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5 収穫

 窓から赤い夕陽が射し込み始め、王城図書室の閲覧時間の終わりとともに、マトレイドたちが公爵家へ戻ってきた。


「疲れた・・・・・」


 マトレイドが大きなため息とともに、資料室へ入ってくる。

机にたくさん資料を広げたルジーとカイドが見上げると、ハルーサはまだ興奮の気配を残していて目が爛々としているが、マトレイドは早くもクマを作っている。そこはかとなく疲労感が漂っていた。

「なにかわかったか?」

ルジーが尋ねると、より一層の疲れを滲ませてマトレイドが首を横に振る。 

「今日見たスキルについての資料にはカミノメという言葉が書かれたものはなかった」

「こちらは少しだけわかったことがあるよ」

しかしルジーが、不安そうに言った。

「そうか!ん?進展した割には元気がないな」

「うん、公爵家の直系とわかる限りの傍系全員、八代前までの神殿記録を見てみたら、嫡男に限って現れていることがわかったんだが・・・」

そう言葉を濁したルジーはカイドと目を合わせ、少し間をおく。


「現れて、数年後に消えている」


そう告げた。


「・・・・・?」


 何を言われたのか。

何か理解できないことを言われた気がするが、それが何かわからない。

頭に大きな疑問符が浮かんだのはマトレイドだけではなく、好奇心旺盛なハルーサもポカンとしている。


(そうだろう、そうだろう。うんうん)


 マトレイドたちの反応をみて、ルジーは自分の感じている意味不明な気持ち悪さを共有できた気がした。

カイドが小さく手を上げ、会話に割り込んでくる。


「神殿記録を探す手間と親族が多すぎて、まだ八代前までしか遡れていないんだが。いまのところ公爵家嫡男のみ、そして、発現も消えるのも人により、規則性はないらしいことだけがわかっている。が、カミノメが何かということはまだまったく見当もついていないんだ。でも、ここまででもドリアン様にお伝えしたほうがよいだろう、かな?』

見渡すが、皆微妙な顔をしている。

マトレイドが知るドリアン様なら、その先を知りたいんだよと言うだろう。

「明日は私たちもここで一緒に調べてみよう。公爵家嫡男だけに現れるならある程度絞り込んでもよいかも知れんな。当主や公爵夫人、執事長などの日記も役に立つかもしれないぞ。もう遅いし、せめてもう少しまとめてから報告しよう」


マトレイドの提案に、みんな賛成した。


(今日のうちに王城食堂に行っておいてよかった)


みんなが真剣な中、ハルーサだけがそんなことをぼんやり考えていたのは内緒の話としておこう。



 翌日は調べ物などやめて外に行きたくなるような快晴だったが、四人の男たちは静かな資料室にひっそりと集合した。

ある者は目薬を手に、またある者は水筒にスースーする葉っぱで煮出した目覚まし茶を持って。


「おはよう。私は昨夜はとても疲れたせいか、よく眠れたよ。夢でも綴りを読んでいたが」


 マトレイドのそれは冗談のつもりだろうか?他の三人はまったく笑わない。


「今日は神殿記録と領主たちの日記など確認する者と二手に分けて見ていこう」

カイドが仕切る。

「まずは奥の書棚から、もっと古い記録を皆で出そう。出したら毎日いちいちしまうのも大変だから、調査が終わるまでこの資料室は関係者以外立入禁止にしておこうと思うんだが」


三人ともうんうん頷いた。


 それにしても六十八代前までのなんて、記録は残っているものだろうか?鍵魔法をかけてあるエリアは、カイドも初めて入る未知の領域だ。二年前までカイドの父である先代の編纂室長が管理していたが、必要なことは既にまとめてあるので下手に手を入れて資料を傷めることがないように、数年毎に鍵魔法をかけ直すようにとだけ引き継いでいる。

だからニ十代前の公爵の資料ですら、カイドも見た記憶がないのだ。そんな大変貴重な資料をそぉっと書棚から発掘していく。


「これ五十四代のご当主様の日記だ!」

「じゃ、もっと奥にもめちゃくちゃ詰め込んであるってことか?はあー」

「なぁ、その頃の神殿記録も銅板だったのかな?」

四人の男たちは沈黙の作業に耐えられなくなり、どうでもよいような進捗や疑問を口にしながら、様々な資料を年代順に机に並べていく。


「これは五十ニ代ご当主の日記か?」

カイドが興奮したように右手を上げる。手に持つ紙綴りは、すでに繊維の劣化が始まっている。

「カイドさん、振り回さないで!そっと持ってくださいよ」

ハルーサが口を尖らせて注意をすると、ハッとした顔で丁寧に机に置き直す。

「すまん、私としたことがちょっと興奮してしまった」

カイドは少しでも古い資料を見つけるとうれしくなってしまうらしい。ハルーサに何度も注意されているのだが。


「なんかもう、机の上いっぱいすぎて、なにがなんだかわからんな」


 マトレイドの一言で、四人は少し冷静さを取り戻し、確かに机に山と積まれた資料を見上げた。

「書棚から全部だせたわけではないが、一度机の上の物に目を通して、整理してから次に進むか」

カイドの言葉が呼び水となった。一休みの空気が流れて、ハルーサがお茶を取りに資料室を出ていく。


「それにしても本当にすっごい量だな」

ルジーが肩をすくめる。

「これ全部に目を通して、カミノメがなんだかわからなかったらどうするよ、いやマジで」

おどけたように言ったルジーは、ジトッとした目でマトレイドに睨まれて口をつぐむ。

いつものマトレイドなら一緒に軽口を叩くところなのに。

 この二日間、昼とティータイム以外ひたすら文字を読み続けている。文字大好きでそれを仕事にするほどのカイドたちはうれしそうだが、二人は早くもうんざりしていた。

それでも仕事だと気持ちを切り替えて、目を凝らし頑張って集中しようとしている。


 マトレイドはふと、窓から見える空が暮れ始めていることに気づいた。いつの間にか相当な時間が経っていたようだ。残念ながら今日も思っていたほど捗らず、まだ先は長そうだとため息をつく。


「今夜は早く終いにして、また明日頑張るっていうのはどうだ?」

「最高の提案だな、今日はこれで終わりにしよう」

カイドはまだ続けたそうだったが、リフレッシュが必要だと納得させて解散とした。




 調査開始から三日目。

今日も今日とて神殿記録と日記の精査だ。

日記はそれこそ長い記録で一人分を目を通すだけでもかなりの時間がかかる。ただ、神殿記録を確認するよりずっと面白い。


神殿記録はカイドが。

日記などは他の三人が目を通していく。

急にルジーがプッと吹き出した。

「四十八代エンデルフィン様が、浮気がバレて夫人に酷い目にあわされたって書いてある」

「今も昔もやることは変わらん」

「というか、他の公爵や夫人はそんなこと書いてないよな?品行方正だったのかな?」

マトレイドが片手をあげた。

「わざわざ言わなかっただけで、けっこうあるぞ」

うんうんと頷くハルーサ。


「ああ、こんな風に子孫に見られて笑われるなら、俺日記書くのやめるわ。今までのも全部焼いたほうがいいな」


 結婚もしていないのに子孫に笑われる心配をしてボヤくルジーを見て、ハルーサが笑いを堪えている。


「肩こりと疲れ目が酷いが、いつになく長閑な任務だな」


 窓から青い空を見上げ、マトレイドが呟いた。



 その日の昼は公爵家の食堂で四人揃ってランチを食べた。そのあと春の香り漂う庭園で四人で散歩をし、四人揃って資料室へ戻ってきた。


 すっかりリフレッシュした四人は、着々と、公爵一族の幼少期の神殿記録に書かれたカミノメの拾い出しを、そして日記を暴いていった。

歴代当主や夫人の日記などにも時々カミノメという言葉は現れるのだが、たいていは一度きりで、どんなスキルなのか内容は書かれておらず、それどころかいつの間にかスキルが消えているのに気づいた記述すらない。日記を読むのは面白かったが、あまりの量と、これという進展もないためか気持ちが疲れてきている。


今日も早めに終わりにするかぁ。

これはサボリ癖などではない。

生産性を高めるたの疲労回復であーる。

などとルジーがふざけていたら、カイドが慌てたように声をかけてきた。


四十ニ代公爵メイザー様の幼少期の神殿記録に、初めて大きな変化が現れたのだ。


『五歳でカミノメが現れ、十五歳でも消えていない』


 神殿で魔力や属性、スキルの確認を神殿でするのは、成人して自分でスキルボードが使えるようになるまで。なので、だいたい十五歳くらいまでだ。このあと消えたのか、消えなかったのかを知りたいがこれ以降の神殿記録はない。メイザー様か、メイザー様のご両親である四十一代公爵と夫人、執事長などの日記はないか?

一気に色めきたち、四人はまた書棚から資料を引っ張りだし始めた。


「ないな」

「誰かしらのが見つかるだろうよ」


 あるのだろうが、日が暮れ始めて暗くなってきたせいで、蝋燭の灯りでは奥の書棚に積み上げられた中から探すのは難しい。今日の作業は限界のようだ。


「気になるところだが、探し物は明日にして、一度ドリアン様に進捗を報告しようと思うが」

「では私も同行しよう」

カイドが手をあげた。ルジーは面倒くさそうな顔を、ハルーサは気配を消した。

ドリアン様は取って食うような人ではないが、生真面目なやりとりをルジーは苦手としている。ハルーサの気配消しはただの経験不足とマトレイドは見て、ちょっと笑ってカイドを伴い公爵の執務室に向かった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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