私たちが解決すべきなのはループだけではなく、最終日に必ず訪れる死の運命に関しても同様だ。


 もしも志麻くんが命を落としたまま新しい日がやってきたら、もう時間を戻すことはできなくなってしまう。


「俺が身代わりになるって願いも、いつまで続くかわからないしな。こんな状況じゃ、何が起こっても不思議じゃない」


「うん。いっそ、校内放送でもかけてみようか」


「それもアリかもな。他に記憶のある奴がいるなら、間違いなく関係者だろうし」


 そんなことを話しつつ、昼食を終えた私たちは次の手を考えながら立ち上がる。


 失敗すればまた一週間前に戻されてしまうのだから、授業をサボってでも情報収集に走るべきなのかもしれない。


 そうして室内に戻ろうと校舎の角を曲がった時、足元にしゃがみ込む大きな影に私は思わず悲鳴を上げてしまった。


「きゃっ……!? え……眞白……?」


「花江?」


 そんなところに人がいるなんて考えもしなかったものの、見ればそれはよく知った相手だということに気がつく。


 蹲って自分の肩を抱いている眞白はなんだか小さく震えているようで、心なしか顔色も悪く見える。


「大丈夫? 眞白、どこか具合……」


「…………し、なの……」


「え、なに?」


 掠れた声で小さく落とされた言葉を聞き取ることができなくて、隣にしゃがんだ私は彼女に耳を近づける。


 こちらを見ようとしない眞白は、音もなく何度か口を動かした後に震える声でこう紡いだ。


「千綿を殺したのは……あたしなの」


Next→「19:恋をしただけなのに」

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