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復讐の誓い

「――やられた」


 翌日、ノベルはテラ通貨の詰まった巾着袋を握り、預金や融資をなりわいとしている金庫番を訪れていた。


「残念ですが、額が少なすぎます」


 応対した担当――犬耳の生えた男の獣人は、突っぱねるように言った。

 眉にしわを寄せ、不機嫌さを隠そうともしていない。


「どういうことですか? 金を預けるのに、額が少ないから無理だというんですか? そんな金庫番、聞いたことがありません」


「あのねぇ、あなたがどこから来たのかは知らないが、このノートスの金庫番では、どこもこういう決まりでやってるんですよ」


「そんな……それでも、少なすぎるなんてことはないはず。あとどのくらいあれば預金できるんですか?」


「その五倍はいるなぁ」


「んなっ!?」


 ノベルは今度こそ絶句する。

 まさかこの金庫番は、貧民相手には商売をしないつもりなのか。


「……だまされた」


「はい?」


 悔しげなノベルの呟きに、獣人は怪訝そうな表情を浮かべる。

 しかしノベルが怒りを感じているのは、バグヌスに対してだ。

 彼も為替商なら、両替用の通貨を金庫番から大量に借りているはず。それが預金可能な最低額を知らないなんてこと、あるはずがない。


「くそっ」


 ノベルはカウンターに置いていたテラ通貨を巾着袋に一枚一枚戻し始める。憤怒で顔が歪みそうになるのを抑えながら。

 バグヌスは、顧客への誠意をないがしろにしてまで安いジールを手に入れた。つまり彼は、ジールの価値が戻ることに賭けていたのだ。エデンをよく知るノベルよりもずっと強く。それが無性に悔しかった。


 それからノベルは、このノートスで生きて行くための金を得るべく、仕事を探し回った。

 だが、そう簡単にいい仕事が見つかるわけもなく、ハンターギルドなんかも覗いて見たがノベルにこなせそうなものはない。


 たいていは、まず体を資本として労働力を売ることで種銭たねぜにを稼ぎ、それを元手に投資や商品取引などで増やしていくのがセオリーだ。

 しかしエデンの王子だったノベルは、最初から潤沢な金があり、その最初の過程をすっとばして投資で成功した。

 だからこそ今、労働が一番の難関なのだ。


 そうしてなんの成果も上げられず歩き続け、日が暮れて辺りが暗くなった。

 また野宿かと、ノベルは肩を落としながら公園に入り、適当なベンチに座ろうとする。


「……ん?」


 すると、ベンチの足元に一枚の紙きれが落ちていた。

 おおかた誰かが捨て、風に吹かれて引っ掛かったのだろう。

 ノベルはそれを拾い、ベンチに座ってから広げてみる。


 それは情報紙と言われるもので、世界情勢や流行などについて一枚の紙に書き記されている。

 ノベルがボーっとしながら流し読みしていると、ある見出しを見て目が止まった。


「そんな……」


 手が震える。

 心臓がバクバクと脈打ち、冷静な思考ができなくなる。

 ノベルは食い入るように、その内容を今一度読み返した。


 ――数日前、王国エデンにおいて売国行為の疑惑により、王とその一族が投獄された。行方不明の第三王子を捕え次第、真相を究明すると新たな王は発表したが、ついに見つからず、第三王子抜きで尋問をすることになった。

 しかし尋問を予定していた当日、投獄されていたプリステン一族はレイス王を含め、全員死亡していた。

 何者かに毒殺されたようだ。

 この悲報に新たな王は怒り、元第三王子ランダー・プリステンが口封じのために一族を抹殺したものと断定。

 押収したランダーの金庫番口座には、想像を絶する大金が預けられており、独裁国家レブナントとの裏取引で得た利益であることは想像に難くない――


「――どうして……どうしてなんだっ、どうしてこんなことに……」


 茫然と呟いたノベルの手から、情報紙が滑り落ち風によってまた遠くへ飛ばされていく。

 ノベルは瞳の色を失い、のっそり立ち上がりと、ゆらゆらと歩き始めた。


 オーキか、それとも宰相か、はたまた影から誰かが糸を引いているのか……プリステン家の存在を邪魔に思った者が計画したことに違いない。

 だが、そんなことどうでも良かった。

 大切な家族はもうどこにもいない。

 帰るべき場所は本当になくなった。


 ノベルは、次第に暗くなっていく道をあてもなくさまよう。


「くっそぉぉぉ……」


 路地裏で壁に額を打ち付け、呪詛じゅそを吐くかのように低く唸った。

 どれだけ歩いただろうか、辺りはもう夜闇に包まれていた。


「なんでいつもっ、いつも僕ばっかり!」


 ノベルはその場に崩れ落ち、感情の発露するままに地面を殴る。「くそっ! くそぉっ!!」と苛ただしげに連呼して拳の皮が剥けてもなお、殴り続ける。


「――うるせぇよっ!」


 怒鳴ってきた男へノベルが顔を向けると、相手は「うっ」と怯んで舌打ちし、足早に去って行く。

 ノベルの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。

 心は絶望に染まり、瞳にはどんよりとした暗黒。


「もうダメだ。なにもかもなくなった……」


 肩を落とし、手をぶらぶらと揺らして幽鬼のようにさまよう姿は、元王族にはとてもではないが見えない。

 あまりにも残酷な結末だった。

 家族殺しの犯人に仕立て上げられるぐらいであれば、あのとき一緒に捕まってしまった方が楽だったのかもしれない。

 しばらくあてもなく歩き、ノベルは自分がどこにいるのかも分からなくなっていた。


「レイラ……」


 もういなくなってしまった妹の笑顔を思い浮かべ、表の通りに並ぶ建物の壁に寄りかかる。 

 夜空に輝く星々は雲に覆われ、次第に雨が降り出した。

 ノベルは全身を打つ冷たい雨に身を浸し虚空を見つめる。


 そのとき、視界の隅を黒い影がかすめた。

 ノベルがぼーっとした虚ろな目をそちらへ向けると、路地裏の方から大きな木箱を抱え出てくるオークがいた。

 バグスヌ為替商にいた、弟のバロックだ。

 彼は挙動不審に周囲を見回し、急いで通りを横切っていく。

 ノベルは興味もなかったが、なんとなくその後を追った。


「――俺です」


 バロックが訪れたのは、豪勢な屋敷だった。

 大きな扉が開くと、バロックは爛々と輝く屋敷へ足を踏み入れる。

 しかし妙だった。

 バロックはそもそも為替商だ。まさかあの木箱に大量の通貨が入っているとは思えない。

 それにバグヌス商会の資金力があれば、わざわざ自分が行かなくても、適当な者を雇えばいいはず。

 それに、なぜ貴族との繋がりがあるのか。


 しばらくしてバロックは屋敷から出てきた。

 その手にはもう木箱はなく、ずっしりと重そうな巾着袋を腰に下げている。


 バロックがそそくさとその場を後にすると、ノベルは瞳の光を取り戻した。

 暗く濁った色の光を。 


 なぜ、為替商のバグヌスたちがあんなに金を持っていたのか。

 なぜ、そんな金持ちが闇市場のはびこる路地裏から出て来たのか。

 なぜ、為替商があんな大きな木箱を持っていたのか。

 なぜ、為替商と貴族が繋がっているのか。


 その理由に思い至ったとき、ノベルの心にどす黒い炎が灯った。

 そして、屋敷に背を向け力強く歩き出す。


「……復讐には金がいる。だから利用させてもらうよ。エデンへ復讐するための初期投資としてね――」


 ノベル・ゴルドーという仮面を被ってもなお、ランダー・プリステンは死せず。

 今ここに、祖国への復讐の誓いを立てるのだった。

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