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14 タンジェント・モイヤー、己を知る

 タンジェントは今日は話しを聞くだけにして、ペリルの茎や株をドレイファスから預かることにした。


 はじめは、どうせこども相手だからちゃちゃっと土に挿して、枯れたら残念でしたってことにしようと思っていた。ただ話を聞くと、そう誤魔化してよいものではなさそうだ。ちゃんと向き合ってダメならしかたないが、適当にやってあとでばれたらまずい。

 切った茎を土に埋めたらどうなるのか?枯れるに決まってるのにこんなにやりたがるのは何故か、妙に気になった。それを試すにはこどもの手でぶっちぎってきたペリルではなく、きれいに採取した茎を準備をしたほうがいいのではないだろうか?

それから土の準備。


 まだ陽は高い。

ペリルの繁みには心当たりがあるし、屋敷の敷地内の森なので遠いわけでもない。行けば株ごと抜かれたあともあるからすぐわかるだろう。周辺の土を取りに行こうと決め、大きな背負いかごの中に布を敷いて、短めの穴掘り棒と短剣を手に森へ向かった。


 森に着くと読みどおり、ペリルの繁みは何株か抜かれた痕跡がある。まずはここの土を持ち帰ろうと先を尖らせた穴掘り棒を突き立て、地面を抉る。


 ふと、視線の先にペリルにしては大きく育った実が見えた。

(陽当りのせい?それもあるだろうが)

周囲の土を掘ってみるとふんわりやわらかい。握ってみたら軽い湿度を感じさせる。

(そういえば、土だけを取りに来たのは初めてかもしれないな)

根っこの周りを土ごと大きく掘って一緒に運び、そのまま植えてしまえばいいくらいに思っていたし、そう教わった。

(なぜ自分の頭でもう一歩踏み込んで考えなかったんだ?この土は、庭園のものとどう違うんだろう?)


 すぅっと音も立てずに鑑定ボードが開いた。


「うわぁっ、びっくりした!なんだ、もう!鑑定するものなんてな・・・いぞ?」


 タンジェントは触れている物なら鑑定できる。いままでは花の名前やその知識を得るのに便利に使っていた。その鑑定ボードが頼んでもいないのに開いたのだ。


「何だこれ?」



【ロプロの森の土】

[状態]とても良い 


[成分]

黒土

赤玉土

山砂

軽石

ナラの発酵した葉っぱ

ブナの発酵した葉っぱ

カエデの発酵した葉っぱ

ペリルの発酵した葉っぱ

キラ菊の根っこ

ペリルの根っこ

ドングリの欠片

マツキノコの欠片

貝殻虫の死骸


[栄養]良い




「え・・・何これ?鑑定したのか」


 握りしめた指を開き、土をじっくり観察する。確かに、ただの土の粒ではない。風や動物に踏まれたりして、細かく砕かれたいろいろが混ざって初めて森の土になっているのだと気づく・・・


(なんだ!いままで俺は、何を見てきたんだ?花のうわべしか見てなかったのか?)


 根っこの土ごと持ってきていれば、そりゃあそうは失敗しない。だが、本当は土の違いを成分から理解し、元の環境に近い土を自ら作れるようでなければダメなんじゃないのか?


 他の庭師はどうしているんだろう?

俺はキャリアの割にはけっこう上手いと思っていたが、自惚れていたのだろうか?本当の庭師の仕事ってどういうものなんだろう・・・


 土を握りしめる手に力が入る。


 師匠は、こういう知識を教えてくれたことはなかった。まさか師匠も知らなかったのだろうか・・・そんなことあるんだろうか?

庭師は師匠や兄弟弟子以外に横の繋がりがない。冒険者や商人のようなギルドもないし、そもそも貴族の屋敷内にいるか、森や野山で採取しているかなので、他の屋敷の庭師と知り合う機会があまりないのだ。

 唯一、三年に一度王城でグリーンフィンガーズ展覧祭という王城庭師の登竜門となるコンテストが開催され、それに出場する庭師は流石に有名だが。


 男爵家次男のタンジェントは、男子でありながら幼少期から花が好きで花の名前などもたいそう詳しかったので、公爵家で文官として仕えていた父が、庭園の管理をしていた親方に口をきいて、弟子入りさせてくれた。


 ちなみに庭師は平民より低位貴族出身者が多い。貴族好みに美しく飾るセンスが必須ということ。

 花を探して野山や森に入るため、危険な目に遭うこともある。剣術など早くから習うことができるが爵位を継げない貴族の次男三男あたりが圧倒的に多いのだ。冒険者に採取依頼をする庭師もいるが、それだと根を傷めたり茎を傷めたり、肝心な花が取れていたりする。庭師の採取とはレベルが違うので、自分で行けるならそのほうがよい。見習いのときの稼ぎにもなるから結果、冒険者にもなる庭師が多い。だからといって冒険者ギルドにいる冒険者に声をかけたら庭師・・・ということは滅多にない。

 他に庭師の知り合いがいないタンジェントは、途方に暮れた。

 亡くなった師匠が体を壊して引退した際、若くして一人でこの庭園を任せてもらうことができたのは、自分が様々な面で優秀だからだと思いこんでいた。


恥ずかしい・・・、恥ずかしすぎる。

今ひとりでよかった!

今日から心機一転だ!

せっかく鑑定できるんだから、土をたくさん持ち帰って自分で研究してみよう。


 これからはもっと、なんにでも興味や好奇心を持とう!なんでも準備を怠らず用意周到に。そして自分を高めるんだ。

 そうだ、こんな勘違い野郎の今の俺にはペリル係がお似合いかもしれないな。

でもいつか、すごい庭師になってみせる。

頑張れ、俺!


 深く落ち込んだものの、驚異の回復力で自分を励ましたタンジェントは、早速行動を起こした。


もっと考えてみるんだ!


 まずペリルの茎。

手でぶっち切ったものでは不安があるので、念のため自分で採取しておく。

株から長く伸びた茎をちぎってきたようだ。

 ペリルのそばにしゃがみこみ、株から伸びた茎をそっと引っ張ってみると土に触れたところから小さな根が数本ついていた。

 茎なのに途中から根が生えるのか・・・?

疑問がわく。

茎の先に小さな葉っぱがいくつか。

とりあえず端から端まで、どの根も葉も傷つけず採取しよう。

いくつもの土に這った茎を、根と土ごと大きくえぐり取り、丁寧に布で包む。


 大きめの実をつけている株がいくつかあった。あれも土ごと持ち帰ろう!


 背負いかごに土と茎と株を丁寧に詰め込み、屋敷の作業小屋へ戻っていった。




 次の日。

 作業小屋に集まった男三人(おとな二人とこども一人)。

株ごと採ってきた実付きペリル、布に包んで上から水をかけたペリルの茎。それらを手押し車に乗せ、押すタンジェントに案内されたドレイファスたちは、庭園の端にある一画に着いた。


「昨日あのあとで俺も数株採ってきたんだ」

手押し車に乗せてあった実がついたペリルの株を見せる。

「あ、このペリル大きい!」

さすが、すぐ気づいたらしい。

「見繕って採ってきたんだよ」


「タンジー、気が利くなぁ」

ルジーも覗き込む。

「うん、確かに少し大きいかもな。俺にはペリルなんてみんな同じに見えるけど、選ぶヤツが違うとこうやって探すことができるんだな」

「お、おう。ルジーに褒められると気持ち悪いな」

照れながら続ける。

「どうせ植えるなら、少しでも大きな実をつけるやつを並べたらどうかと思ってな」


 タンジェントは、ドレイファスには丁寧にと思っていたが、ルジーのせいでいつもの口調に戻ってしまっている。しかし誰も気づかないし、すっかり馴染んでしまったようだ。


「土の準備もしてみた」

「土の準備ってなあに?」

「うん。恥ずかしながら俺も気づいたばかりなんだが。森とここの土はかなり違うんだ。このまま植えたらペリルはみんな枯れてしまうかもしれない」

「でもタンジーはいつもあの森や山から花採ってきて植えてただろ?」

「いつも根っこのまわりの土もごっそり採って、一緒に運んできてたんだよ。だからそれをわかってなくてもたまたま上手くいってたらしい」


 ルジーが眉を寄せる。


「なんで気がついた?」

「俺、土だけを取りに行ったのは昨日が初めてだったんだが。その時手にした土に鑑定が発動して偶然わかった」

「え!タンジー、鑑定持ちだったのか!」


 言いにくそうに、少し俯いたタンジェントは手を開いたり握ったりしているが、ルジーは単純に羨ましいと思った。


「まったく使いこなしてなかったってことも気がついたよ。せっかくの機会だから、スキルを活かしてドレイファス様の大きなペリルの夢に協力したいって思ったんだ。

今後のことを考えると、森から土を持ってくるんじゃなくて、森に近い土の準備をしようと思って」


 タンジェントが土をくり抜くように穴をあけ、ドレイファスに株を入れて土を寄せるよう促す。そのあと、上から小さな器で土が流れないようそっと水をかけてやった。


 タンジェントが採取してきた茎は根と土ごと畑の一画に。

ドレイファスが引きちぎってきた茎は、鉢に土を入れ、穴を開けて夢で見たような茎を挿しこんだ。


「毎日朝夕、水やりに来れますか?」

来なくてももちろん、タンジェントが世話するつもりだが。


「来ましゅっ!」


 ドレイファスは、ちょっと噛んだがとっても大きな声でお返事をした。ルジーが頭を撫で回すと髪が乱れたがドレイファスはうれしそうに笑顔を浮かべた。


「お花さんは?」

「それはまた今度かな」


 ドレイファスの眉がきゅっと寄るのを見ると、タンジェントは体を屈めてちいさなこどもに顔を寄せた。


あ、これルジーもやってたやつだ!


と気づきながら。


「やらないわけじゃないよ。今日は花の準備が間に合わなかったんだ。これから咲く花にやった方が、それをやる理由がわかると思うから」

 そう言ってドレイファスの頭をそっと撫でる。明るく透明感のある金髪は、羽のようにやわらかくサラサラだ。

チラッとルジーを見るとまたニヤニヤしているが、無視して続ける。


 開いた手でまたドレイファスの髪を撫でると、撫でられたこどもは頬を染め、うれしそうに笑う。


(主に対してやることではないと思うが、これは癖になるな)


 やわらかく手触りのよい髪を堪能していることがルジーにバレないよう、そっぽを向きながら、最初はやる気がなかったペリル係だがモチベーションが高まるのを感じていた。


お読みいただき、ありがとうございます。

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