転生したら悪魔だった 終
“悪魔”に転生した主婦のお話、主婦力とか出す暇なく終わらせちゃいました。
短編て難しいですね。気が向いたら、読んでみてくださいませ。
ワタシは教授たちが来るまで考える時間ができた。眠る必要もなく、疲れも感じない“悪魔“の今、時間だけはあるわけだから情報収集しながら考えるなんて、暇つぶしには丁度いいみたい。
朝日が上り人々が動き始め、生活音があちらこちらで響き、人々の楽しげな声からもこの街が平和である事を知ることができる。そう言った意味では以前“ワタシ“が人として生きていた世界、日本と大して変わらないだろうと思う。家族で生活し食事をとり、会話をし、仕事をして社会が成り立っているようだ。ただ、所々違和感があるだけ…。
根本が魔法というものなんだろうけど、荷物は中に浮いて勝手に配達されているし、公共交通機関的なものはあるにはあるみたいだけど殆どの人が球体の様な形の空中移動する物体にのり目的地まで移動している。その物体は小さくする事ができ、人によっては形をかえブローチの様に身につけていた。便利な道具ね。個人で持ってるなんて自家用車的なものなんでしょうね、車輪なんてないけど。建物はとんがり屋根の建物が多く道幅は広かった。車輪のあるに馬車はなくてただの大きな箱が腰高に浮いて荷物を乗せて、その荷馬車(?)を引いているのはバッファローのような四足獣。あの球体の様なものを使っていないから何某かの理由があるのだろう。貧富の差もそこそこある様だけれど、社会生活としてはそれでも高水準なのかも知れない。まぁ、ここで生きていくつもりなら安心できる要素の一つなのは間違いない。
ただ、“ワタシ“は“召喚された悪魔“なのだからいつどうなることかわからない。この世界を知ったところで、いつまでいられるのか、どこに帰るのかも知らない間抜けで何も知らない“悪魔“だ。ワタシを召喚したのがタクちゃんでも、支配されてなければ別の誰かの支配や拘束の様なものも感じない。
そんな“悪魔“はいつまでこの世界にいられるのか。いつ消えるのか、どこかに帰るのか、いつまで“ワタシ”としての意識を保っていられるのか。不安がないと言えば嘘になるけど、なまじ“悪魔“だからか意外に落ち着いた気分ではある。でも、元々大して感情の起伏が激しい方ではなかったし、“悪魔“になったからと言って性格が変わってないのはワタシに“悪魔“としての素質でもあったのかも知れないと思うほどだった。
〈いやいや、素質ってなに?たまたまワタシの魂の方が強いとか、“悪魔“の性質に負けないとか、なんかそういう方がいいんじゃない?自分で素質って言うのはやめとこ…。〉
そう、ワタシは積極的にこの世界に関わるべきじゃないと思う。そんな意欲も湧かないし、今の状況に大した不安も苦痛も感じているわけじゃない。この世界を知りたいという欲求すらないのかも知れない。もう、人じゃないからかしら?周りのことを理解したいとは思っても、世界がどうなんだなんて、まぁはっきり言えばどうでもいい。極論、この世界では今まで知り合った好感の持てそうな数人以外、どうでも良いのだ。そしてその人達が“悪魔“を処分したいならすれば良いし、その事に何も感じない。
この世界に召喚されてから少しの間に、私の感情の揺れがなくなってきている事が明らかにわかる。これはつまりワタシは“悪魔“らしくなってきているのではないだろうか?
昨日の夜も、タクちゃんたちを監視、警備していた人がどうだろうと、会議に出席していたゼスタック先生以外が恐怖に耐えられないかも知れないと、失神や失禁してしまうかもと気にしていたはずなのに、今はどうでも良いとさえ思える。どうでも良いと言うのは言い過ぎだが、それがどうした、位にはなっている。いや、そんな気持ちは生前から持っていたけど常識的に、良心から相手に不快な思いや辛さなど感じて欲しくなく、その為の行動や言葉を発していただけに過ぎない。
ただ今は、一人きりだし誰に聞かせる訳でもない気持ちを簡単に吐き出したくなっている自分を振り返っているだけだった。生前なら飲み込んでしまっていたような気持ちでさえも簡単に口にしてしまいそうだ。
《“悪魔“になったらあんまり溜め込まないで楽になるものなのかしら?
それとも“悪魔“だからこそ、他者に良く思われなくても良いと思ってるため?》
そもそも、ワタシの信じていた“悪魔“像とはかけ離れている自分自身が、“悪魔“と言う存在自体の名称の象徴ではないのだと考えるしかない。この世界の“悪魔“とワタシの知る“悪魔“のイメージの相違。
“悪魔“は悪いもの。悪い事象を引き起こす存在で人間を闇に引き摺り込む、悪意の塊の様なもの。極力関わり合いになんかなりたくもない存在でしかないと思っていたのだけれど、この世界の人はどうも、積極的に“悪魔“と関わり合ってきて様で、これからも召喚術などで関わっていくつもりの様だ。毒だと理解した上での有用性を研究しているのだろうか。
《“悪魔“が重宝されている様な世界は、前世的知識のワタシとしてはつまり
良いイメージがないのだけれど…。出会った人間は普通の、魔法だの何だの
は別にして、暴力や犯罪を好むような人達ではなかった。》
そう、見た目もおどろおどろしいし、綺麗でも何でもないし、“悪魔“と呼ばれているけれど、”ワタシ“はそこまで忌避されるような存在ではないと言うことだ。実際、ここに居てくれと言われている場所も牢獄の様なものが無くなってしまってからは、何の術も施されない普通の部屋であることは確かなのだ。
まぁね…。ただの“悪魔“ではなく
種族 悪魔X魂X御使 属性 黒ーMCYーRGBー白 種族特性 闇真性 光真性
なんて言う訳のわからない存在なのよね。属性だの種族特性だの、そういう括りがあること自体違和感があるし、見た目がこんなじゃ受け入れるしかないって事も納得するけど、個人的には馴染みのある“主婦“って言う概念がここにはない事が、ちょっとばかり寂しい。まぁ、日本にだけあった概念かもしれないけど。ワタシのしてきた事が価値がなかった様に言われてる気がするからだ。その所為なのか気分は落ち込んでいく。
そんな所にゼスタック教授たちが部屋に入ってきた。入ってきたのは今朝ゼスタック教授が言っていた通り、バンドレイド主務、ランドロール教授、シュワルツマン助教の四人だ。ランドロール教授に至ってはビクビクしてバンドレイド主務の後ろに隠れながら入ってきた。身長がそこそこある分隠れられてないけど、昨日の失態からして堂々と入って来られてもどうかとは思うので、まぁ、放っておこう。後ろに隠れられたバンドレイド主務はすごく嫌そうだけど、貴方の部下なんでしょうし、しっかり面倒見てくださいね。
「ぉほん、んん…。あぁ、先日、いや数刻ぶりではあるが、今後の対応について話し合いを継続したいのだが、それでよろしいかな?」
バンドレイド主務が一旦咳払いをして離れたところから“悪魔“に話しかけてきた。まだまだビクついているのがわかるが何とか威厳を保とうとしていることが丸わかりの姿勢だ。四人の中で落ち着いているのはゼスタック教授だけなのは間違いない。“悪魔“は面倒くさそうに、問題ない、と答えたが、その答えに驚いた顔をしたのは四人全員だった。ワタシは何がそんなに驚く事があるのか理解できなかったのだが、ワタシの返事が、言葉が全員に理解できたと言う事に驚いていたのだった。
「な、何故急に言葉がわかる様になった?いや、そうか、“悪魔“が私たちの言葉を話しているのだな?」
「で、でも何でそんな急に?昨日まで、っていうか夜中はまだ離せてなかったでしょ?ですよね?」
「………。」
「!ま、まさか?ここの誰かを生贄にでもして情報を習得したのでは?だから直ぐに話せる様になったのでしょう?そうでもなければ夜中のうちに話せる様になっていたはずですから!」
「「!!!」」
最後の発言者、知ったかランドロール教授の言葉で他の二人は顔色が一気に失くなっていった。彼の思いつきの発言で“悪魔“の印象は前にも増して最悪になったようだ。
「…いつも憶測でそれらしく発言する癖は、良い加減に慎まないと身を滅ぼしますよ、ランドロール教授。」
「!ゼ、ゼスタック教授こそ急に“悪魔“が話せる様になった原因は何だと思われるんですか?私はあくまで可能性の話をしたまでですから!」
ランドロール教授は顔色が青かったり赤かったりと忙しく変わっているが、ゼスタック教授はただ呆れて面倒臭そうにため息をつくばかりだ。成る程、ランドロール教授は第一印象を裏切らない、口ばっかりなタイプの様だと言うことがわかった。
〈…この世界の事を少しばかり理解したから話せる様になっただけよ。生贄なんて、そんなものは特に必要ないわね。それに、“生贄“なんてどう対処すれば良いのかも知らないし。〉
「…だ、そうですよ、ランドロール教授。仮説を力説しなくても教えていただけたようで、良かったですね。」
「こっ、このっ、…それが事実かどうかなんてわかるわけがない!“悪魔“なんだから嘘をついているかも知れないではないですか!」
「いや、その言種はどうかと思うがな、ランドロール君…。“悪魔“が嘘をつく、という時点でこれからしようとしている話し合いなど、意味をなくしてしまうではないか。」
「あ、いや、だから、それはですね、嘘をつけないように契約させてから…。」
「……全く太刀打ちできない相手に、どんな契約を?させると?」
「あ…。」
召喚者でもなく、契約者でもなく、何も縛るものがない“召喚された悪魔“。それもどこまでの力を秘めているのかもしれない“悪魔“に対して、誓約という意味の契約をさせる、などという馬鹿な事を口にしたことに思い至ったランドロールは、バンドレイド主務の後ろでより小さくなりすっぽり隠れてしまった。ワタシとしてはここで落ち着いてくれるなら、まぁ、お馬鹿さんとしても許容範囲内なので、特に何かすることもしない。
〈“ワタシ“としては、特にエネルギー切れ?の様な感じもしないし、この世界を少しずつ理解していることで会話もできる様になったし。少しずつ慣れてきた分適応してきていると思う。あなた達もそうでしょ?〉
「…確かに…。初見の時よりは、落ち着いてこうして会話もできているしの。だが、あなたも小さくなっていますから、その分威圧感が薄れているだけなのでは…?」
〈大分調整できる様になってきているからかしら?多分、もう少ししたら、人の姿になれるかもしれない。〉
「えっ?その様に強大な魔力をお持ちなのに人型になれないのですか?」
…この若いシュワルツマン助教は、痛いとこをついてきた。いやいや、“悪魔“ってそんなに何でもできるもんなの?それ初耳だし。それに召喚時点で召喚者の要望に沿った形態を取るものだという事も初耳です。その事から、召喚者であるタクちゃん達を呼んで要望を言わせてみようと言う話にもなった。ワタシにはその要望が拒否できるかどうかを試させて欲しいらしい。その他にも“悪魔“としての能力が知りたいらしいが、魔獣の召喚や使用する魔法の種類などこの学園内の地下訓練場で出来そうな事を捲し立てていた。
《ちょっと会話して、優しめに対応したらここまで図々しくなるものなのね。
ビクビクされるのも嫌だけど、ここまで遠慮がないのも気に入らない。》
研究対象に対する一方的な見解からの都合だけを次から次へと思いつくまま述べている。そんな教授達に対して苛つき、冷めた感情が湧き上がる。“悪魔“は生前よりも我慢の効かない感情の吐露に、何故か心地よさを感じていた。
〈“ワタシ“がいつまでこの世界にいるかわからないのに、そんな小さい事が知りたいの?知りたい事の優先順位をつけておきなさいね。それに、協力するとは言ったけど何の対価もなく無尽蔵な親切心が“悪魔“にあるなんて事、思ってないわよね?〉
ワタシが気を使う事なく釘を刺したちょうどその時には、姿も何故かタイトスカートとジャケット姿でヒールを履き長い髪を結い上げた女性上司のような人型になっていた。生前とは全く似ていない姿に、イメージって大事なんだと感じていた。
《…まさか、できる女性上司的なイメージで話を運ぼうと思ってたら、
こうなる訳ね…。》
教授達四人は、その姿に今までの“悪魔“のどれとも共通点がない事を、口をあんぐりと開けたまま改めて実感していた様だった。そして我に帰ると四人で相談し始めた。多分“悪魔“に聞こえない様に結界なり、音声遮断なりをしているのだろうが、この“悪魔“にはあまり意味の無い魔法のようだ。聴きたいと思ったら聞こえてしまうのだから。いや、だからと言って聞くのもどうかと思った“悪魔“は、人型の姿を変えられるか試しにやってみようと思って、コロコロと姿を変えていた。男性の騎士姿、タクちゃんの様な子供や小太りなおじさん、動物や椅子の様な無機物、サイズも大小から数も複数にしてみたりと話がまとまらない時間が長い程に変幻自在に楽しんでいた。そしてたまたま、かつての記憶から“正義の女神像“をイメージしてその姿を模していた時に、教授達が振り返って声をかけてきた。
「お待たせしました。それでは………。」
「何故“女神“が!!」
「!そ、その姿は!」
〈あ、ごめんごめん。えっと…、じゃ、これで。」
ワタシは慌てて悪魔っぽい角のある長い髪の女性型になった。趣味で黒い翼と黒いドレス、長い鎌も持ってみたのだが、これって“悪魔“か“死神“かって感じになってしまった。まぁ、見た目は何でも“悪魔“は“悪魔“なんだから問題ないでしょ、って事で椅子など必要もないワタシは勝手に空中に座った。彼らには他に椅子を四つ用意して座るように促したが、“悪魔“が出した椅子に危機感を覚えたのか、ゼスタック教授を除いて自分の魔法で椅子を出し腰掛けた。“悪魔“は特に気を悪くした様子もなく余った椅子を消し話の続きを促した。
《やばっ、慌てて口調が砕けて、“悪魔“っぽく出来なかった。ま、まぁ、
平気よね?ちょっとだけだったし、姿変えた方に気を取られてそうだし。》
ワタシは咳払いをして、相談して纏まっただろう話をするように促した。教授達は女神の姿を目撃してしまった事に衝撃を受けていたが、今の姿を見て“悪魔“である事を再認識し自らにワタシが“悪魔“で間違いないことを納得させようとしている様だった。
「…えぇっと、我々としては貴方は召喚された“悪魔“として初めての契約者なしの縛りのない存在なので、出来うれば我々の研究、“悪魔“という存在を理解する上での相互理解の為に協力を仰ぎたいと考えております。」
〈…“相互理解“?〉
「はい。貴方にも我々の事を理解したいという欲求があるのではないかと…?」
〈…ワタシが知らないような文化文明には興味がなくはない。でも、欲求というほどでもないけど?〉
「??では、何故まだ顕現されてるのでしょう?魔界に帰らなくてもよろしいのでしょうか?」
〈何処を魔界と呼んでいるのか知らないけれど、“ワタシ“は“ワタシ“の世界で亡くなった後ここに引っ張られただけだと考えているの。ワタシの魂が悪魔っぽいから“悪魔“になったのか、何の理由があったのかは知らないけれど、特に犯罪者でもなかったし、ただの主婦だった。死んでしまったのだから、元の世界に帰るというよりは、次の世界に行かないといけないんじゃあない?っていう感じなわけ。(あぁ…口調が、まぁ、もう、ぶっちゃけてるから、いいか)次の世界がワタシにとっては死後の世界なのか何なのかわからなかったけど、ワタシにとってはここが既に“死後の世界“にあたる様なものね。生まれ変わるまで、きっと意識がだんだん薄れていくんだろうな、存在が薄くなっていくんだろうな、って思っているくらいよ。〉
ゼスタック教授も含め四人が唖然とした表情のまま活動停止したように固まっていた。思考停止したり考えがぐるぐると目まぐるしく回っている事だろう。正直、気分がいい。ワタシもこの世界にきた当初、少なからず味わった感覚と近いはずだからだ。まぁ、でも、それも長くは続かないもの。ゼスタック教授は誰より早く我に帰って話を進めた。
「…では、貴方は“悪魔“ではない、と言うよりは死後の個人の魂の塊であると言う事ですか?」
〈ん〜、と言う感じでいたのだけれど。こうして姿形を形成できるとか、意識を世界に広げて様子を伺えるとか、無いはずの椅子を用意するとか、魂だけでできる事ではないと自覚してるの。いや、“悪魔“と言う存在なのだと自覚し始めてから出来ることが増えたのかもしれないわ。〉
「…自身が何者であるかという認識が、確立し始めてから、と言う事ですか?」
〈そうね、“ワタシ“は“ワタシ“だけど、“悪魔“という存在なのだと枠をはめてから、と言う方適切だと思う。“悪魔“とはこういうもの、“悪魔“ならこんな事もできるだろう、という様な感じかしら?〉
それを聞いた教授達は顔を見合わせ、本来ならバンドレイド主務が代表で質問するだろうに、今までのやり取りからゼスタック教授が質問を続けた。
「…では、もしも“悪魔“という枠にはめず、“御使“という枠にはめるとしたら、“御使“様になっていたと?」
〈……そうかも、知れないわね…。ワタシがイメージする、“御使“という存在の枠にはまっていたかも。〉
「「「……。」」」
それぞれ複雑な表情のまま俯き、無言が続き静かな時間が流れっていった。
どういう心境なのだろうか。“悪魔“を召喚して喜んでいたタクちゃん達だけでなく、教授達も“悪魔“を召喚できて喜んでいたはずだ。本当の“悪魔“ではなく“御使“にもなれる半端者が召喚されてガッカリしたかも知れない。何せ授業で“悪魔“を召喚させるくらいなのだから、“悪魔“に対する意識もワタシとは違うんだろう。そんな事を考えたワタシはついでに姿を“天使“っぽく姿を変えてみた。彼らの“御使“に対する感情に興味を持ったからだ。天使の姿が“御使“に当てはまるかわからないけれど、“悪魔“と反対のイメージしてみるしかワタシには考え付かなかったのだか仕方ない。
そして最初に顔を上げたゼスタック教授は先ほどとは逆の、白い翼に長い髪をまとめ上げ、長い錫杖を持ったワタシを見て声を発する。
「そ、その姿は?“御使“様、なのでしょうか?感じる力まで変化したかの様に、清浄な…。」
「えぇ?ほ、ほんとに?バンドレイド主務!これってどういう事ですか??」
「私にわかるわけなかろう!こ、こんな事、一体なぜ?どうしたらいいのか?」
「すいません!すいません!お許しください!」
何故だか椅子から降りて土下座までするし、“悪魔“の時とは随分違う態度にワタシはドン引きしそうになった。この雰囲気からすると、“御使“は尊敬とか信仰とかの対象で、“悪魔“は侮蔑や使役とかの対象なんだろうとは感じられた。ワタシは姿をどちらとも関係ない“人“にしようと思ったが、それでも彼らが用があるのは“悪魔“である。それならば、“悪魔“でいるべきだろうと姿を“悪魔“に戻した。けれど、その姿にホッとしたようで、実は残念がっている雰囲気が漂っている事は誰もが感じていただろう。
「………私は、自分を過大評価していた様ですね。人を見た目で判断はしないと、中身で判断しようとしてきましたし、そう出来ていると自負していたのですが……。あなたの見た目が“悪魔“である様にあなたは“悪魔“なのだと、そして“御使“様の容姿の時には、“御使“様に対する安らかな気持ちに包まれていました。中身は“あなた“のままであったのに…。つまり私は、見た目に惑わされる俗物だったのですね。」
「何言ってるんですか、ゼスタック教授。そんなの仕方ないですよ。見た目に合わせた能力で、私たちを、私たちの心を操っているに違いないんですから!」
おい、こら、知ったかランドロール。やってもいない事をさもやっているかの様に話すなと先刻言われたばかりだろうが!って、言いたくなるけど、気落ちしているゼスタック教授を元気付けている様だし、その可能性は無きにしも非ずという所で聞き流してあげよう。なんと言ってもワタシ自身が知らない内に“ワタシ“が持つ能力が発動されている可能性もゼロではないのだから。
〈まぁ、ワタシとしては“悪魔“だろうが“御使“だろうが特に問題ないし、面倒でもないし苦労するわけでもない。どちらにせよ、楽に過ごせればなんでも良いだけだから、あなた達がどういう姿をワタシに求めるのかで容姿を決めるけど?〉
そんな“悪魔”の一声が、彼らに一斉に声を上げさせた。まるで、早い者勝ち、といった風に。
「“悪魔“がよろしいかと」
「“御使様“で」
「“人“が良いです!」
「………。」
そして、大概その意見は一致しないものだったりする。三人は意見を述べなかった残りの一人、ゼスタック教授に一斉に視線を向ける。彼の意見で自分の希望が叶う可能性があるからだ。だが、ゼスタック教授は誰かに忖度する性格でもなければ天邪鬼でもない。彼は三人の視線の意味を理解しつつ自分の意見を口にする。
「…私たちが“あなた“に望むことは、“あなた“と言う存在が“何某“なのか、それを理解することにご協力いただく事ですので、姿形にこだわる事はありません。楽な姿でいてください。」
〈そう、…そう言う事なら、好きにさせてもらいます。〉
ワタシは何故か急に彼との壁を感じた。
確かに召喚された“悪魔らしき何か“に対して、かつ知り合って一日二日程度の相手に対して簡単に気安い間柄になる事はないが、“ワタシ“は少しばかり心を許し始めていたのかもしれない。こんな事くらいで急に拒絶されたと感じるなんて。その為かつい、敬語になってしまった。
《きっとこれ位の距離感がいいのかも知れない。いつ消えるかわからない
“ワタシ“なのだから…。》
そんな風に漠然と感じるのは、“ワタシ“と言う感覚、記憶、感情が少しずつ薄れているように感じているからに他ならない。生前、日本であの人の妻だった時は、朝起きた時にこんな感覚はなかったはずだ。霊体(?)になったからなのか、“悪魔“になったからなのか…。
特に、魔法なのかわからないが情報収集に能力を使ってから、その感覚は目立って感じる様になっていた。
それはつまり、“ワタシ“と言う意識は薄れて消えていくと言うことではないだろうか。“悪魔“も同じ様に消えていくならば問題ないと思うけど、もし、もしも、“悪魔“の能力だけがこの世界に存在し続けてしまったら?
“ワタシ“にはそれを感じることもできない。“ワタシ““悪魔““御使“と言う存在が、分けることが出来るとしたら、別々に存在もできるかもしれない。そして、彼らが欲するのは“ワタシ“以外の“悪魔“と“御使“の能力や活用を調査することだろう。
《不思議なものね。一度の人生を終えて、もう、やっと、色々な事から
解放されたはずなのに。また誰かと関わりたいと、そんな風に感じるなんて…。》
主婦をしていた頃を思い出そうとするが、大した思い出がないのか、具体的に思い出すことがあまりなかった。ただ、不妊治療を十年近く続けても授かることができなかった記憶と感情だけは、薄れてくれていなかった事が、“ワタシ“をいまだに形作っている一つなのかも知れない。
《幸せな時も沢山あったのに、こんな辛いことの方をはっきり思い出せるなんてね…。
こんなんだから、“悪魔“として召喚されたのかしら…?》
確かに死ぬ前に、夫が今後生きていく上で幸せであってほしいと思った。どれほど望んでも夫の子供を授かれなかった事を申し訳ないと思ったし、再婚でもして幸せな人生を送って欲しいとも思った。でも、一方で、妻の死に打ちひしがれて欲しいと、後妻など娶らず“私“の思い出と生きていって欲しいと思う“ワタシ“もいた。
生前、赤ちゃん連れや、小さい子を持つ親子をみるのが苦しかった事も、今では大分気持ちが薄れているのか、タクちゃんたちを見てもそんな感情は生まれなかった。きっと、様々な感情を少しずつ失ってきているのだろう。もしかしたら、この世界は生前、俗世の人生の垢を落とすのに必要な世界、とか?ここで、魂を綺麗に洗っていつか、生まれ変わる頃にこの世界を離れる、とか?そんな適当な事を考えていたら、ゼスタック教授が提案をしてきた。
「もし、今後も我々にご協力いただけるなら、我々と同じような姿になっていれば、誰も彼も“悪魔“や“御使様“だとは思わない事でしょう。立場も誰かの助手とすれば大した問題なく、生徒たちとの関わりも最小限にでき、学園敷地内を自由に闊歩できるのではないでしょうか?必要な時にご協力いただければいいのですから。」
「おぉ、それは良い考えだが、誰の助手に据えるのかね?それはそれで希望者がほれ、この様に挙手しておるが?」
はじめ、上位“悪魔“だと言うことで声もまともに出せなかった教授たちが、“御使“の姿にもなれる事を目にした後は、びっくりする程擦り寄ってくる。慣れというよりは、手のひら返しが凄く、嫌悪感を覚えるよりもいっそ、清々しいほどの正直さに好感すら持てる様に感じていた。
〈“ワタシ“は、バンドレイド主務の助手に入ろうと思います。他の教授たちよりは立場が上でしょ?授業もないなら、生徒との接触も最小限にできるでしょうから。色々都合がいいでしょう。〉
「えぇ?そんな…。」
「…」
「私は問題ないのぅ。だが、生徒にはあまり接触しないが、他の教授たちや客人たちの相手をする機会は多い。いつもそばにいる必要はないが、そのな、出来れば大人しくしていてもらいたいんだがの。」
〈全く問題ないわ。〉
多少の愚痴が出ていたが、他の誰かの助手になるよりは問題や不満は出難い相手なのである。
私の姿も徐々に“悪魔“から“悪魔の様に美しい女性教授“の様になっていた。誰もがその変化に息を呑んだ。
黒く艶めいた長い髪を後ろで一纏めにし、黒い瞳、白い肌。教授たちと同じマントの中はタイトなワンピースで膝丈のスカートは両脇にスリットが深めに入っていた。全身黒尽くめで白い肌に、必要のない横長の眼鏡が何故かとても似合っていた。
〈こういうタイプがお好みなのね。〉
「「「!」」」
その一言に全員がバンドレイド主務を見る。見られた本人は慌てて否定しようとするが、うまくいかない事を悟って咳払いで誤魔化していた。
彼らの、気取らないその雰囲気に、“ワタシ“は慣れてきたのか、いつの間にか自分が異物であることを忘れかけていた。
《…“ワタシ“はこのまま、ここで、流されてみようかな。何をしたいわけでもないし。
好きな様に過ごし、誰かの責任を負わず、誰の保護下にも入らず、誰も手の内には入れない。
自由な“ワタシ“でいる為の努力と協力という約束を果たそう…。》
生きている時にほぼ考える事のなかった、『必ず来る終わりがきた時に、後悔のない様に過ごす。』ーこの事を忘れずに過ごしていこう。きっと、この世界にきた理由は、悔いや悲しみ、自分を縛っている何かを全てこの身から剥ぎ取る為、禊ぎの為に。そして、次があるのなら、次の生の為に必要な世界なのかもしれない。
いつか、真っ新な魂として、“ワタシ“ではない“わたし“が何処かで生まれて、全く違う人生を全うできるように。
「…貴女の名前は、どうしますか?」
〈!…そうね。呼び名が必要よね。こう呼んで…ーーーーー。〉
“悪魔“な彼女は、今までで一番の不敵な笑顔で答えた。
何だか、不完全燃焼ですが…。こんなもんか、自分。