2 神殿にて
まだ日が昇りきらない薄暗さの中、ドレイファスはメイベルに起こされた。
五歳のドレイファスが起きるには早すぎる時間だが、今日は両親と神殿に行かなくてはいけない。
メイベルがお湯の支度をしてくれ、顔を洗う。やわらかい布で丁寧に水滴を拭い取られると、髪を整えられ、今日も着せ替え人形と化す。ちなみにドレイファスが自分で服を選ぶことはない。服を選んで注文するのも、毎日ワードローブから選ぶのもすべてメイベルだ。
メイベルがいなくなったらどうなってしまうんだろう?急に心細くなり、メイベルの手をギュッと握るとにっこり笑って頭を撫でてくれた。
エントランスには既にドリアンたちが待ち構えていた。
執事のマドゥーンが扉を開けると、2台の馬車と馬を連れた護衛の騎士たちが待っている。
公爵家の紋章が浮き出すように彫られた馬車にまず公爵夫妻が乗り込むと、メイベルに抱きあげられたドレイファスは父ドリアンの隣に置かれたクッションに座らされた。
車内を確認した執事によって静かに扉が閉められ、ガタンと馬車が動き始める。
メイベルたち、侍従や侍女は後続の侍従用馬車に乗って神殿へ移動だ。
ドレイファスは窓から見える、夜が明けていく景色に夢中になった。屋敷から街外れにある神殿まで馬車で半刻ほど。そう遠い距離ではないが、屋敷から初めて出たため見るものすべてが目新しい。
朝焼けに照らされ始めた小さな家々や、大きな荷物を道端で広げていく行商の手並。屋敷の者とは違う、見慣れぬ質素な姿の市井の人々。幼い目に焼き付けながら、馬車はあっという間に神殿に到着した。
神殿では、既にマンロイド教の神官たちが並んで出迎えている。
「フォンブランデイル公爵閣下、お待ちしておりました。神殿長のロレイドルでございます。」
出迎えの挨拶を受けた公爵が、息子を手招きする。
「嫡男のドレイファスだ。今日は宜しく頼む」
そう言うとやさしく微笑みながら息子に「挨拶を」と促した。
「ドレイファシュ・フォンブランデイルです、よろしくおねがいします」
少し噛んだが、胸を張って挨拶する愛らしい姿に、皆にっこりする。
「ご立派な挨拶ですな。さすが公爵家の御嫡男でございます」
社交辞令でも息子への賞賛に素直に微笑み、頭を撫でてくれる両親を見て、自分が褒められたらしいと気づいたドレイファスも笑顔を浮かべた。
ロレイドル神殿長は、背後に控えた神官に公爵一家の案内を指示すると、「祭壇でお待ちしております」と断って、すぐそばの扉へ姿を消す。
神殿内は無数の蠟燭が灯され、明け始めた外よりも仄暗いが、隅々まで浄められている真っ白い床や壁、天井に至るまでのあらゆるところに灯りが反射して幻想的な美しさを浮かべていた。神殿長を見送ったあと、神官たちが足音さえも忌むよう静かに歩き出すと、公爵一家もそれについて行く。
ドレイファスの歩幅に合わせるようゆっくりといくつかの扉を通り過ぎると、正面に開かれた礼拝殿が現れた。
「ドレイファス様はこの奥の階段をお進みください」
足を止め、振り返った神官がドレイファスだけに先に進むよう勧める。
公爵夫妻には長椅子を案内した。
ドレイファスは公爵夫妻の顔を見上げると、「いってきます」と一言告げて、とてとてと礼拝殿の中でも一際高く設えられた祭壇に上がっていく。祭壇ではすでに準備を整えたロレイドル神殿長が待ちかまえていた。
祭壇まで数段にすぎないが、こどもの足で上がるには一段一段が高い。漸く上り終えると、腰を折って身をかがめたロレイドル神殿長がドレイファスに左手を出すよう促した。
言われるまま小さな左手をあげると、ロレイドル神殿長はその手を取って大きな丸いレインボークオーツに小さな手のひらを乗せる。
ロレイドル神殿長が自分の左の親指をドレイファスの額にあて、
「聖なるマンドロイド神より与えられし力により、その秘められたる祝福をあらわし給えーぇ」
と祝詞を奉じながら魔力を流し始めると、クオーツが眩い光を発し始め、光は下に置かれた銅板へドレイファスのスキルや祝福を写していく。
ドレイファスはレインボークオーツが発する様々な色の光が礼拝殿の天井や壁をキラキラと照らす様に見惚れていた。
数分ののちクオーツの光は徐々に弱まり、消えていく。
「ずいぶんと時間がかかったわ」
うれしそうにマーリアルがドリアンに声をかける。
そう、五歳のこどもなら普通はせいぜい一分ほどで一つか二つのスキルが示されるくらいだ。ということは、一分では示しきれないものを既に持っていることに他ならない。
「うむ、楽しみだな」
仲の良いことで知られる公爵夫妻は目を見合わせ頷きあう。
ロレイドル神殿長がクオーツの下から銅板を取り外し、ドレイファスと手を繋いで祭壇から下りてきた。
「お待たせいたしました、こちらがドレイファス様の五歳の祝福となります」
公爵夫妻が待ちきれずに銅板を覗き込むのを、ロレイドル神殿長はにこやかに見守っている。
「おお!」
公爵から溜息がもれる。
夫妻がひとつひとつ読んでは視線を合わせて微笑みあう。
魔法属性
◆火魔法◆
◆氷魔法◆
◆風魔法◆
◆土魔法◆
加護
◆創造の神ランリディアの加護◆
◆知恵の神ミルケライトの加護◆
◆アシルライトの加護◆
スキル
◆言語能力◆
◆カミノメ◆
「ん?これはなんだ?」
銅板の最後の名前に指を差し、ロレイドル神殿長に公爵が尋ねる。が、
「私も初めて見るスキルでございますね。申し訳こざいません」
公爵はマーリアルを振り返るが、彼女も首を傾げている。
「私も存じませんわ、あとでお調べになったらいかがかしら?」
マーリアルは、ちょっと飽きて落ち着きを無くし始めたドレイファスに気づいていた。いつになく早起きをしたドレイファスを少し休ませたいのもあり、ドリアンに帰宅を促した。
「そうだな。もし教会でも何かわかることがあったら知らせてほしい」
馬車に乗り込んでも、公爵夫妻は興奮冷めやらず神殿から授与された銅板を覗き込んだ。
「五歳で四つの魔法属性とは驚きましたわね」
マーリアルがうれしそうに銅板に触れる。
「魔法もだが、不明の物を含むとはいえ既に二つのスキルを持っている上、加護持ちというのは我が息子ながらかなりなものだ」
親馬鹿と言われるかも知れないが、構わない。
五歳にしてこんなに優れた素質を持つこどもはそう滅多にいない。ドリアンは嫡男の輝かしい未来を想って、うとうとし始めたこどもの顔をやさしく見やった。
(そうだ、屋敷に戻ったらマトレイドにカミノメを調べさせることにしよう)
わからないことをわからないままにするのは嫌いな性格だ。忘れないよう、頭の中に刻み込んだ。
お読み下さりありがとうございます。
本日2話目の投稿です。