48 兄、来たる
とうとうミルケラの兄が公爵家の騎士団にやって来る日。ミルケラは朝から落ち着かずにうろうろとしている。
「はー、でかいな!」
乗り合い馬車を降り、じきに離れと呼ばれることになる屋敷を見上げる。
「さすが。公爵家ともなると違うな」
メルクルが全体を見渡していると、ミルケラが走ってきた。
「あにうえー!よくきたー!来てくれてありがとー!」
ガバっと抱きつく。
「馬車を取ってくるから待っててよ、まずは神殿契約を済ませないとね」
え?なに?いま?いきなり?
驚いて顔を見るが、そんなことはお構いなしに、ミルケラは走って消え、すぐ馬車で戻ってきた。
「はい、乗って乗って!」
「ミ、ミル?」
「まずは神殿契約がここのルールなんだ。そうじゃないと屋敷の奥に入れないからね」
パチっとウインクをすると、馬を走らせた。
神殿契約を無事交わして馬車に戻ると、ミルケラがバンブー草の水筒に入れた茶を出す。
「一息もつかせずに悪かった!でも神殿契約を交わしてからでないと話せないこともあってね」
「なんだ、秘密が多いのか?」
からかうつもりで言ったのだが、ミルケラはまったく真面目に、そうだと答える。
(もしかしてうますぎる話はヤバい話だったんじゃ?)
メルクルが不安を感じてミルケラをみるが、気にすることなく馬車を走らせながら言う。
「秘密はあるけど、悪いものではない。もしそうなら俺こんなにのびのび楽しく仕事してないと思うよ」
その一言は、一瞬でメルクルの不安を打ち消した。
「確かにそうだな。ミルケラは今までで一番楽しそうだ。正直者のおまえが危ないことがやれるわけないしな」
兄にそう言われて、弟はとびきりうれしそうに笑った。
屋敷に着くとミルケラが執事のマドゥーンを呼んできて、兄を引き継ぐ。
公爵家の騎士団では、通える家がない者は公爵家内の騎士棟に部屋を与えられる。無料で住むことができ、三食を供してもらえるなんて破格の待遇だ!とメルクルは話を聞いて思ったが、通いの者は家を維持する手当が出るらしく、一体公爵様はどれほど気前がいいんだろうと空恐ろしくなった。
しかし、ミルケラは公爵家の使用人たちにとっては当たり前で、それこそが公爵家で働くということさと言ってのけた。
「いきなりで驚かれたと思いますが。神殿契約を済ませていれば、二階と鍵魔法がかけられた部屋以外は自由に歩けます。
騎士団にはグゥザヴィ様の他数名が一両日中に入団されます。皆様が揃われてから入団式を行いますので、それまではお好きに過ごしていらしてください」
そう言うと、マドゥーンは騎士棟の部屋の前で鍵を渡してくれた。
「新館ができると、あちらに移ることもあるかもしれませんが、気になさらずお使い下さい」
メルクルが受け取った鍵で扉を開くと、そこは清潔な一人部屋だった。
「え、個室?」
マドゥーンは当たり前のように、もちろんですと答えるが。
「個室もらえるんですか?ほんとに?」
しつこく聞いてくるメルクルに、マドゥーンは不思議な表情を浮かべている。
「いや、だって騎士団なんて普通大部屋に何人も入れられるのが普通じゃないですか?」
執事の視線に、メルクルが慌てて言い訳をしてしまう。
「そうなのですね。公爵家は相部屋は見習いだけです。特に騎士団は夜勤もありますし、人の出入りが少ない方がよく体を休めることができますから。寝具は他より良い物を用意しています。湯浴みは共同ですが、魔石を置いているのでいつでも使えますよ。
そうだ、荷物を片付けたらミルケラに屋敷を案内するよう言っておきましょう」
納得したようにそう言うと、頭を下げた執事はその場を離れた。
部屋に入りしばらくすると、片付け手伝うか?とミルケラが来たが、メルクルはたいした荷物も持たずに来たのですでに終わっている。
じゃあ、屋敷を案内しよう!とニ人で歩き出す。
「とりあえず、食堂と俺がいる庭の作業小屋だな。あとはそのうちでもいいかも」
そう言ってまっすぐ進むと、よい香りが鼻をくすぐり始める。
「ここが厨房で隣が食堂だよ。ボンディさんいますかぁ?」
厨房に声をかけると、見慣れた男が顔を出す。
「おうミルケ・・・ラ?」
「紹介しますよ、兄のメルクルです。今度公爵家の騎士団に入りますから、よろしくお願いします」
「そうか!歓迎するよ。俺は副料理長のボンディだ。なあミルケラ?・・・そっくりって言われないか」
兄弟を代わる代わる見て、副料理長は朗らかに笑い、兄と握手を交わす。
「もう夕餉出せるが、食べていくか?」
と、とても魅力的な提案をしてくれたので、そのまま食事を取ることにした。
ミルケラがトレーにニ人分の食事乗せてもらい、食堂のテーブルに肉と野菜の煮込みとサラダ、固いブレッドとスープを配る。
「え、こんなに?今日来たばかりだから特別か!」
メルクルが確認してくるが、ミルケラがいつもと同じさと答えると、ええ!と大袈裟に驚いてくれる。
辺境伯の騎士隊は、ブレッドとスープが普通だった。まあ、スープは具だくさんではあったけど。楽しくなったミルケラは「食べて食べて」と勧め、上目遣いで様子を窺った。
「うっまい!塩味が効いてる!」
かきこむ様にあっという間に平らげた。
「こんなのいつも食べているのか?本当に?」
メルクルが弟にもう一度確認する。
「本当だよ。一日三食いつも食べてるよ、俺」
それを聞いたメルクルは、うれしそうに蕩けて笑ったのだった。
その夜、メルクルは人生初の個室でひとりで眠った。誰の寝息も聞こえないため、最初は静かすぎてかえって目が冴えるような気さえした。
石ガラスが嵌め込まれ、夜空も見える窓がある部屋も初めてだ。夜風やすきま風が入らないのに、月が見える。
寝台には布団が敷かれていて、柔らかく体を包む。物心ついてからずっと藁を敷いた寝台を使っていたが、布団のふんわりしたあたたかさを経験し、幸せな気持ちになった。
公爵家の秘密が何なのかはわからないが、弟を信じて、今夜はこの気持ちよい寝床に身を任せよう。
瞼を閉じると、すうっと吸い込まれるように眠りに落ちた。
コンコン!とノックの音でメルクルは目が覚めた。
こんなに熟睡したのは、いつ以来だろうと思いながら飛び起きる。扉を開けるとミルケラがいた。
「おはよう、兄上。よかったら朝食前に庭に来ないか?俺今日は食べちゃったけど、今度一緒に庭で朝食を食べるのもいいな、すごく気持ちいいぞ」
屋敷の中を縦断するように連れられていくと、騎士棟のちょうど反対側に、庭への出入口があった。
扉を開くと作業小屋の前に出るが。
右手に、見慣れないものがあった。
そう、スライム小屋と畑だ。
「なんだ、あれ?」
まずメルクルは吸い寄せられるようにスライム小屋に目をやった。
「俺が作ったスライム小屋だよ」
え?ミルケラが作った?これを?
思わぬ答えに眉間にシワを寄せる。
「入ってみて」
石ガラスとは違うが、日差しや外の景色がぼんやりと映り、とても暖かい。
「この素材はなんだ?」
半透明の物体に触れてみると、ところどころ引っかかりはあるものの、全体的にはつるりとしている。
「乾燥スライムさ。一応小屋を作ったけど、スライムの耐久性もわからんし、今様子見ているところだ」
「何に使うんだ?」
「それはこれからのお楽しみだ!」
嘘ではない。
用途はなんとなくコレだろうと考えているが。
「落ち着いたらでいい。相談に乗ってほしいことがあるんだ」
「いいのか?こういうの機密では?」
「ん?兄上、神殿契約を交わしてきただろう??」
ハッとした顔の兄の背を押して、今度は畑の前に立たせる。
「見て」
目の前に広がる不自然な畑。
「なんだこれ?畑か?うまい具合に庭にできた?いや、一列に生えるなんておかし・・・いぞ」
「うん。おかしいよね」
ミルケラの目は笑っているが、メルクルは脂汗が浮かぶのを感じた。
ここはただの庭ではない。
常識など通じない魔獣相手の国境警備は、柔軟さが必要だ。しかしいま目にしている物はすべてが未知。今まで誰も考えなかったような未知の世界がそこにあった。
「ミルケラ・・・」
「とりあえず、俺の仲間を紹介させて」
後ろから背中を押され、作業小屋へ連れて行かれる。
ログハウスの扉を開けると、中には四人の男たちが茶を啜っていた。
「みんな、兄のメルクルだ!」
うれしくてたまらないという顔でミルケラが紹介したが、庭師たちは双子のようにそっくりなメルクルに目がくぎづけだ。
メルクルのほうが少し目が大きいことと、鍛練した武人の体躯ということ以外は、本当にそっくりだ。
「こんなに似てる兄弟も珍しいな、なあ八人みんなそっくりだったりする?」
アイルムが失礼なことを言うが、兄弟は笑って、だいたいこんな感じ!と答えている。
それぞれ自己紹介をし、モリエールが茶を淹れて出してくれた。
「ログハウスも椅子や寝台なんかも、全部ミルケラが作ってくれたんだよ。ほんとにすごいよな」
タンジェントが褒めると、本当はもっとこうしたかったとミルケラが欲望を伝えてくる。
メルクルは仲間たちとのやりとりをみて、ずっと後ろをついてきた弟がここで頼りにされていること、それ故自分にも声がかけられたのだと理解した。
「メルクルと呼んでも?」タンジェントが垣根を取っ払って踏み込むと、ミルケラそっくりの顔と声でもちろん!と応えた。
「ミルケラの兄上なら仲間みたいなものだよな。俺も名前で呼んでくれ」
そうして、闇のように深い秘密を肌で感じながら、メルクルは公爵家に迎え入れられたのだった。
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