25 サールフラワーの畑
早く寝たせいか、タンジェントは夜が明けてすぐに目が覚めた。
─そうだ!せっかく早起きしたんだから、土の確認をしていけそうなら、朝のうちにサールフラワーを植えてしまおう─
作業着を羽織り、帽子も被らずに畑へ向かう。カゴに入れてあるサールフラワーに変化はない。畑の土に触れ、サールフラワーとの適性を見ると適性は普通だった。ペリルは高いだったのだが。
普通になってしまう理由を知りたいが、鑑定ボードにどう聞けばいいだろう?
また土に触れ、考える。
─サールフラワーへの適正をあげるためには、何をどう変えればいいんだ?─
【フォンブランデイル家の庭の土】
サールフラワーへの適性の改善
水はけ
・・・ぅお?また出た!
水はけ?
水はけのよい土・・・
石はダメだな。
葉っぱ?葉っぱはありかも。
玉土?玉土を増やしたら隙間がいっぱいあって良さそうだ。玉土ってどこにあるんだろう?
ということは、今日の植え替えは難しそうか。
まずはドリアン様のところへ行ってからにするか。
作業着を脱ぎ、手を洗ってから屋敷へ向かう。
執務室へ行くと、扉が開いていてマドゥーンが顔を出した。
「おはよう、タンジェント。ドリアン様はもういらしている。中に入りたまえ」
挨拶をしながら室内に足を踏み入れた。
「タンジー、早くから呼びつけてすまなかった」
「いえ、大丈夫です」
「それでは用件を聞こう」
「はい、昨日植物採取にロプモス山にいったのですが、その時サールフラワーの群生地を見つけました」
「何?」
ルジーもマトレイドもそこまでは話していなかったようだ。
「ロプモス山にサールフラワーの群生地だと?」
ドリアンとマドゥーンが顔を見合わせる。
「少し植えてみたいと数株採取させていただきました」
「うん?ああそれは構わない」
マドゥーンが茶を入れ、それぞれに給仕してくれる。
「場所は?」
「山の入口から半刻ほどですが、獣道を分け入ったところで」
「マドゥーン、ジリアルノを呼んでタンジーに案内をさせろ。ロプモス山にうちの者以外が立ち入らないよう鍵魔法をかけるよう伝えろ」
─サールフラワーか。
サラダも良し、煮て良し、焼いて良しだ。用途が広いから、大きな群生地だったら楽しみだな─
タンジーに目をやると、ドリアンは
「サールフラワーが売れたら、一部をタンジーの棒給とする」
「え!そんな畏れ多い・・・」
「ん?当たり前のことだ。公爵家の利益をあげる発見をしてくれたのだから還元せねば。ジリアルノが来たら、一緒にロプモス山へ頼む」
「畏まりました」
頭を下げながら、タンジェントは決意した。
(俸給をくださるなんて、ドリアン様は懐が深い。ドリアン様のためにも絶対サールフラワーも増やしたいな。もう一度背負カゴを持って行こう。土の改良に時間がかかるかもしれないから、念のためもう少し株と土を採取してこよう)
しばらくすると、マドゥーンが濃い茶色の髪をしたタンジェントより少し年上そうな男を伴って戻ってきた。
「紹介しよう。情報室のジリアルノ・ロードル、こちらは庭師のタンジェント・モイヤー。ジリアルノはマドゥーンから用件を聞いたかね?」
ジリアルノが頷いたのを見たドリアンは、畑の申請書を探しながらタンジーと山へ行って、群生地の保護と測量、山に鍵魔法をかけて来るよう指示を出した。
ジリアルノと二人、執務室から出てロプモス山に向かう支度に作業小屋へ寄らせてもらう。
作業着を羽織り、背負カゴを背負うと待たせていたジリアルノと歩き出す。
「馬を借りたほうがよくないか?」
「獣道になるので歩きのほうが融通がきくんだ」
なるほど、と納得してくれたようだ。
「情報室ということは、マトレイドやルジーたちとは?」
「ああよく知ってるよ」
同じ屋敷にいても、タンジェントはジリアルノは初対面だ。公爵家の中にはいったいどれほどの者が働いているんだろう。
記憶に残らないような世間話をしながらズンズンと歩いて行った。
山の入口につくと、ジリアルノが鍵魔法をかけ、屋敷から持ってきた関係者以外立入禁止の札をたてる。
「ここからは獣道だから、足もと気をつけて」
昨日も来た道。
背丈ほどもある草をかき分けてしばらく進むと、先の岩陰にそれはあった。
「うっわ!すげえ」
見渡す限りサールフラワーが咲き誇るのを見てジリアルノが声をあげた。
「少し採取して行くので、区画図の作成が終わっても待っててくれ」
タンジェントに了解と答えたジリアルノは、群生地を囲い、公爵家の畑として国に申請するための測量を開始した。といっても魔法で測るだけなのであっという間に終わる。
タンジェントもサールフラワーと土の採取を終え、ふたりでまた他愛もない話をしながら帰路についた。
マドゥーンが玄関で待ち受けているとは思わなかったが、タンジェントらが屋敷に戻るとすぐ、マドゥーンに捕獲されて執務室へ連れて行かれた。
「ふたりともご苦労」とドリアンに労われる。
ジリアルノが測量の結果を手渡すと、すぐ畑の所有報告書を書き始めた。
顔をあげ、タンジェントににこやかに笑いかけると
「タンジー、この広さはなかなかの物だ。収穫に入るのが楽しみだなぁ」
「実際、圧倒されるほどの広さでしたよ」
ジリアルノが口を挟む。
「それで、サールフラワーも畑に植えられそうなのか?」
「今、土の改良をしていまして、終わり次第試すつもりです」
「ああ、うまくいくとよいな。庭師の面談はいつからだ?もう候補は絞り込まれていると聞いているが」
「はい、ロイダルから面談候補のリストを受け取りましたので、こちらで予定をたてましょう」
タンジェントが頼むまでもなく、ありがたいことにマドゥーンが段取りをすると言ってくれた。
「タンジー。相手の元の役職や年齢、家格に惑わされず、ともに働きたいと思う者を選べ」
うっすらと笑みを浮かべながら、ドリアンは言い含めた。
「これからの長きに渡り、相棒になる者なのだ。タンジーが萎縮するような者、頭からタンジーを否定する者はダメだ。もちろん、正しく諌めてくれる者は大切ではあるが、ことドレイファスの夢見に関しては、今までの常識をひっくり返すようなことも多そうだから、それまでの自分こそが正しいと考え、新しい物や事は受け入れられないような者は害にしかならん。言い方は悪いが、非常識と呼ばれるくらいでちょうどよいのかもしれん」
タンジェントは、この生真面目な公爵の言葉に驚いていた。自分が働きやすいと思う相手を、奇譚なく選んで良いと言ってくれているのだ。
主君に恵まれるというのはこういうことだと、本当に心から感謝した。
面談予定は決まり次第マドゥーンが知らせてくれると言うことで、ようやく執務室から解放されたが、ドリアンのおかげで心地よい疲れに包まれていた。
頬をパンパンに膨らませたドレイファスが目の前に現れるまでは。
「タンジーっ!どこ行ってたの?ペリルたちおなかペコペコだよっ!」
小さな主はタンジェントが見たことがないほどにプンスカ怒っているのだが、それすら可愛いのでどうしようもないと笑みがこぼれてしまう。
「笑ってないで、畑行くんだからっ早くっ!」
どーんとぶつかってきて、足にしがみつかれたので、頭を撫でてから抱き上げる。
いつもはルジーが抱いているが、タンジェントは初めてだった。思ったよりかなり軽い。柔らかくてちいさくて、せっけんのよい香りがした。
ルジーはどうしたのだろう?
見回すと、少し離れたところでマドゥーンと立ち話をしている。こちらには気づいているようで、すぐ戻ってきた。
「待たせたな」
ドレイファスを下ろしてやると、畑へ走り出す。
そういえばルジーも言っていたが。庭に初めて連れられてきてから、まだ一月もたたないが、よたよたしていたのがすっかりしっかりしている?毎日畑を走り回っているからだろうか?
主の健やかな成長に畑が役立つならそれも喜ばしいと、タンジェントは微笑んだ。
「ねえ、植える?」
ドレイファスが落ちていた花を手に聞いてきた。
「今、悩んでるところで」
「なやんでるの?」
悩むという言葉を理解していないのだが、オウム返しが最近のドレイファスのブームだ。
「何、悩んでるんだ?」
こちらは理解しているが、義理で聞いているだけのルジー。
「土はペリルの適性は高いがサールフラワーとは普通らしい。できればもっと高めてから植えたいが、掘り出したまま置いておくと弱ってしまうだろうから、どうしたものかと思ってな」
ルジーは、キョトンとしたあと笑って。
「難しく考えなくても、普通のところに植えてやって、もっと合う土ができたらまた採ってきて植えてみればいいじゃないか。このまま枯らしたらかわいそうだろ」
それは深く考えないからこその解決策だった。目から鱗・・・
「よし、そうしよう!ドレイファス様!植えるの手伝ってくれるかな?」
ドレイファスは「やりたーい!」と可愛らしい手を高くあげて、ペリル畑の端っこ目指して駆けて行った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




