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13:どうしても好き


「志麻くん、放課後ちょっと話があるんだけど!」


 朝目が覚めて支度を済ませた私は、居ても立っても居られずに駆け出したその足で教室へと飛び込んだ。


 目が覚めたといってもほとんど眠ることはできなくて、朝になるのがこんなにも待ち遠しいことはなかった気がする。


 ただ、教室の中に志麻くんの姿は無かった。


 驚いたクラスメイト数名の視線がこちらに集中していて、さすがに先走りすぎたと気づいて恥ずかしくなる。


「……嶋ちゃん、おはよう。藤岡くんならまだ来てないよ」


「そ、そっか……」


 ひとまず自分の机に鞄を置いてみたものの、私以外の人にとってはいつも通りの日常のひとコマなのだ。


 私の気持ちが焦ったところで、同じように志麻くんの行動まで速まるわけではない。


「放課後呼び出しって、嶋ちゃんもしかしてそういうこと……?」


「へ?」


「マジ? しましまコンビ、遂にカップル成立しちゃう!?」


「学園祭まで待てなかったかぁ~!」


「ちょ、そういうのじゃないから……!!」


 広瀬さんの発言を皮切りに、勝手に盛り上がり始めるクラスメイトたちに顔が熱くなるのを感じる。


 確かに放課後の呼び出しだなんて、告白だと取られても不思議ではない。実際には、告白を阻止するための呼び出しなのだけど。


 そんなことを知る由もない彼女らには、慌てて否定する私の声など届いてはくれないらしい。


「の、飲み物買ってくる……!」


 居た堪れなくなった私は、がま口財布を手に教室を飛び出して自動販売機へと向かうことにした。


「きゃっ……!?」


 一秒でも早く教室から離れようと考えていたせいか、廊下を歩いていた生徒と思いきりぶつかってしまう。


「ご、ごめんなさい……!」


「いや、大丈夫……あれ?」


 驚いてこちらを見た彼女の顔にはよく覚えがあった。水田さんと、その隣には谷口さんの姿もある。


 向こうも私の顔をしっかり覚えているらしく――そういえば、最初に会った時にも私という存在を認識していたと思い出す――露骨に嫌な顔をされてしまう。


「なんだ、しましまチャンじゃん」


「超痛かったんだけど、もしかしてわざとぶつかってきた?」


「ち、違うよ……! 急いでて……っ」


 相変わらず私に嫌な態度を取ってくる二人には、コンビニでのことも学園祭当日のことも当然記憶には無いはずだ。


 痛い痛いと大袈裟に腕を押さえる水田さんが、こちらに距離を詰めてくる。


 仕返しでもされるのかと思った私は身構えてしまうけれど、さすがに人目のある場所で学園祭の時のようなことはしないだろう。


「あのさ、わたしら後夜祭で藤岡くんに告白するから」


 耳打ちをする形で私にそう伝える水田さんは、すでに告白が成功する未来が見えているような顔をしている。


「正々堂々教えてあげたんだから、順番守ってよね。しましまチャン?」


 どの口が正々堂々などと言うのか。そんな風に言い返したかったけれど、今の彼女はまだ私に対して何も悪いことはしていない。


 告白に順番も何もないとは思いつつも、私は彼女の視線を真正面から受け止めた。


「そんな必要ないよ。私は告白とかするつもりないから」


「は……?」


 きっぱりと言い切った私の言葉が予想外だったのか、水田さんだけでなく谷口さんも呆気に取られている。


 それ以上話すこともないと彼女たちの横を通り過ぎると、私はその場を離れて足早に自動販売機を目指した。


(……あの後、やっぱり告白してたのかな)


 私を縛り上げて消えていった後、あの二人がどうしていたのかと考えたこともあった。


 最終的には志麻くんが助けに来てくれたけれど、彼女たちが志麻くんを探し出して告白をするくらいの時間はあったはずだ。


(それとも、後夜祭を待ってたからしてないのかな)


 考えても仕方がないし、その世界はもうとっくに消えて無くなってしまっている。


 それでも、自分には叶えられなかったことを彼女たちはできたのかもしれないと思うと、急に息が詰まるみたいだった。


「千綿」


「っ……え、志麻くん……?」


 自動販売機を見つめながらそんなことを考えていた時、名前を呼ばれて反射的に振り返る。


 私が想像で生み出したのではない。そこに立っているのは、紛れもなく本物の志麻くんだった。


「どうしてここに……?」


「教室行ったら広瀬が教えてくれた。自販にいるって」


 よく見れば、志麻くんの肩には鞄が掛けられたままになっている。荷物も置かずに私を探しに来てくれたのか。


「あの……志麻くん、あのね」


「うん」


「昨日はごめん。ちょっと、頭の中ごちゃごちゃしてて」


「気にしてない。体調は?」


「平気。今日は元気だよ」


 酷い態度を取っていたのに、志麻くんは本当に言葉そのまま気にしていない様子で、私の体調まで気遣ってくれる。


 それどころか、私の返答に安心したみたいに口元を緩ませてすらいた。


(……大好き、だなぁ)


 ジンクスなんて関係なく、今この場で告白をしたら後夜祭のループが無くなってくれたりはしないだろうか?


 そんな希望に縋りたくなる気持ちを押し殺して、私は本来の目的を果たすために口を開く。


「あの、放課後に話したいことがあるんだけど……時間ありますか?」


「なんで敬語」


「いや……なんとなく」


 ここで伝えてしまっても良かったのだけれど、万が一にも志麻くんに食い下がられるようなことがあれば、授業の開始までに時間を食ってしまう。


 中途半端になって結局告白をされる流れになっては意味が無いからと、私はきちんと話し合いができる時間を作りたいと考えていた。


「放課後か。……それなら」


「?」





 ◆





 時間を作ってくれるという志麻くんに誘われて、私は彼と共に放課後のコンビニへと足を運んでいた。


 学園祭の準備に必要なものの買い出しをするという理由だったけれど、私としても他の生徒の目につかない場所で話せるのはありがたい。


 買うものは既に決まっていたらしい志麻くんが会計を終えるのを待って、近くの公園へと移動した。学校とコンビニとの中間地点にある小さな公園だ。


 元あった遊具のいくつかは危険だからと撤去されてしまい、遊具と呼べるようなものはもうブランコと鉄棒くらいしかない。


 遊んでいる子どもの姿もなかったので、私は志麻くんと並んでブランコに腰を下ろした。


「やべ、村田にホチキスの芯頼まれたけど忘れた」


「え、買いに戻る?」


「いや……(のり)で代用させる」


 いざ話ができる状況になると、どうやって話を切り出したらいいのだろうかと思考が停止してしまうのだが。


 言葉を探している私の横で買い物袋の中を確認していた志麻くんが、そんなことを言い出すので思わず笑ってしまう。


「ふふ、怒られないかな」


「大丈夫だろ。自分で買いに行かないのが悪い」


 教室に戻った後、村田くんが怒る様子が目に浮かんで申し訳なくなるけれど、志麻くんは買いに戻るつもりもないらしい。


「……なんか、千綿の笑った顔久しぶりに見た気がする」


「え……そう、かな……?」


 私の顔をまじまじと見る志麻くんがそんなことを言うので、気まずくて無意識に視線を泳がせてしまう。


 ループが始まってからずっと苦しいばかりの時間だったから、こうして何気ない時間を一緒に過ごすのは随分と久しぶりのように感じる。


 いつもは何でもないことで笑い合っていたのに、そんな日々が遠い昔のことのようだ。


「これ食ったら、もっと元気になるかも」


 そう言いながら袋の中を漁る志麻くんは、小さな何かを取り出して私の方に差し出す。


「千綿に似てたから」


 それを見た私は、その瞬間に呼吸が止まってしまったんじゃないかと思った。


「え、っ……千綿……?」


 聞こえる声で焦っていることがわかる志麻くんの表情は、視界が歪んでしまってはっきり見ることができない。


『……これ、千綿に似てる』


 同じ声で、同じことを言ったあの日の志麻くんの姿が脳裏にはっきりと蘇る。


 彼の手元には、小さなプラスチック容器に入ったパンダの形をした和菓子があった。


「ッ……も、むり……」


 これまで内側にせき止めていた感情が一気に押し寄せて、涙が次から次へと溢れてくる。


 私はただ志麻くんのことが好きだっただけで、志麻くんは私に告白しようとしてくれただけ。


 青春の一ページによくある、ごくごくありふれた日常。失恋の痛みを負うことがあるとしても、こんな悲しみの世界を繰り返す理由なんてない。


「志麻く……っ、お願い……好きって、言わない、で……」


「千綿、なにを……?」


「もう、こ、くはく……しないで……ッ」


 しゃくり上げてしまって上手く言葉を紡げない。それでももう、私は必死にそう伝えるしかなかった。


 きっと志麻くんを困らせてしまっている。彼がしばらく黙り込んだ後、鎖が音を立てて揺れたので立ち上がったのだとわかった。


 地面に落ちた袋も放置で正面まで移動してきた志麻くんは、その場に膝をつくと強張った顔をして私の手を取る。


「…………千綿、これは可能性の話だけど」


 抑えることもできずに感情のまま泣いたからか、頭がガンガンと痛む。瞼も重い。


「俺の願いが原因かもしれない」


 だから、志麻くんが言った言葉の意味をすぐには理解することができなかった。


Next→「14:本当に死ぬべき人」

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