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9 ルジー・バルモンドの異動

 早朝から登城していたドリアンは、屋敷に戻るとマトレイドたちと資料室に籠もっているルジーを呼び出した。

 堅苦しいことが何より苦手なルジーは、居心地が悪そうに執務室で縮こまっている。


「楽にしていいぞ」

 あまりのガチガチぶりを見かねたドリアンがルジーに笑いかけ、椅子に座るよう促す。

「はい」

いつもの軽薄さは影を潜めている。


「ルジーに頼みたいことがあるのだ。マトレイドとカミノメの調査に当たってもらっているが、今日からドレイファスについてもらいたい」

「え?ドレイファス様にですか?」


 予想外の申し出にルジーが戸惑う。


「護衛騎士はいずれ考えるが、そろそろ専属護衛が必要だ。ということと、ドレイファスはこのところ例のスキルの影響なのか、頻繁に夢見をしていてな」

「はあ」

「魔力暴走の兆しだと困ると思って毎回細かく聞いているのだが、私では頭の柔軟性が足りないのか理解に苦しむことが多いのだ。夢の聞き取りを頼みたい」


 紫の瞳が不思議そうに瞬きをする。


「護衛と夢の話を聞く任務ですか?」

「聞いた話を私にわかるよう整理して報告するまでが仕事だ」

「今の調査はどうしますか?」

「時間があればマトレイドを手伝ってやってほしいが、ルジーの代わりにもうひとり・・・そうだな、ロイダルでも回そうか。それでいいか」


 ルジーは深く頷いた。


「はい、では基本的にはドレイファス様の護衛と、夢見の記録と解析。手が空くことがあればマトレイドの手伝いということで。いつからでしょうか?」

「さっそく今から頼む。ドレイファスに夢で見たペリルの絵を描くよう頼んであるんだ。それをやらせてもらいたいのと、スライムの小屋の謎と並んで生えているペリルの謎の解明も頼みたい」


「は?なんですか、それは?」


 びっくりしすぎて素のまま答えてしまったが、ドリアンは気にしていない。


「うむ、やはりそう思うよな。私にもまったくわからんのだ。だからそれを解明してもらいたい。護衛が務まる面子のなかではルジーがもっとも柔軟な頭をしていると思うからな。まだそう出かけることもないので、護衛自体は負担にならんだろう?」


 マトレイドたちと資料を読み漁る調査か、ドレイファスについてこどもの夢を解明するか。

こどもの夢のほうが楽しそうだと、ルジーは素直に公爵に従うことにした。


「マトレイドへは、こちらから伝えておくのでこのままドレイファスの元へ行ってくれ。侍女のメイベルに伝えてある。あ、そこにある紙とペンを忘れずに」


 言われたように紙とペンを持ち、執務室を辞すると両腕を大きく伸ばして、グルングルン振り回す。

とんとんと二回跳ねて、体を緩めると。


「さて。ドレイファス様のところに行くかぁ」


 考えてみると、マトレイドたちとの作業は男四人肩寄せあった気楽なものだが。

(ドレイファス様付きということは侍女殿と一緒ということだ!)

 サラサラの長い栗毛をいつも淡いピンクのリボンで纏めている、緑の瞳のメイベルを思い出すとちょっとやる気が出た。


「悪くない!」


(悪くないどころか、侍女殿とお近づきになれる絶好のチャンス!いいぞツキが回ってきた!)


 気がついたルジーは、ドレイファスの元へ軽い足取りで踏み出したのだった。




─コンコン!

扉をノックすると、メイベルが顔を出す。


「ドリアン様から、本日付けでドレイファス様の護衛に付くよう申し遣ったルジー・バルモンドだ」

「ルジー様、ええ聞いております。これからよろしくお願いします。私はメイベル・サイルズです。メイベルとお呼びください」

「ではこちらもルジーと」


 公爵家の使用人は多い。顔くらいは知っていてもフルネームまでは関わりのある者でなければ知る機会はなかなかない。


 ルジーは、紫の瞳に黒髪の精悍な青年だ。どちらかというと重厚なタイプのツワモノが多い公爵家の中では軟派な若僧と見られている。ただ、外見は世間一般的にはかなり端正な部類だ。

メイベルはあまりジロジロ見てははしたないと思い、素早く目をそらしたが、チラ見はした。


(近くで見るの初めてだけど、ちょっとすてきかも)


 ドリアンにはなんの意図もなかったが、婚約者のいない公爵家傘下の、うら若き子爵家三男坊と男爵家の嫡子である令嬢の出会いの場がここに仕立てられた瞬間だった。


「それでドレイファス様は?」

「今お昼寝中ですが、まずお部屋をご覧になりますか」

「ああ、頼みます」


 ドレイファスの部屋は、元は乳母が、今は侍女のメイベル一人で使用している控えの間があり、奥に小さなこどもがひとりで使うには広すぎる部屋がある。


 控えの間の壁は落ち着いたアイボリーの壁紙が貼られ、濃いモスグリーンの絨毯が敷かれている。こども部屋にふさわしい明るいイエローのビロードが張られたソファーとテーブルがセットで置かれ、お茶用のワゴンはテーブルと揃いのウォールナット材で作られていて、すべての家具は猫足の可愛らしい物だった。

 よく見ると、部屋の隅に小さな机と椅子、クローゼットと小型のベッドがあり、寝泊まりもできるようになっている。 


「ここはメイベル嬢が使って・・・る?」

「いえ、私は侍女棟にお部屋を頂いています。ドレイファス様は乳母様離れもとても早かったそうで、三歳からおひとりで寝ていらっしゃるんですよ。甘えん坊さんに見えるけど、意外と怖いものなしなんですよねぇ」


 奥のドレイファスの部屋は、控えの間と似たようなアイボリーに薄いブルーのストライプの壁紙と濃いブラウンの絨毯。

窓際の、こどもには大きすぎるベッドに埋もれるようにドレイファスが昼寝中だ。サイドテーブルには積み木と水差しがあり、眠る直前まで何をしていたかが推察できる。


 ルジーは、すーすーと規則正しい寝息を立てる新しい主人の顔をのぞき込み、その清らかで小動物のような姿ににっこりした。


「こりゃ可愛いな」

「そーおなんです!」


 まるで自分が誉められたように、ぱっと頬を染めてうれしそうなメイベルが答えた。

 その勢いに驚き、振り返ったルジーと目が合うと、ハッとしたようにバツの悪そうな笑顔を浮かべる。


「ははは、いいですよ本当のことだ」


 ドレイファスの額にこぼれた前髪をやさしく払ってやりながら、メイベルほどではないが、ルジーも新しい小さな主の幼気で清らかなかわいらしさにあっという間に心揺らされた。こどもがものすごく好きなわけではないのだが。


「うん、悪くない!」


 この任務がますます気に入り、誰に言うわけでもないが呟いていた。


「これだけ枕元で喋っていても目が覚めないんだな」

「ええ、揺すると起きますよ。起こしましょうか」

「いや、いいよ」

「もうけっこうな時間眠っているから、そろそろ起こしたほうがいいんですよ」


 そう言うとメイベルは、パッと布団を剥がし、ドレイファスをゆっさゆっさと大きく揺り動かした。


「え?そんなに?大丈夫?」


 メイベルはニッと笑うと、これくらいやらない起きないんだもんと小さくこぼしながら、さらに揺する。


「・・・んむぅ、いやぁ・・・」

「ぼぉっちゃま!そろそろ起きないと夜眠れなくなれますよっ」

「・・・・・んんんぅ」


 そろそろと瞼が開かれると、母マーリアルと同じ、珍しいアパタイトブルーの美しい瞳が窓から射し込む陽光に煌めいた。


「ドレイファス様」


 ルジーが覗き込むと、ドレイファスはパッと目を開けはね起きた。


「おにいしゃまだれ?」


 噛んだ。

可愛すぎる!と思いながら挨拶を述べる。


「ルジー・バルモンドです。新しい専属護衛です。ルジーと呼んでください」


「はい、ルジーよろしくおねがいします」


(ふっはあ!なぁんだこのかわいい生き物!ここはかわいいものばかりで、悪くない!いや最高だ!)


ルジーは、心の中で喜びの声をあげた。


「そこは、ルジーよろしくで大丈夫です。使用人に敬語は不要ですから。

さて、ドレイファス様。お目覚めすぐというわけにはいかないでしょうから、少し時間を置いてでいいのでドリアン様にお話された夢の話をもう一度聞かせてください」


「あい、いいでしゅよ」


 また噛んで舌足らずに答えるとニッと笑うこどもに、おおお!やばいくらいかわいいぞぉ!と悶えてしまったルジーだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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