3 ゆめのなか
ドレイファスは馬車に揺られて眠気を催していた。いつにない早起きのせいで上瞼と下瞼は貼り付けたかのようだ。両親が自分のことを話して喜んでくれている気配は感じるのだが、いかんせん眠すぎた。すぅっと吸い込まれていくと、また夢を見た。
あの窓だ!
中を覗くと、さっき半分残されていた白い大きなものをカットし始めたところだ。母親がナイフを、赤い実を避けながら白い物に差し込んでいく。ナイフに圧されるとそれは薄く凹み、切り離されたらふんわりともとの高さに戻った。
え?とってもやわらかそう!
ドレイファスの世界には、あんなにやわらかい食べ物はない・・・と思う。
白くてふんわりやわらかくて、あんなにおいしそうにみんなで食べるもの。
あれは一体何?
白いのは?
ふんわりしたのは?
どんな味なんだろう?
どんな匂いなんだろう?
そしてあの大きな赤い実!
僕も食べてみたい!
「ドレイファス?」
母に揺らされ、夢から引き戻された。
「屋敷に着いたから起きなさい」
母が宥めるように頭を撫でてくれ、促されるようにのろのろと動き出したが、頭はさっきの夢でいっぱいだ。
「おとうさま」
さっきの夢の話を聞かせなくては!と、なぜか妙に焦った気持ちになって、立ち上がると父の手に掴まった。
「どうした?」
「またゆめみました」
「そういえば昨夜も夢の話をしていたな」
こどもの夢の話くらいと言うなかれ。
魔力の成長やスキルが発現するタイミングでは様々な不調が発生することがある。悪夢にうなされたりと兆しが現れることも多いのだ。
小さな不調が抵抗力の低いこどもをあっという間に弱らせることもまれではない。
大切なこどもを守り育てるため、成長の過程でこどもが訴えることは注意深く聞いて対応すべしと、国が行う親のための育児学校で学ばされていた。
「お茶を飲みながら聞かせてもらおう、ドレイファスの分も用意を」
そう言いおいて、まだまだ小さな息子の手を握り直し執務室へ向かう。
厚みのあるマホガニー材の扉を開けるとすぐ、シートを張り替えたばかりの3人がけのソファが置かれている。そこにドレイファスとマーリアルを座らせ、ドリアンは奥の一人用ソファに収まった。
時を置かずして、ドリアンの執事マドゥーンがティーセットを運んでくる。公爵夫妻には領地で作られているレッドティーを、ドレイファスには温めたオレルの果実水を用意し、家族3人のティータイムが始まった。
「さあ、どんな夢か教えてくれるかな」
ドリアンはドレイファスに目線を合わせてやさしく問いかけた。
「白い大きなふんわりしたものを、かぞくみんなでたべていたの」
ドレイファスは、両手を広げてその大きさを現そうとしたが、五歳児の表現力には限界がある。
「白くて大きなふんわり?」公爵夫妻は双子のように声をあわせ、思い当たるものがなさそうに首を傾げた。
「それが昨夜話していた、夢の話かな?」
「さっきもみたの、昨日の続き」
「え?夢の続きを見たのか?」
夢の続きを見るなどそうあることではない。こどものことだ。そのように思い込んでしまったのだろう。公爵は夢の内容が悪いものではなさそうなので、軽く聞き流してしまっていた。が、母であるマーリアルは、我が子の情緒や感性に興味を持ち、その話を深堀ることにした。
「白くて大きな!は、見ればわかると思うのだけど、ふんわりしてると思ったのはなぜ?」
「みんなの分切ったときね、ナイフ刺したら小さくなって切れたら大きくなったから」
「そうなの!素晴らしいわ、ドレイファス。それを見ただけでやわらかさがわかったなんて」
母の喜色とは一線を画し、父は息子の言葉を反芻して理解のきっかけを探していた。
(ナイフを刺した、小さくなった、切れた、大きくなった?うーん、わからんな。マーリアルはこれでわかったというのか?さすが母親は違うな)
しかしマーリアルは何も深くは考えていなかった。考えることはドリアンにおまかせだ。
(なんだかわからないけど、やわらかさが見ただけでわかったというのは、よく観察したに違いないから褒めて良し!)
「あと、ペリルみたいな大きな赤い実をたべてたの」
「ペリルみたいな大きな?ペリルは小さいぞ』
「うん、でもお口大きく開けてアーンするくらい大きかった」
(ん?夢とはいえなかなかよく見ているのだな)
ずれているようでいて、さすが仲良し夫婦。
「もっと気づいたことはあるかしら?」
「たべた子がすっごくおいしそうだったの。あとやわらかいところが薄い黄色いだった」
にこにこと聞いているドリアンとマーリアルだが、二人ともまったく思いつく食べ物がない。
(みたこともないようなものをこんなに具体的に夢に見るのだろうか?魔力発現の影響だろうか?カミノメというスキルと合わせてマトレイドに調べさせよう)
ドリアンは執事にマトレイドを呼ぶよう声をかけ、ティータイムを終えた。
ドレイファスの夢の話をドリアンが調べることはマーリアルの想定内だ。では自分にできそうなことは、大きなペリルを探すことくらいだろうか?
大人の親指の先くらいの実しか見たことがないが、ドレイファスの表現を信じるなら大人の親指二本分くらいありそうだ。
そんなペリルがあるなら、ぜひぜひぜひぜひ食べてみたい。ドレイファスのペリル好きはマーリアルの遺伝・・・。
ふと思いついたマーリアルが、ドレイファスの手を引いて厨房へ向かった。ランチの支度まではまだ少し時間がある。みんないるだろうか?
コンコン!
軽いノック音に厨房の面々が振り返ると、公爵夫人マーリアルが覗き込んでいた。
「お、奥方様!」
「教えてほしいことがあるのだけど、今ちょっとよろしくて?」
「は、はいっ!」
ドレイファスも母の後ろから姿を現す。
「ペリルのことなのだけど、今まで見た中で一番大きなペリルってどのくらいの大きさだったか教えてくれるかしら」
予想もしなかった質問らしく、みんなキョトンとしている。
「おおきいペリルですよぉ」
待ちきれなくなったドレイファスが声をあげた。
「私が知るペリルは親指の先ほどのものです」
料理長のシイズがそれに答えると、他の者も頷き合う。
「やっぱりそうよね・・・」
マーリアルの呟きに、ドレイファスは残念そうに俯いた。
「もしも、どこかで大きなペリルの話を見つけたり聞いたら必ず知らせてね」
皆にそう言うと、マーリアルは屈んでドレイファスの背中をポンポンとやさしく叩いて励ます。
「ないと決まったわけじゃないわ」
母の言葉に、ドレイファスは顔をあげてちょっとだけ笑って見せた。
「奥方様、明日は天気がよさそうなのでペリルを摘みに行くつもりですから、よく見て参りますよ」
副料理長のボンディが調子よく言う。
「あら、じゃあ明日の夕餉のデザートは新鮮なペリルかしら!」
マーリアルがにっこり笑い、ドレイファスも弾かれたように顔をあげた。
「楽しみにしていますね」
「たのしみしてますね」
ドレイファスの舌足らずなそれは、厨房の料理人たちの心をほっこりさせ、なるべく大きなペリルを探してやろうとボンディに決意させたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
本日、あと一話の投稿を目論んでおります。
5歳児の語彙力でしばらく進むため、自分でもじれじれ感がすごいですが、気長にお付き合いいただけましたらありがたいです。
よろしくお願いします。