グルーミング
荒井理代が住む村は、令和とは思えないほど閉鎖的だった。野菜畑と田んぼしかない田舎だが、その実情は大昔の村八分文化を受け継いでいた。
理代は農家の娘で、毎日農作業に追われていたが、突然体調不良になった。検査をしたら、疫病の陽性だった。意外と症状は軽くあっという間に身体は治ったが、問題はその後だった。疫病をひろげているのは理代だと噂が立ち石を投げられた。これは理代だけでなく、都会から越してきた若い夫婦も難癖をつけられ、村から追い出されていた。
本当はこんな村を出たい理代だったが、年老いた死父母の介護もあり、出られない。令和的な言葉でいえばヤングケアラーだったが、忙しくてネットをする時間もない理代は、そんな言葉は知らなかった。
本人はこんな田舎暮らしに不満はなかったが、時々逃げたくなる事もあった。白馬の王子様がやってきて自分を攫ってくれたら良いのにと妄想する事も少なくなかった。本人は気づいていなかったが、心の奥底では今の生活に疑問はsった。
そんな理代は、家の裏山に行くのが好きだった。誰もいないし、足腰を動かして山に登っていると、だんだんと心は静まっていた。特に湧き水がでる場所がお気に入りだった。サラサラとしたせせらぎの音を聞いていると、少し心は癒される。湧き水を口に含むと生き返る気分だった。
「もしもし、お嬢さん」
「きゃ!」
湧き水を飲み、ホッと一息ついていると、誰かに話しかけられた。しかも人間ではなく、理代は悲鳴をあげてしまう。
理代に話しかけてきたのは、蛇だった。しかも大きな蛇で、理代の身体の倍はありそうだった。白い蛇だが、大きな龍にも見える。
なぜ人間の言葉を話しているの?
疑問に思ったが、この辺りには大蛇伝説があるのを思い出す。森に住む蛇に願いを言うと叶うらしい。村の神社でも大蛇が祀られていた。
その事を思い出すと、ファンタジー展開も違和感はない。むしろ、願いが叶ったりしないかワクワクしてくる。それに蛇の声も深く優しげで、悪い存在には見えない。
「理代、辛かっただろう」
「うわーん!」
蛇は理代を労ってくれた。優しい声で慰められ、介護や陽性での差別などの苦労を泣きながら語る。思えば理代には、理解者はいない。家族や友達がいても心を受け止めて理解はしてくれなかった。
こうして蛇に心を開いた理代は、毎日のように裏山に通った。鬱蒼とした山の中ではあったが、こうして蛇と一緒にいるのが憩いの時間にもなっていた。蛇は、なんでも理代の言う事を優しく聞いてくれて、すっかり信頼していた。理代が蛇と身体を重ねるのも時間の問題だった。その手段の詳細についてはここでは詳しく書かないが、理代はすっかり信頼していたので、怖い事もなかった。むしろ、閉鎖的な村に閉じ込められている理代にとっては、当然の成り行きにも思ったりしていた。
そんな事が数ヶ月続き、理代のお腹も大きくなってきた。不思議な事に普通の赤ん坊にように10ヶ月をまたず、すぐに生まれてしまった。
生まれてきた子供はあれよあれよと大きくなり、巨人になってしまった。裏山も踏みつけ、理代の身体もあっけなく潰された。
「なんで、なんで、巨人なの……」
その答えは理代が聞くことはないだろう。
「もしかして、わたし、騙された?」
グリーミングという手段で騙されたわけだが、それを認めるのはしゃくだった。むしろ、無理矢理蛇を愛していたと自分に言い聞かせていた。人間は自分が間違っていると認めるのが難しい。どんなに悪い相手も、「実はいい人だった」と言うのもそんな心理が影響している。
「いや、騙されてない、騙されてなんかいないわ」
息も切れかけながらもついに自分が間違っていた事は認められなかった。
しかし、突然目の前の風景が変わり、いつもの湧き水の場所に戻っていた蛇も巨人もいない。どうやら夢だったようだが、理代は身体の震えが止まらない。
「甘い話には裏があるかも……」
こんな夢を見た理代は、そう強く思ってしまった。