御曹司と鉄仮面メイド
ヨハネスは、イライラと下唇を噛んでいた。
「なんなんだ、あのメイドは!」
最近、彼の悩みは新しく雇ったメイドのメリアの事だった。
ヨハネスは、事業を拡大し出版社や百貨店、ホテルなどを作っていた。いわゆる事業家という立場だ。代々家は金持ちで、地筋も王族と縁があり、何不自由なく育った御曹司のボンボンだった。
家でもメイドを数多く雇い、ちょっとしたハーレム状態だった。
ヨハネスは見目も良い。金髪碧眼の典型的なイケメンだった。
そのせいか、女については少し舐めている所があった。女達はちょっと優しくすれば尻尾を巻いてやってくる。ちょろい、ちょろすぎる〜。
金目当ての女も後をたたず、同業者からはハニートラップを注意しろとまで言われていた。なので、最近は女遊びはほどほどにしている。
しかし、メリアに限ってはハイスペ御曹司のヨハネスにちっとも笑わない。鉄仮面だ。淡々と仕事をしていた。
「近寄らないでくれませんか? 今は仕事中でしよ」
さっきもお茶を持ってきたメリアに馴れ馴れしく話しかけたら、ツンとした態度。舌打ちもされた事もある。
女性からこんな仕打ちを受けた事の無いヨハネスは、混乱した。
逆に興味も持った。
「面白い女じゃないか! よし、ヘンリー! ちょっと来てくれ」
ヨハネスは秘書のヘンリーを自室に呼んだ。ヘンリーは一見すると初老の弱々しい老人だが、調査能力に優れている。元々は政府のスパイもやっていた事もあり、有能だった。
「どうされましたか、ヨハネスさん」
「ちょっと調べて欲しい事がある。メイドのメリアを調べて欲しい」
「ほお、それは何故ですか?」
ヘンリーは、白くなってきた眉毛を下げて聞いてみた。口元はちょっと笑っていた。
「あの女は、イケメンな俺と会ってもニコリとしない。変な女だ」
「自分でイケメンって言いますかね」
「事実じゃーん」
「まあ、メアリは私には笑いますよ」
「は!?」
ヨハネスの目は点になる。
「同僚やメイド頭にも笑ってますねぇ。これは本格的に嫌われているんじゃないですか?」
「マジで!? 何で!?」
「まあ、いいでしょう。メアリについて調べてみますよ」
数日後、有能なヘンリーはメアリの身の上を調べて報告してくれた。農村出身の娘で孤児。孤児院で育ったが労働階級の両親に引き取られ、コツコツメイドの仕事をしていたそう。ただ、農村にいた頃は、ひどいイジメにあい、心を閉ざしているという話だった。
「かわいそうに、メアリ。結構な苦労人でした」
ヘンリーの意見には、ヨハネスも同意した。
という事で、ヨハネスはメアリを誘って街に連れて行った。街に連れ出してお姫様気分にさせてば、ニコニコ笑うだろうと考えた。
「良く来てくれたね。メアリ」
「上司の言う事に逆らえる人はいますか?」
クールに言うメアリだったが、まず服屋に連れていった。流行のドレスを山ほど買ってあげ、着替えさせた。
その次には美容院に行き、メイクも施してもらった。
「おぉ、メアリ。洗われた芋のように綺麗になったじゃないか」
「そうですか? っていうか、逆に貶してません?」
相変わらずの鉄仮面。
いつもの地味なメイド服と違い、華やかな服に着替え、髪も顔も綺麗に整えられたメアリは、本当は可愛く見えたものだが、口からは「洗われた芋」とか言ってしまった。自分もなかなか素直じゃない。
その後、ヨハネスはおもちゃ屋に行き、クマやウサギのぬいぐるみを買ったり、ジュエリーショップで綺麗なネックレスを買ってあげたが、メアリは笑わない。
だんだんとヨハネスも燃えてきた。
絶対この鉄仮面を壊してやるぞ!
この戦いには負けないぞ!
次は、カフェに行き美味しい紅茶やケーキを奢ってやった。
「どうだい、ここのケーキは美味いだろう」
遠慮しているのか、なかなかケーキを食べないメアリに、フォークで無理矢理に口に運んでやった。
親鳥が雛に餌を与えるみたいで面白い。
「うぅ。まずくはない」
メアリは恥ずかしいのか、顔を真っ赤にし目に涙を浮かべて、甘いケーキを味わっていた。とりあえず鉄仮面はあと少しで外せそうだ。
「ところで君は何で僕に笑わないんかい?」
「じ、実は……」
メアリはポツポツと過去を話し始めた。
農村時代のいじめっ子のルックスが、ヨハネスにそっくりだという。それで勝手に苦手意識を持ち、怖がっていたのだという。
「えー、それは偏見さ。俺はイジメなんてした事はないぞ!」
濡れ衣を着せられた気分だった。まさかそんな理由で鉄仮面だったとは、想像もしなかった。
「ごめんなさい。あなたといじめっ子は別人なのに、偏見を持ってた」
「そうさー。偏見だよ」
メアリの偏見にちょっとイラッとはしたが、あり閃きが頭に浮かんだ。
「だったら、リハビリで俺と付き合わない?」
「え?」
「付き合ってみれば俺といじめっ子が別人だってわかるじゃん?」
メアリは驚いて声も出ない感じだった。とことん初心らしくて、ちょっと笑ってしまいたくばる。
「ちょっと、何がそんなにおかしいのよ」
一瞬だった。文句を言ったのかと思ったら、メアリの口元に笑みが浮かんでいた。
「今、笑った?」
「えー、嘘?」
とりあえず今回はヨハネスの勝ち。メアリを笑わせる事ができた。
次の勝負でも勝ちにいきたい。
「じゃあ、リハビリで付き合う?」
「そ、それは……」
まあ、簡単に答えは出ないだろう。その点はゆっくりでもいい。
でも、次にメアリを笑わせるのは絶対俺だからね?
ヨハネスは、心の中でメアリに宣戦布告していた。