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12:嫌いになってよ


 何度繰り返しても世界は変わらない。


 目覚める朝だけがより憂鬱さを増していて、もう私の力ではどうにもならないのかもしれないと、諦めにも似た感情が渦巻いていた。


「千綿、大丈夫か?」


 登校をして一番に話しかけてくれたのは志麻くんで、私の顔をじっと見つめている。


 本来ならそんな行動にドキドキしていただろうに、今の私は志麻くんの顔を見ていられなくて、目を逸らしてしまう。


「大丈夫。ちょっと……今日は頭が重くて」


「そうか。無理しないで保健室行って休んだ方がいい」


「うん、酷くなりそうならそうする」


 素っ気ない態度を気にするわけでもなく、志麻くんは私の体調を気遣ってくれる。


 憂鬱すぎて頭が重いのは本当だけど、嫌いになってほしいなんてお願いをするのに比べれば、気持ちはずっと軽かった。


「学園祭の準備も、俺が代わるから遠慮するなよ」


 そう言って、頭に優しく触れる大きな手。その温かさに彼が生きていることを実感して、無性に泣きそうになってしまう。


「…………ありがとう、志麻くん」


 つらい毎日を繰り返すなら、いっそ学校になんて来なければいいのに。


 希望も持てないままこうして登校してきてしまうのは、生きている志麻くんの姿を目に焼き付けたいからなのかもしれない。


 嫌われる努力をする気にもなれずに、私はそのまま無気力な一日を過ごしてしまった。







「千綿ー、そろそろ帰ろ?」


 放課後になって、帰り支度を終えた眞白が鞄を手に私の方へと歩いてくる。


 無心になって作業を続けていたので、顔を上げた時にはクラスメイトの大半が教室内から姿を消していた。

 場所を確保するために机を後方に押しやった教室内は、やけに広く感じられる。



「ごめん、もうちょっとだけやってくから。先に帰ってて」


「そう? 頑張るねえ。あんまり遅くならないようにね」


「うん」


 眞白は何かを言いたげな様子にも見えたけれど、私が作業に戻るとそれ以上話しかけてくることはせずに、教室を出ていった。


 キリもいいということで、同じように残りの生徒たちも一人、また一人と帰宅していく。


「……千綿、手伝うぞ」


 床に寝かせた看板に赤い絵の具で文字を書いていると、落とされた声と共に少し汚れた上履きが視界に入る。


 顔を上げると志麻くんがしゃがんでいて、思ったよりも近い距離で目が合ってしまう。


「だ、大丈夫」


「つっても、もう誰もいないし。二人の方が早いだろ。どこまで――」


「っ、いいから……!!」


 筆を取ろうとする志麻くんに、咄嗟に手が出てしまった。ぶつかった手元から弾かれた筆が、教室の隅まで転がっていく。


「あ、ごめ……」


 私の持っていた筆の先がぶつかったのだろう。志麻くんの手には、べったりと赤い絵の具が付着していた。

 そこから重力に逆らいきれない液体が床に垂れて、点々と赤い色を散らす。


 それがまるで本物の血のように見えて、彼の手を傷つけてしまったあの日がフラッシュバックする。


「一人で、やりたいから……志麻くんは帰って」


「…………わかった、邪魔して悪い」


 急に手を叩いたりして、怒っても不思議ではないのに。


 静かに言葉を紡いだ志麻くんは立ち上がると、転がった筆を拾って元あった場所へと戻す。そうして鞄を持って教室を出ていった。


(機嫌……損ねたかな)


 志麻くんは感情を表に出して激怒するようなタイプではないから、内心では凄く怒っているかもしれない。


 もしくは、情緒不安定な女に呆れているかも。それなら、今度こそ告白は諦めてくれるかな。


 そうなったら嬉しい。悲しいけれど、嬉しい。そんなことを考えていると、廊下の方から足音が近づいてくるのが聞こえた。


 まさか志麻くんが戻ってきたのかと思ったものの、扉を開けてやってきたのは純部先生だった。


「嶋ァ、もう時間遅いぞ」


「すいません、つい夢中になって……」


 先生は私の顔を見ても特に驚くわけでもなく、他の生徒が散らかしたままの道具の片付けを始める。


 見れば外は暗くなり始めていて、さすがに私も帰る準備を始めることにした。


 無心になって看板づくりを進めていれば、ここだけ時間が止まるような気がしたのに。現実は無情にも今日という日の終わりに近づいていく。


「喧嘩したのか?」


「え……?」


 脈絡のない問い掛けに、床に垂れた絵の具を拭き取っていた手が止まる。


 対して純部先生は少し離れた場所で片付けを進めながら、こちらに視線を向けることもなくもう一度口を開いた。


「藤岡がな、こんな時間で心配だから様子見てほしいって」


「志麻くんが……?」


「アイツ的にはバラしてほしくなかっただろうけどな」


 そうして少し悪戯っぽく笑う純部先生は、ざっくりまとめた道具をロッカーの上に乗せる。


 こうして一対一で話をするのは、面談以外ではほとんどないことかもしれない。


「今朝は体調も悪そうだったからって。今はどうだ?」


「今は……大丈夫です」


 今朝、私が頭が重いと話していたのを覚えていたのだろう。あんな態度を取ったのに、私のことを心配して純部先生に伝えてくれていたのだ。


(どうして、そんなに優しいんだろう)


 こんなに嫌われたいと思っているのに、志麻くんが相手だとどうしても上手くいかない。


 水田さんや谷口さんのように、私にそのつもりがなくても私のことを嫌う人だっている。だというのに、一番嫌いになってほしい人にはそうしてもらえない。


 先生がそこにいるというのに目頭が熱くなりそうで、私は誤魔化すように絵の具をゴシゴシと拭い取る。


「……先生」


「ん?」


「後夜祭のジンクスって、いつからあるんですか?」


「ジンクスって、告白すると幸せになれるってやつか?」


 窓の戸締りを確認していた純部先生は、私の問い掛けにその手を止めてこちらに向き直る。


 先生と共通の話題なんてすぐには浮かばなくて、眞白が話していたことを思い出したのだ。


「僕が入学した時にはもうそんな噂があったなあ」


 自分の顎を撫でながら思い出すように視線を遠くへ投げる先生は、やはりその起源には思い当たらないらしい。


 先生がジンクスを作ったわけではないのだから、当然といえば当然なのだろうけど。


「純部先生も、告白したことあったんですか?」


「あはは、僕はしてないよ。当時は好きな子もいなかったし、される側でもなかったな」


「そうなんですね」


「友達はしてたけど……結果はどうだったかなあ」


 肩を竦めて見せる先生は私の前にしゃがみ込むと、看板を片付けるのを手伝ってくれる。


 絵の具を拭ったティッシュは真っ赤に染まっていて、私の手も同じように赤い絵の具まみれになっていた。


「うちの学校、琴葉ノ学園(ことはのがくえん)っていうだろ?」


 急に話題が切り替わった気がして、手元に落としていた視線を先生の方へ向ける。


「元々は”言の葉”を由来としたなんて話もあったりしてな、言葉の学園なんて言われたりもして」


「知らなかった……そうだったんですね」


「ああ。だから、そこから『言葉にした願いを叶えてくれる学園』なんて噂が広まったって説もあるらしい」


「調べたんですか?」


「ジンクスは本当なのかって、毎年生徒に聞かれるからなあ」


 純部先生は話をしやすい分、そうした噂についても尋ねやすいと思われるのだろう。


 困ったように笑いながらも、知りたがる生徒のためにわざわざ調べてくれている。そういうところが、先生が好かれる所以(ゆえん)なのだ。


「言霊には力があるともいうし、ジンクスを信じる人間が増えたことで、噂が本当に力を持つこともあるのかもな」


 確かに、はっきりと形があるわけでもない噂話が、人づてにジンクスとして広まったのだ。そういうこともあるのかもしれない。


 先生の言う通り言葉が力を持つのだとすれば、私の言葉には力が無いのだということになる。


 こんなにも嫌いになってほしいのに、志麻くんにはそれが伝わらないのだから。


(それとも、志麻くんの言葉の方が力が強いってことなのかな……?)


 私に好きだと伝えてくる彼の言葉は、どこまでもまっすぐで他に揺らぐことがない。


 もっと強い意思を持たなければならないのなら――そう思った時、私の頭の中にひとつの選択肢が浮かび上がる。


(嫌われることに必死で、告白しないでってお願いしたことなかったかも)


 志麻くんからしてみれば、あるかもわからない告白を先読みする気味の悪い女と映るかもしれない。


 それでも、ここまでやっても嫌われることができないのであれば、自意識過剰だと思われても可能性はあるのではないだろうか?


「先生、私もうちょっと頑張ってみようと思います!」


「おお……? やる気になってるのはいいが、さすがにもう帰りなさい」


 急に立ち上がった私に困惑する先生をよそに、新たな目標ができたことで自分の中に力が湧いてくるのを感じていた。


Next→「13:どうしても好き」

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