50 メルクル、君って騎士だったよね?
フォンブランデイル公爵家、庭に作られたログハウスの作業小屋ではミルケラ・グゥザヴィが唸っていた。
かねてより取り組んでいる水やり樽がどうしても進まない。
小さな樽に棒をさして傾けると、棒の先から雨のように水を降らすことができるとドレイファスが絵も描いたが、棒をつけて傾けても樽の上からこぼれた水が、棒を伝ってとぽとぽと落ちるだけ。
同じような形に作っても、同じ結果にならないのはなぜ?
作っては失敗する。
何個も同じような形のものが転がっていて、それでも諦めずに思いつく改良はすべて試していた。
─コンコン
「ミル、いるかぁ」
部屋の外で兄の声がする。
扉を開けると、実に機嫌の良さそうな笑顔があった。
「ん、どうした?」
床にいくつも転がって放置された失敗作に目をやると、それを手に取る。
「これ、なんだ?」
ドレイファスが描いた拙い絵を指差して。
「これを作りたいんだけど」
「うん、だからこれなんだ?」
「水やり樽」
ミルケラの指先がドレイファスの絵を辿る。
「水いれて樽を傾けると、棒の先についたここから雨のように水を降らせることができるらしいんだ」
失敗作の水やり樽を掴みあげたメルクルは、絵と樽を見比べている。
「棒の先から?水が出るようにしたいのか?」
「ただ出るんじゃなくて、雨のように降らせたい。桶で水をやるとどうしても一度に掛けすぎて土が流れたりするから」
作りかけの樽の造作を細部まで見て、ドレイファスの絵を見比べるをくり返しているうちに、眉をあげた。
なにか思いついたような顔だ。
「一個、俺にくれ」
ミルケラが頷くのを確認して、
「これ、この水降らすのってエレファンに似てるんだよな」
「エレファン?」
もう考え始めているらしく、答えは返ってこなかった。
「棒・・・じゃなくて筒・・だな」
顔を上げたメルクルは部屋を見回し、何かを探していたが部屋を出て行った。
扉の外でゴソゴソと音がする。
倉庫から?
ミルケラが様子を見に行こうと腰を上げたとき、バンブー草を手にメルクルが戻ってきた。
「小刀貸して」
バンブー草を節二つ分ほどに切り離すと、手に残したバンブーの節のでっぱりを小刀でまっすぐきれいに削り取っていく。しばらくするとつるりと円形の筒が仕上がった。削ったところに指先を滑らせて削り具合を確認し、満足そうな顔をして。
今度はバンブー草の内側に小刀の刃先を沿わせるようにくるくると小刀を動かしながら切り込みをいれていく。何回か回した頃、火かき棒の持ち手を中を差し込んでグッと力を入れる。
バキという鈍い音がして、メルクルは逆さにしたバンブーを素早く上下に振ると、中でカラカラ音がした。
「これ、抜きたいな」
メルクルが指を二本バンブーの中に差し込んで、中身を引っ張りだそうとしている。
「んー、引っかかってるなあ」
もう一度小刀を差し込んで内側をくるりと数回削ると、中から円形の節が転がり落ちてきた。
「よし!いいね」
ミルケラは兄が何をやっているのかを見たいのだが、どんどんと進んでいく。
底の節一枚を残し、きれいにくり抜かれたバンブー草をテーブルに立てて、最後の節に手を付ける。
節に指先をあてながら、しばらく考え込んでいたかと思うとバンブー草を自分の両腿で挟み、残された節に小刀の刃先を立ててくるり、くるりと動かした。
位置を変え、またくるりくるり。
「よし!じゃあ次は」
棒を引き抜いた樽を手に取り、樽の穴とバンブーの大きさを見比べると小刀を当て、大きさを整えた穴にバンブー草を差し込むと・・・
所謂ジョウロが出来上がった。
ニイっと笑ったメルクルは、それを手に水を入れて外に出ていく。
「メル兄!」
追いかけたミルケラが見たのは、水やり樽を傾け、つぷつぷと樽から雨を降らす兄の姿だった。
「もう少し穴を大きくして、もっとたくさん開けたほうがいいのかな?」
湿った節にもう一度小刀を触れる程度に当てて穴を増やしてから水を入れ、傾ける。
「あっ、やった!」
弟の声に、ぱぁっと楽しそうな顔をしたメルクルが
「うん、やったね。大丈夫だと思うけど、外で試そう。あ、その前にちょっと待ってろ」
樽の横腹に、大きな取っ手を取り付けた。
「これがないと持ちづらいもんな」
畑で小さな雨を降らし始めたメルクルをみて、ミルケラはため息をついた。
「ああ、俺が作りたかったのにまたメル兄に負けた~」
「まあ、俺はおまえのおにいさまだから、ここは勝っておかないとだよ」
メルクルがちょっとどや顔してみせ、もう一度水を降らした。
アイルムのように水魔法が使えればよいが、そうではない者にとっては樽や桶を傾けてドボドボと溢しながらの水やりは、土を流したり植物を倒したりと加減が難しいのだが、これならいつでもやさしい雨のような水やりができる!
「樽の厚みをもう少し削ると、もっと軽く持ちやすくできると思うんだ」
メルクルが言うと弟はばっと顔を上げて、俺やる!と食いついてきた。
「うん、やってみろ」
がっしりした兄の手で頭をぽんぽんされ、うれしそうな十九歳の弟。
「ミルケラたちって本当に仲いいな。羨ましい」
モリエールは心からそう思っていた。
実家のソラス子爵家は、前妻の子である長兄と後妻の子である次兄の仲が悪く、こんな景色は見たことがない。同腹の次兄とモリエールは長兄が憤るような差別をしたことも見たこともないが、本人はそう感じているらしく、家を乗っ取るつもりか!と言いがかりをつけられた次兄が殴られたこともある。
公平な目で見ても長兄は思い込みが激しく、使用人にも横柄だ。どちらかと言えば次兄を応援してはいるが、二人の勢力争いに巻き込まれるのも、ソラス家の侍女やメイドにまとわりつかれるのも嫌でたまらなかった。そんなとき友人に連れられて行った家の庭園でヨルトラと知り合い、弟子入りを志願したのだ。
家を出られるというのも、花を仕事にできるのもいい!そう考えて。
ヨルトラを良い師匠というかは人によるだろう。ただモリエールにとっては、ほぼ最高な存在だ!ほぼ・・・、まあ完璧ではないが、それこそが人。
モリエールは敬愛する師匠と共に道を極め、公爵に仕えることができる今の環境をとても愛していた。
さて。メルクルは新たな水やり樽を作りながら、もう一つ思いついたことを試していた。ミルケラにも話したが、樽を小さくしつつも内側を強度が落ちない程度に削り、入れられる量を確保する。
そして取っ手の改良と、樽に半円の蓋をつけた。
樽を傾けてバンブー草から水を流そうとすると、樽から水が溢れ出てしまったので、多少でも防げればとやってみたのだが。
庭師たちはそれを面白がって、溢れる限界まで傾けて遊んでいた。
夕方ドレイファスがやってきて、それを見つけたとき。
「あーー!こっれ!水やり樽だぁ!」
叫んで掴むと、とっとと水を汲んで畑の水撒きに使っている。
ちょっとよろける姿を見て、大きく重いのかも?と気づいたメルクルが、ドレイファス用にさらにひとまわり小さく軽い水やり樽を作ったのは言うまでもない。
スライム小屋や穴掘り棒ができたときと同じように、タンジェントがミルケラを連れてドリアンに報告に行ったときの事だ。メルクルが最初に作った水やり樽の出来映えを見て、ドリアンは思わず呟いた。
「ミルケラ!兄上は我が家の騎士だったと思うが、違っただろうか?」
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
数話まとめて予約投稿をしているのですが、もし更新されていないときは、予約投稿すらできずに寝落ちしたなと思っていただけましたら、ありがたく思います。
今後ともドレイファスと仲間たちをよろしくお願いします。




