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53 茶会の出来事2

※数話、虐待の話が続きます。

苦手な方はご注意ください。


 マーリアルの出産を控え、公爵家新館に部屋を与えられているお抱え治療師プリスト・アコピは、一人目のこどもの治療を難なく終え、執事に連れられて謝りに来たこどもと仲直りをする様を見ていた。


 ドレイファスが良い立ち回りをしていたのが印象を残していたが、そのあとがいけない。


 執事ルザールがアコピに、あとから連れてきた子供も診るよう言ったのだが。

ルザールがこどもの袖を捲ると、あってはならない小さな傷がいくつも残されていて、こどもの身に起きただろうことがわかってしまったのだ。

 隣りにいたスートレラ子爵夫人もそれに気づいたようで、青褪めた顔をしながらも彼の傷が他の者には見えないよう、ドレイファスや侍女の視線を遮るよう彼の前に立っている。治療師は夫人の心配りをありがたいと思った。


 アコピは右手をかざし、エネルギーを流していく。ピリピリとした波動の返りを確認しながら右掌をこどもに添わせると、痛みや傷を見なくても追うことができるのだ。その傷を見て子供の胸が痛むことがないように少しでも小さく薄くしてやりたい。

 アコピは心からそう望んで治療に取り組んだ。




 スートレラ子爵夫人は、カルルドを連れて帰ることもできたが、トレモルの治療が終わるまでその場に佇んで彼を守る盾となっていた。

 見えてしまった傷が夫人の心を揺さぶり、このまま捨て置くことができなかったのだ。

 カルルドは少し飽きていたようだが、母の緊張を感じてぐずったり文句を言うことはせず、いい子にしていてくれたから。



 ずいぶん時間がかかった治療が終わると、アコピもだがトレモルがかなり疲労した様子を見せている。その様子に執事はマーリアルに相談することにした。


 かわいそうに。

こどもにはいろいろありすぎたのだ。そしてこのまま屋敷に帰すことに不安もあった。


コンコン!


「マーリアル様」

「ルザール入って。トレモルはどう?」

「はい、アコピが今しがた治療を終えましたが、かなり時間がかかりまして、ふたりとも疲れている様子です」


 マーリアルは自分の執事をじっと見つめている。

この男はいつも冷静で、ドリアンの執事マドゥーンと比べても表情を変えることがほとんどない。だが今は。

珍しく眉間に皺を寄せて、語尾にも力が込められている。


「このままトレモル様をモンガル家へお帰しになりますか?」


 意を決したようにルザールが切り出すのを聞き、マーリアルはこの執事が腹底に秘めた怒りを感じ取った。


「でも帰さないわけには行かないでしょう?」

「せめて一晩、こちらで休ませては?モンガル家でもご夫妻だけでお話なさる時間があったほうがよろしいのではないでしょうか?」


 言いたいことはわかる。

わかるが・・・

他家のことにすぎないとも言える。

考え込むマーリアルに執事は目を逸らすことなく答えを待ち続けている。一つの答え以外はいらないという圧力を込めて。


 マーリアルの、ドレイファスと同じアパタイトブルーの瞳は執事の圧力に負け、とうとう「旦那様に相談するからマドゥーンに伝えて」と言った。


「マーリアル様!

実はまだ、スートレラ伯爵夫人とカルルド様も滞在されておりまして。エミル夫人は治療室でトレモル様が他の者から見咎められない様、気を配ってくださっておりました。大変心優しく高潔なお振る舞いでございました。ぜひお声がけをお願い申し上げます」


 それを聞いたマーリアルは、たいしたことはなさそうだったカルルドの治療結果を確認し、スートレラ親子を私室へ呼ぶよう頼んでから、侍女に茶と果実水を用意させた。


 執事は自分が公爵執事の元へ向かうため、近くの侍従にスートレラ親子を迎えにやる。

そろそろ公爵家をお暇しようと支度を始めていた親子を呼び止め、お帰りの前にぜひご挨拶をと、マーリアルの私室へと案内した。


 スートレラ子爵夫人は、てっきり応接に行くと思っていたのが、どう見てもプライベートスペースに案内されて落ち着きを失っている。

キョロキョロしながら、侍従に遅れないようついて歩く。カルルドは母について小走りだ。


「奥方様、お連れしました」侍従が二人に道を譲ると。


「どうぞこちらへいらして」


 部屋のソファでマーリアルが手を振って招いているのが見えて、スートレラ子爵夫人の緊張は頂点に達した!

 手足が一緒に動いてしまい、カルルドが変なものを見るような顔をしている。


「ふふっ、大丈夫よ緊張しないでそちらにお座りになって。お茶を用意したから一休みしてからお帰りになってね」


 マーリアルの前のテーブルセットには、お茶とこども用の果実水と茶受けの干し果実が置いてあった。

 カルルドが母を見る。食べてもいいの?と聞いているのだ。公爵夫人のせっかくのご厚意なので、頷いて干し果実の皿を息子に寄せてやった。


「執事から聞きました。カルルドを怪我させたのにトレモルを守ってくださったそうね。礼を言いますわ」

「いえ、お礼なんて言われるようなことはしておりません」


 マーリアルはほんの一言二言だが、スートレラ子爵夫人が信頼に足る人物だと感じた。

 ようするに気に入ったのだ。


「スートレラ夫人、いえ、エミル様とお呼びしてもよろしいかしら?」

「も、もちろんでございます」


 マーリアルはにっこりと笑みを浮かべつつ、大切なことを思い出したと手を打った。


「聡いエミル様ならおわかりだと思いますが、トレモルの傷については、何も仰らないで」


 エミル・スートレラは固く口を閉じ、深く頷いてみせた。


「カルルド、トレモルと仲直りしてくれてありがとう」


 干し果実を口の中でふやかしていたカルルドは、急に声をかけられ焦って飲み込んでしまったようだ。ゴホゴホと噎せて、マーリアルがあらあらごめんなさいねと謝る。

 果実水を飲んで落ち着きを取り戻したカルルドは、今度はちゃんと顔をあげて大きな声で言った。


「ドレイファス様になかなおりさせていただきました」


 執事は仲を取り持ったのがドレイファスだとは言わなかったので、それを聞いてマーリアルは満面の笑みを浮かべた。


「そうなの!それはよかったわ。

ところでね、カルルド。一つ聞きたいのだけどよろしくて?」


 こどもは今度は小さくはいと答えた。


「トレモルにつねられたとき、なぜ何も言わなかったのかしら?やめてとか、助けてとか言えたでしょう?」


 ドレイファスもカルルドと同じ五歳だが、イヤはかなりはっきり言う。

なぜ何も言わずに我慢したのだろうと興味があった。


「伯爵様のおうちの子だから」

「え・・・・・」


 マーリアルは驚いて、目を見開いた。

もちろん貴族としては当たり前だ。

上位貴族には逆らえないのが貴族社会だが。

 まだ五歳、同じ五歳のトレモルはドレイファスに手をあげようとしたのに。

この小さなこどもは、すでに弁えているというの?


「素晴らしいわ」

「いえ、貴族の子息として当然でございます」

そう謙遜するエミル夫人に手を振り、

「その当然のことはトレモルにはできていなかったわ。素晴らしい教育ね、エミル様」


 褒められたスートレラ夫人は顔を赤らめて俯きながら感謝を伝えた。


 カルルドに向き直ったマーリアルが問うた。


「これから貴方のことはドレイファスが守るわ。同じように貴方はドレイファスを守ってくださるかしら?」


 訊ねられたカルルドは、意思の強そうな琥珀の瞳でマーリアルを見、一息してから大きくはい!と答えてくれた。

 スートレラ夫人は、何のことかと驚いて顔をあげる。マーリアルはそれを待っていた。


「ありがとう。では私、カルルドをドレイファスの側近候補に推薦するわ。よろしいわねエミル様」


 スートレラ子爵家は、後援の高位貴族が公爵家の傘下だと言うだけで、今まで誰ひとり公爵家に士官した者もない。今回初めて茶会に呼ばれたのも、なぜかまったくわからなかったが、公爵家に呼ばれては断ることもできず、恐る恐るやって来たのだった。


「エミル様って正直な方なのね。お顔に何でも出てしまって、お気持ちがまるわかりよ」


 そういうとマーリアルはさきほどまでの気位高そうな言動は消えて、コロコロと笑いが止まらない。


「今日の茶会は、ドレイファスの側近候補たちと交流して、相性やこどもの資質を見るためのものだったの」


 ハッとした顔でスートレラ夫人が佇まいを直し、マーリアルへ言葉を返した。


「身に余る光栄でございますが、私共は公爵家傘下の貴族の中では傍系に過ぎません。ご嫡男様の側近なんて、家格からも家力からもとても担えないと思いますが」


(そう、きっとそういうだろうあなたが気に入ったのよ!あなたが育てるこどもなら間違いないわ)


 スートレラ夫人の無礼にならない程度を見切った遠慮は、一層マーリアルには好ましかった。


 公爵家に嫁いでからというもの、社交界で近寄ってくるのは利用しようとする者ばかり。

上下関係はどうしようもないが、久しぶりに下心を感じさせない人物に会えたと思って嬉しくなったのだ。


「安心して。家格とか家力が問題と見做されるくらいなら、最初から茶会には呼ばれていないわ。

モンガル家が選ばれていた事のほうが疑問ね。

ドリアン様は、その家と後援貴族や親類の政治的思想や立ち位置、受けている圧力や影響を見て、しがらみの少ない家を選んだようよ。

我が家は公爵だし、ドレイファスの側近にはならなくても一番近くで我が家を支える親戚たちも十分に力があるわ。それとは別に、ドレイファスが心を許せる側近も必要ということね」


 スキル【神の眼】のこともあって、しがらみに絡め取られている家ではむしろ困るくらいなのだ。


「それに側近候補になれば、相応しい教育を我が家が受けさせるし、側近になったらそれなりの職位に付くことになるから、本人がしっかりしていればいいのよ。

少なくともドリアン様と私はそう思っているわ」


「は、はあ」


 マーリアルの弁舌に完全に呑まれたスートレラ夫人は、そう答えるのが精一杯で、自分を落ち着かせるためにホゥっと大きく息を吐いた。


「まあ、そう固く考えないで。まだ五歳ですもの、先はわからない。でも少なくとも今私は、エミル様とあなたが育てるカルルドがいいと思っているわ!」



 日も落ちる頃。

スートレラ子爵夫人と令息カルルドは、他の茶会の参加者より多くの土産と、治したとはいえ怪我をさせた詫びだとたくさんの品を馬車に詰め込まれ、子爵家へ帰っていったのだった。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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