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龍神の贄

 これは昔、昔の物語だ。ある小さな農村では、疫病や天候不良で、作物が取れずに困っていた。人がバタバタと死んでいき、村人の一人は「死神でもいるんじゃないか?」と呟くほどだった。


 困った村人達は、神社に縋った。数少ない村の鶏を殺して捧げ、神主は神からの言葉を待つ。


「どうか、龍神様。神託を」


 神主は熱心に祈り続けた。


 村の神社は、龍神を祀っていた。神社の至るところには、龍神を模った像が建てられていた。この像を拝むと、良い事が起きると信じられていた。実際、金持ちになった農家がいた。


 何時間祈ったか。神主が祈りで疲れかけた頃、ようやく龍神からの言葉を受けとる。それは、神主が想像しないものではあったが、言われたこ事なので、従うしかなかった。


 受け取った言葉通りに、白い矢を村一番に金持ちのいる家に投げる。手紙も入れた。


「龍神さまのご神託です。村一番の美女、一ノ瀬千冬を生贄として龍神がご所望だ。どうか、堪忍を……」と書いた。


 村では、昔、生贄を捧げる風習があった。すっかり廃れてはいたが、これが抜群に効果がある儀式で、何度も村の危機から救われた事も記録に残っていた。生贄は誰でも良いわけでもなく、子供や美しい処女が犠牲になる事がの多かった。


 神主は悪いと思いながらも、龍神には従う他なかった。


 その知らせを聞いた生贄、いや千冬は泣いて嫌がった。当然である。


「こんな役目は、下女のサエがやれば良いんだわ!」


 千冬はわがままなお嬢様だった。両親も大事な娘を取られたくはない。結局、同じ家で働いている下女、サエが生贄になる事になってしまった。


 サエは身寄りがなく、学もなく、いつも千冬にもいじめられていた。本人は、もう慣れてしまって仕方ないと思っていたが、生贄になるとは、話が別だ。


 そもそも娘を一人殺したぐらいで龍神とやらは納得するのか? そんな神様を崇めている村人のお頭はどうなのか、疑問に思い始めた。


 まず、サエは仕事の合間を縫い、神社に向かった。木々に囲まれた村の神社は、昼間見ても不気味だった。社務所には神主はいないようで、どこかへ出掛けているようだった。


 賽銭箱の前に立ち、鈴をガラガラと鳴らす。頭上のしめ縄は、蛇の後尾のように見えて、気持ち悪い。


 そういえば神社は、性的な祭りをしていた場所だと聞いた事がある。この神社には龍のオブジェしかなかったが、生殖器を祀っている神社もみた事がある。確かに繁栄の象徴といえばそれまでだが、神社は清らかば場所と断言できなかった。


「龍神、います?」


 サエは田舎娘らしい荒っぽさで声を上げた。すると、不思議な事が起きた。銀髪の美人が現れた。髪が長いので、女性かと思ったが、背が高く、足腰もしっかりしているので、男性だった。いかにも高級そうな着流しも板につき、堂々と立っていた。


 銀色の髪の毛も珍しいが、頭にツノが生えている。鬼のようだった。綺麗な男性だが、このツノが不気味で、サエはだんだんと不安になってきた。明らかに人ではないし、笑い方も綺麗すぎやしないか。


「サエ。お前の事は知ってるよ」

「あなたが龍神?」

「そうだ。これは肉体を持った姿だね」


 すると、龍神はサエの体を抱えてしまった。突然の事で、サエは目を白黒させる。龍神の胸元からは、お香の良い香りがして、眠くなりそうだったが。


「ちょ、やめてくださいよ!」

「いえ、とりあえず、池の方に行って話そうよ」


 龍神に抱えられ、神社の裏手にある池に向かう。その近くに身体を下され、二人きりで話す事になってしまった。


 目の前に美しい男性からがいて、一緒に話してはいるが、何かサエは違和感を持ってしまっていた。


「あの、私の事を生贄にしたいのではなくて?」

「いや、サエが気に入ったよ。嫁にしたい」

「でも、どこを気に入ったんです?」


 サエはお世辞にも美しい娘ではなかった。むしろボロボロの木綿の着物に身を包み、髪も肌も日に焼けて最悪だった。ずっと仕事をしているので、指も太く、どう見ても逞しい。足腰も千冬なんかと比べて太い。それに千冬にいじめられているとはいえ、言い返し、抵抗もしていたので、心の方も太かった。男性が気にいるような美しさや優美さはもっていない自覚がある。


「いや、気に入った。俺のお嫁さんになってくれよ」

「いえ、ちょっと考えても良いですか? 私の事をお嫁さんにしたいのなら、待ってくれますよね?」


 そういうと、龍神の眉間に皺がよって気がした。しかし、それは一瞬ですぐに笑顔を見せてきた。


 サエは神社から一目散に逃げる。向かった先は、ある老人の家だった。老人は村で「博士」や「先生」と呼ばれ、物知りだった。何か知っているだろうと思う。


「という事なんだけど、先生、どう思いますか?」


 家の縁側に案内され、事情を話すと、老人は奥の部屋から古い冊子を持ってきた。


「これは、龍神とやらに生贄にされそうになった娘の記録だね」

「本当?」

「殺されそうになったが、寸前のところで逃げ、こうして記録が残っているようだ」

「ころ? え?」

「まあ、サエは字が読めないから、私が代わりに読んであげよう」


 老人は、冊子の中見を声に出して読んで教えてくれた。その内容は、恐ろしいものだった。最初は龍神も言葉巧みに処女に優しくし、すっかり信頼させた後に、殺しにかかるという。彼女は最初は信じられなかったが、龍神から逃げて、こうして証言しているようだ。しかし、村での飢饉や疫病、不作は終わらず、結果村人に殺される経緯も綴られ、サエの表情は真っ青になっていた。最初はベタベタに溺愛し、騙していく様子もタチが悪い。ふと、「洗脳」という言葉が頭に浮かんだりした。その意味はよくわからないが、死んだ両親が使っていた気がする。


「どうしよう」


 龍神のところに行っても、村に止まっても殺されそうで、サエは真っ青になっていた。


「もう逃げなさい。村なんてどうなってもいいだろう」

「でも」

「人の命の上にある金も健康もいらんよ。逃げなさい」

「ごめんなさい」


 そう、謝る事しかできなかった。サエは村を抜けて、ひたすら走り続けて逃げた。


 もう溺愛も村人もなにも要らない。生きる方が大事だった。

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